五日目・シャールの町②
「さて、先に食料の購入を済ませておくか。紙問屋が開店するまで、少し時間があるからな」
紙を売る前に、食材の買い出しをすることになった。今度もまた、リリティアさんに指示された屋台を目指す。購入するものは、野菜類だ。肉とパンを先に確保したいところだが、屋台には置いていないらしい。肉屋とパン屋は商店の並ぶ区画にあり、少々時間がかかるらしい。だから、朝市で調達できる野菜から買おうということだ。ついでに、革袋を3枚購入した。これは、袋が足らなくなったり破れてしまった買い物客を目当てに、雑貨屋が移動販売をしているものだ。売れ残った山菜とキノコが邪魔になり、背負い籠に必要量が入らなさそうだったからだ。
野菜を扱う屋台や露店を見て回り、ザルに入っている野菜の量が多い店を探す。1つのザルで銅貨1枚、これがこの町の基本的な売り方らしい。いくつかの種類の野菜が、まとめて1つのザルに入れられているものもある。
ザルに入れていない店もある。この場合、客によって値段を変えている場合もあるらしい。物価を知らなそうな者や、裕福そうな者からはボッタクってやろうという魂胆なのだろう。そういった店の売上に貢献するのも癪だ。リリティアさんにお願いして、きちんと量を明示してある店で買うことにした。
しばらく見て回って、量と種類が多い露店で買うことにした。1人で露店を切り盛りしているおばあさんに銅貨5枚を渡し、ザル5枚分の野菜を受け取った。そして、荷物を整理するために壁際に移動した。
改めて購入したものを確認する。葉物野菜と根野菜があり、日本で見かける野菜に似たものが多い。特に、ハースと呼ばれる根野菜はレンコンに似ており、美味しそうだ。
「量に合わせて価格を決めるんじゃなくて、価格に合わせて量が決まる。面白い売り方ですね」
「というと、お前の世界では違ったのか?」
「野菜なら1本いくら、1袋いくらで売ってますね。量り売りもありますけど、重さを計って金額を計算してますね」
値段に合わせて量を決めている場合もあるのだろうが、スーパーではこれが普通だろう。
「なるほどな。販売方法だが、オストーンではこの販売方法が一般的だ。オストーンで流通する通貨の、最小単位は銅貨だ。だから、銅貨1枚よりも少ない金額で売ることはできない」
「まあ、それはそうでしょうね」
日本でも1円未満で売ることはできない。十銭紙幣なども存在するらしいが、持っている人はほとんどいないだろう。もし受け取っても、店側が扱いに困るだろうし。そういえば、ラーメン屋でバイトしていた時、500円紙幣を出した人がいたって話があったなぁ。常連客が見せたくて持ってきただけで、支払いは1000円札を出したらしいけど。
「だが、銅貨の価値はそれほど低くはない。10枚もあれば一日分の食料が購入できてしまうほどだ」
「あれ?さっき、30枚で5日分の食料は買えるって言ってませんでした?」
「お前の場合、山菜や木の実が無料で手に入るからな。どちらも、比較的高価なものだ。例えばホージュの実ならば一つで銅貨2、3枚はかかる。ビタミンやミネラルも十分に摂取しようと思えば、町では銅貨10枚は必要だろう」
森で採集できるおかげで、食費を抑えることができるようだ。森に住む者の特権だろう。
「話を戻そう。よほど高額なものでない限り、野菜1本では価格の設定ができない。だから逆に、銅貨1枚でこれだけの野菜、という売り方になったようだ」
「なるほど。わかりました」
「もっとも、これはオストーンの銅産出量が多いから可能なことだがな。庶民にまで貨幣経済が浸透している国は、この世界では少数だ」
他の国では物々交換なのだろうか。お金を使わずにものを買うなんてできる自信がない。正直、助かったなあと思う。
「ところで、果実類が高いのであれば、ホージュの実も売ればよかったですかね」
「いや、あれは衝撃で果汁が漏れ出てしまう可能性があるからな。紙についたら値が下がってしまう。汁が出る恐れのあるものは、持っていくと言われたら止めるつもりだった」
ホージュの実は嵩張ることと、追加で採集する時間がなかったことを理由に断念した。家には3個しか残っていないので、自分で消費することにしたのだ。売値から考えれば、銅貨3、4枚で買い取ってもらえるだろうか。ホージュの実の販売に関しては、また次の機会に考えることにしよう。運ぶ際に潰してしまわない対策も必要だ。
「さて、そろそろ紙問屋も開店している頃だろう。紙の売却に関してだが、たまたま遠くの町で大量に仕入れることができた、ということにしておけ。安定した供給は不可能だということを、売却の際に念を押しておいてくれ」
「え?はあ、わかりました」
「ほぼ無制限に製作できてしまう以上、紙の売却量には細心の注意を払わなければならん。まだ実感がわかないだろうが、実際に紙問屋で売ってみればすぐに気づくだろう」
持ってきた量は、リリティアさんに言われて50枚にまで減らした。小屋には1000枚ほどの在庫があるから、100枚1セットで500枚ほど持ってくるつもりだった。
しかし、リリティアさんがここまで言うのであれば、たった50枚でもかなりの値段になるのだろう。銅貨何枚になるだろうか。食料問題が解決するくらい売れるといいなあ。