五日目・月下の精霊③
「うむ、さすがに外で裸になるのだからな。見えないように壁くらいあったほうがいいんじゃないか?」
「うーん、別に見られて困るわけでもありませんし、そもそも周囲に人なんていませんよね?」
もし人がいるとしたら、俺の裸よりも家が建っていることのほうが問題だ。シャールの町でも、これほど立派な家はほとんどなかった。森の奥深くに一軒だけ豪邸が建っていれば、全裸の男よりもそちらのほうが気になるはずだ。
「いや、そうだな・・・動物に出会うかもしれないだろう?囲いがないと危ないじゃないか」
「ヌシがいるから大型生物はほとんどいないはずでは?」
「それはそうなんだが・・・」
「まあそれでも全くいないとも限りませんし、一応簡単に柵でも作りましょう」
「せ、折角作るのであればしっかりしたもの作ったほうがいいと思うぞ?」
「それもそうかもしれませんが、手間が増えるからなぁ・・・日没までに間に合わなくなるかもしれませんし」
木を材料にするのであれば、柵でも壁でも作りたい放題だ。しかし、今から作って間に合うかどうか。
「ひとまず泉にお水を汲んできます。タル2つくらいは必要ですから、急がないといけませんね」
往復40分程度を2往復だ。水汲みだけでも1時間以上使ってしまう。ユナさんがいる泉にも転移装置がほしい。
「そうだな。水を用意して、残った時間で浴室を作ればいい。月が光るのは夜も更けてからだ。慌てなくても壁を作ることくらいはできるだろう」
壁を作ることに拘るなぁ。確かに、きちんとしたものが作れるのならば、それに越したことはない。ただ、時間に限りもある。今日は簡単な柵で済ませて、後日きちんとした浴室を作ればいいと思うんだけどな。
ともあれまずは水だ。タルと革袋を持って泉へと向かう。今回はリリティアさんも同行した。と言っても、俺が担いでいるタルの縁に座っているだけであるが。
革袋には、町で買ったユナさんへのお土産がある。芋団子や森の果実を使ったフルーツタルトなど、屋台で食べて美味しかったもののお裾分けだ。泉に居てくれるといいけどな。
道中、今後の予定について相談した。転移装置の量産を次の目標にすることになった。町での収益を増やすことも重要だと思ったが、行動範囲を広げるための転移装置を最優先ということになった。移動できる場所を増やすためには、複数作る必要がある。
そんな話をしている内に、泉に到着した。
「ユナさーん、いますかー」
少し大きめに声を出した。泉の中か、周りに居れば来てくれるだろう。
「あら、守くん。どうかしましたか?」
ユナさんは、泉の中から音もなく姿を現した。
「こんにちわ、ユナさん。町に行ってきたのでお土産を持ってきました」
「わざわざありがとうございます・・・美味しそうなものばかりですね。こんなにもらってしまっていいのですか?」
ユナさんは革袋の中身を見てそう言った。少し声が弾んでいるように感じる。喜んでもらえているようで何よりだ。
「俺が食べて美味しかったものを買ってきたんで、ユナさんの口に合うかはわかりませんが・・・食べられないものとかは大丈夫ですか?」
人間が食べて大丈夫だからと言って、ウンディーネのユナさんも食べられるとは限らない。
「人間が食べられるものであれば、ほとんどのものが食べられますよ」
「そうなんですか?じゃあ好き嫌いとか、宗教上の理由で食べない食べ物とかはありますか?」
「宗教・・・ですか。そのような理由で選り好みする余裕はありませんよ。食べられるものであれば何でも食べます。あ、さすがに人間や他の妖精を食べたりはしませんけどね。もっとも、わたくしたちウンディーネは水の中の栄養素を吸収できるので、人間に比べれば栄養の確保は容易ですが」
耕作をしているわけではない以上、安定した食料確保は難しい。あれはダメ、これもダメなんてしている余裕はないか。
「あと、宗教ですが、ウンディーネには宗教はありません。神が実在することを知っていますから」
・・・確かに。神の存在を知っていて、時に協力することもあるのが妖精だ。神は信仰の対象にはなり得ないのだろう。
「好き嫌いではありませんが、強いて言えば味の濃いものは苦手ですね。味付けをして食べることは滅多にありませんから、人間が作る干し肉などは少々辛く感じます」
「なるほど。ユナさんは薄味のほうがいいんですね。あ、この前食べてもらった時は大丈夫でしたか?」
「ええ。この前頂いた寄せ鍋は美味しかったです。あの醤油という調味料の味もよかったですね」
顆粒の出汁と食材の旨味があるから、醤油は控えめにしたのだが、結果的によかったようだ。
「喜んでいただいて何よりです。もしよかったら、また一緒に食べましょう」
「はい、喜んで」
20.01.03 微修正。ユナの一人称複数がおかしかったので訂正




