5話 実力差
「なんで僕達なんだよ……」
葉枕は吐き捨てるように言い、自分の膝を見つめた。
「何で僕達が……人類の先陣を切って、命を懸けなきゃいけないんだよ……」
「あなたが選択したことですよ」
「してない。そんな選択……僕はしてない」
「いいえ、私の『予知』の中で、あなたは自ら命を懸け、王に挑みました。ちなみに私の『予知』は、私が介入しない限り、必ず実現します」
「そんなの嘘だ……」
「嘘ではありません」
白水は語気を強めて答えた。葉枕は一瞬怯んだが、白水を睨みつける。
「じゃあ、証明してくれよ……その予知能力ってやつを」
「他のミルフィー達と同様、私も人間と折り重なったことで、力が薄れています。もう予知は突発的にしか見ることができません」
「元の世界で見た予知は?」
「後ほど起こります」
「じゃあ、それまで待って、君の予知が当たれば、僕は君を信じるよ。それでいいだろう?」
「それでは遅いのです。葉枕さんが王を倒すためには、今私を信じるしかありません」
白水は葉枕の目をじっと見つめた。
葉枕は視線を落とし、ふーっと深くため息をついた。
「……白水って言ったっけ」
葉枕が低い声で呟く。
「ええ。白水溜理……私と折り重なった人間の名を使用しています」
「そっか。白水、君の言いたいことは、わかったよ」
葉枕はそう呟いて、目を閉じた。
「これが僕の答えだ」
そう呟いた瞬間、白水の左肩にカエルが出現した。
白水は眉を潜め、カエルを横目で確認する。
その隙に、葉枕は勢いよく立ち上がり、白水の腰に刺さっていた銃を奪い取った。
「動くなっ!」
銃口を白水に向け、大きく後退しながら、葉枕は叫んだ。
「僕は君を信じない。君の予知はでたらめだ。僕が眼森や倉咲と一緒に王族を殺すだって? あり得ないよ。なぜなら僕は絶対に、眼森や倉咲の命を危険に晒すような真似はしないからだ!」
白水は美顔を歪め、これまでにないほど鋭く葉枕を睨んだ。肩に出現したカエルはもう消えている。
「君の予知を、僕は信じない。君が何を企んでいたとしても、僕は君の思い通りにはならない」
葉枕は荒く息を吸いながら、銃を強く握りしめた。銃口を白水の鳩尾付近へ向ける。
「残念です、葉枕さん」
白水は葉枕を睨みつけた。
葉枕は歯を食いしばった。
葉枕の呼吸音が数回、部屋に響いた。
「動くなよ……僕はこのまま、家に帰る」
「帰すと思いますか?」
白水は突然、まるで銃など存在しないかのように前へ進み出た。
「おいっ! 動くなっ!」
葉枕は脅すように、銃を上下させる。白水は眉一つ動かさない。
二歩、三歩、四歩……あっという間に葉枕の目の前へ迫った。
「撃たないのですか?」
「……ッ!」
葉枕は何かを言おうと口を開いた。
しかし。
「やはり、撃つ気はないのですね」
白水は腰を沈めると、葉枕の腹を勢いよく殴り上げた。
「がっ……」
葉枕の体がくの字型に折れた。すかさず、白水は左手で葉枕の顔面を殴る。
ガッ、ゴッ……ガッ……。
立て続けに三回拳を振るうと、最後に無防備な脇腹を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
葉枕は後方へよろけた。踏みとどまると、銃を握る手に力を込めた。
「くっ……こいつ……」
葉枕は銃口を白水の太ももへ向けた。
「僕は警告したんだ、今度こそ撃つぞ。僕は命を狙われて反撃しないほど、お人好しじゃないんだ」
トリガーを引く指に力が入る。
「いいえ、葉枕さん。あなたは撃たないでしょう」
白水は手を伸ばし、葉枕が構えている銃の銃身を握った。
ぐぐぐ……と引きつけ、銃口を自分の胸へ押し当てる。
「なっ……何してるんだよ!? お前!?」
葉枕は驚愕の表情で、半分押し込まれていた銃のトリガーから指を離した。
「心臓を撃つ気がないのはわかっています。こうすれば何もできないでしょう」
白水は銀色の瞳で、葉枕の目を覗き込んだ。
葉枕は口をパクパクさせるが、声は出ない。
白水は隙だらけの葉枕の顎に、体重を乗せた肘打ちを食らわせた。
「がっ……」
流れるような動作で、葉枕の緩んだ手から素早く銃をもぎ取る。
その銃を、床に倒れた葉枕の手元に落とした。
「何度挑んでも構いませんよ」
「……っ」
葉枕は苦悶の表情を浮かべ、その銃を手で払いのけた。
力ない動作で壁にもたれかかる。左の頬は赤らみ、唇からは血が垂れていた。
「これが人間と、ミルフィーの差です」
白水は銃を拾い上げ、ベルトと腰の間に挟んだ。
何事もなかったかのように椅子に座る。
「人間は戦闘に慣れていません。命を懸ける覚悟もありません。いえ、命を懸けるほどの『信念』を持っていないのでしょう。王を追い詰めるはずのあなたでさえ、このありさまです」
葉枕は歯を食いしばり、地面を掴むように爪を立てた。白水はそれを無表情で見下ろした。
「葉枕さん、あなたは『王』という強敵と戦うことを恐れ、比較的弱い私に戦いを挑みましたね?」
