五日目・月下の精霊②
金属元素分離測定器のディスプレイは、タッチパネルになっている。分離完了後は重量が多い順番に表示されていて、スライドさせて一覧を確認することができ、任意の金属をタップすることで欲しい金属だけを取り出すことができる。
ディスプレイには全体の量と各金属の割合が一覧で表示されている。おそらくは神々の文字で書かれているのだろうが、加護の力によって日本語に見えている。
やはり一番多いのは鉄で56%だった。33%が金属以外の物質であるため、鉄鉱石の中にある鉄以外の金属は全体の10%ほどだ。金属以外の物質は分析されないため、ゴミとして廃棄だ。
鉄以外の金属は、多い順にアルミニウム、スズ、ニッケル、鉛、イットリウムだった。
「イットリウム?」
他の金属はわかる。地球ではよく聞く名前だ。もっとも、こちらの世界でも豊富に存在するのか、希少なのかはわからないが。
「イットリウムとは希土類元素に分類される金属だ。合金の強度を増すために利用されたり、人工ガーネットに使われるものだな」
「はあ、なるほど」
希土類というとレアアースか。今のところ利用できそうにないため、保管しておこう。希少金属であっても使い途がなければ仕方がない。むしろ、複雑なものを作成しない限り、希少金属はそれほど必要ではないのかもしれない。そういう点では、ニッケルや鉛の方が利用価値が高いだろうか。
・・・それにしても、リリティアさんは元素についても知識があるらしい。知識の幅が広いなぁ。
全ての金属を取り出して、別々の容器に入れる。大量に作った木のタルや箱だ。密閉できるものはないが、そこまで厳密にする必要もないだろう。
期待していたものではないが、一応希少金属が出てきた。これは悪くない。それに、金額面でも精製された鉄を購入するよりも、ずっと少ない金額で鉄を集めることができた。やはり、鉄鉱石を購入するという判断は間違っていなかったのだろう。ただ、持って帰るのが大変だったので、次回からは量に気をつけよう。
「それで、大量に購入した鉄は何に使うつもりなんだ?」
「ちょっと風流なことをしてみようかと思いまして」
「風流なこと?よくわからないが、勿体ぶっているな」
「まあそんなに引っ張るほどのことでもないんですけどね。風呂を作ろうかと思いまして」
リリティアさんはピクリと反応した。風呂が好きだと言っていたもんな。反応がわかりやすい。
「神の門で簡単に作れるみたいなので、今日の夜には間に合わせます」
「簡単に作ることができる風呂なんてあったか?」
「ええ。アウトドア用のページの中に、屋外で使用する風呂がありました。それを作ろうと思います」
浴槽に水を張り、加熱して温めるだけの簡素な風呂だ。だが、必要な材料も鉄だけのため作りやすい。
「つまり屋外の風呂か」
「そうなりますね。別に屋内にも設置できるようですが、折角なんで月見風呂と洒落込もうかと」
「そうか、今日は新月だったな。見上げる分には、月は綺麗に見えるだろう。30日に一夜だけ見られる景色だ。十分に楽しむといい」
鉄を入れたタルと神の門を持って、家の外に出る。神の門を使い、手早く魔法陣を作った。鉄を置いて神の門を起動させ、後ろを向いた。起動する際に発する光が眩しいからだ。
光が収まったのを確認して振り返る。ポツンと、地面に浴槽が置かれていた。カタログを読んで知ってはいたけれど、実際に目の当たりにするとシュールな光景だ。
人一人が寝転んで入れるほどの広さの金属製の浴槽があり、その底の部分は上げ底になっている。
「底の部分に熱を発生させる装置が付いていて、そこで加熱するんだ」
リリティアさんが説明してくれた。底には加熱するためのスイッチと、温度を調節するためのつまみが付いている。この浴槽と水さえあれば、どこでも簡単に入浴できる。
「さて、浴槽も完成したし、後は水を汲んでくるだけだな」
意外と簡単だな。加熱も温度管理も全てこの浴槽がやってくれるから便利だ。元々、アウトドア用の便利グッズという位置付けのようだけれど、神様たちもキャンプとかをするのかな。
「おい待て。浴槽はこのままにするつもりか?」
水を汲むためのタルを探し始めた時、リリティアさんから待ったがかかった。
「あとは水があればお湯にしてくれますよね?何かやり忘れがありますか?」
浴槽はそれだけで作動するはずだ。問題があるとすれば他のことだろうか。一体なんだろう?