「違うっ、そうじゃない……! 僕は眼森や倉咲を」
「違くありませんよ。あなたは、倉咲玉花や眼森八百子を戦わせたくないと理由をつけていますが、本心は、あなた自身が戦いから逃げたいだけです」
葉枕は白水を睨んだ。
「僕は……そんなに弱い人間じゃない」
「そうでしょうか? 自分の胸に聞いてみてください」
白水はティーポットを手に取り、自分のカップへ中身を注ぎながら言った。
「葉枕さん、あなたが本当に戦いから逃げたいのなら、逃げる方法もあります。メデューサを味方につければ良いのです。彼女の力を利用すれば、あなたは世界がミルフィーの王に支配されようと、生き残ることができます」
白水はカップに口をつけ、すぐに離した。
「ですが、メデューサの力を持ってしても、全ては守れません。あなたは、自分の家族、友人、恩師、クラスメイト、その家族……あなたと繋がりのある人間の中から、守る対象を片手で足りる人数だけ、選ばなければならなくなります」
「そんなっ……そんな選択、できるわけないだろう……」
葉枕は白水を見上げた。
「当然です。戦いから逃げて、全てを救うというのは、都合が良すぎるでしょう」
白水は淡々と告げ、カップに口づける。
「それなら、白水……君を信じれば、僕はみんなを助けられるのかよ……?」
白水は目を閉じた。長い睫は一直線に垂れ下がる。
「世界中のミルフィーはそれぞれ、固有の力を持っています。私の『予知』は、世界で五本の指に入る貴重な力と言われています。なぜなら……世界の行く末を変える可能性があるからです」
「可能性がある……ってことは、成功する確証はないんだな?」
「ええ。こうしている間にも、現実は私が見た『予知』から離れています。あなたが王を倒せるかどうか、本当の未来は、誰にもわかりません」
「そうか……そんな簡単じゃないよな」
葉枕は頬の血を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
白水も立ち上がり、葉枕と対面する。
「……葉枕さん、それでもあなたは」
「わかったよ」
葉枕は白水の言葉を遮った。
「僕は、君を信じるよ……。戦わなきゃいけないなら、戦うよ。逃げて後悔はしたくない」
葉枕は白水の目を真っ直ぐに見た。
「ありがとうございます」
白水は微笑を浮かべ、淡泊に答えた。
葉枕はため息をつく。
「それで、僕は一度、家に帰っていいのか?」
「いいえ、葉枕さんには、今からすべきことがあります」
「すべきこと……?」
「はい」
白水はティーカップをテーブルに置いた。
「葉枕さんは今から、王族の先鋭達を倒し、メデューサーー眼森八百子の命を救わなければなりません」
白水は椅子から立ち上がり、ゆっくりと葉枕に近づいた。
「ちょ……ちょっと待て……どういうことだよ……? 眼森の命を救うって……眼森は今、危険な状態なのか!?」
「理由はわかりませんが、彼女は王族の先鋭部隊に殺されそうになります。葉枕さんはそれを阻止します。それが私が見た一つ目の『予知』です」
「待てよ……眼森は今どこにいるんだよ! 初めに会ったとき、ここに連れて来ていれば、眼森の命は危険に晒されずに済んだんじゃないのか!?」
「それは駄目です。今から起こる出来事は、葉枕さんが初めて王族と関わる機会なのです。この予知を回避してしまうと、その後の未来まで大きく変わってしまいます」
「だからって、眼森に何かあったらどうするんだよ!」
「葉枕さん。そもそも、あなたが王族を追い詰める未来は、そう簡単に起こるものではないのです。一度『予知』と異なる未来に進んでしまえば、あなたの勝利は永遠に消えてしまいます」
「その『予知』は、そんなに信頼できるのかよ……。僕は、僕なんかが、『王族の精鋭』とやらを倒せるとは思えないぞ!」
「『予知』で見たことは、実現可能です」
「でも」
葉枕が何か言いかけたが、白水が鋭い目線で黙らせた。
「時間の無駄です。どうせあなたは眼森八百子を助けに行くのでしょう?」
葉枕は納得がいかないという顔をしながらも、頷いた。
白水は人差し指を立てる。
「葉枕さん、一つだけアドバイスです。あなたは本来、王族の精鋭を倒し、メデューサの命を救うことができます。……しかし、予知と異なる未来へ進めば、失敗する可能性もあります」
「つまり……どうすればいいんだ?」
「メデューサを救い出すまで、私との関わりをなかったことにしてください。私と話した内容は、知らないつもりで行動してください。未来を変える可能性があるのは、予知者である私だけです。私と関わった全ての出来事を無かったことにすれば、あなたは必ず、予知通りの未来へ進み、メデューサーを救うことができます」
「わかった。君のことは忘れたつもりで行動するよ」
葉枕は答えると、白水に背を向けた。
「約束ですよ……今の忠告は、必ず守ってください。たとえどのような窮地に陥っても」
「わかったよ」
葉枕はティーカップの残りを一気に飲み、部屋を出た。




