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4話 少女が見た予知


 白水と名乗った少女は椅子に座り、ティーカップに口をつけながら、その足下にある木の箱に目を向けた。

 続けて、壁の大時計を見上げる。

 時刻は午前五時を指していた。


 立ち上がると、真っ黒なカーテンを開き、窓際に立てかけてあった鉄の棒を手にする。


「そろそろ良いでしょう」


 白水は鉄の棒を振りかぶり、勢いよく箱の隙間に差し込んだ。

 じわじわと棒に体重をかけ、箱はギシギシと軋む。


 そして、両足が浮いた瞬間。バキッという音と共に一枚の板が割れ、その衝撃で金属の棒がガラス窓にぶつかり、白水は背中から転がるように床へ着地した。


「ぁ……ぅ……ぁぁ……」

「朝です」


 衰弱した様子の人物に、白水は淡々と告げた。


「箱の中で一晩過ごした気分はいかがでしたか? ……葉枕さん」


 葉枕は錆びたブリキのおもちゃのように、ぎこちない動きで板の隙間から上半身を抜いた。

 衰弱して返事をすることもできず、浅い呼吸を繰り返す。

 白水は無表情で告げた。


「身動き一つできない状態で、体は痛み、何一つ自由にできず、いつ終わるのか死ぬまで続くのかもわからず、時間の感覚は曖昧になり、恐怖に怯える……そんな一晩だったと思います。これが私達のやり方です」


「何が……目的なんだ……」

「王族を殺してください」


 葉枕は意味がわからないという顔で白水を見上げた。


「では、順を追って説明しましょう。その前に、トイレを済ませていただいて構いませんよ」


 白水は椅子に腰掛けた。


 数分後、葉枕は部屋に戻った。


「あなた方は、私達とは別の人種です」


 白水はティーカップ片手に言った。葉枕も目の前に置かれたカップを両手に持った。


「それは、よくわかったよ……。ミルフィーと人間は別の生き物だ。人間は恨みもない相手に、あんなことをしない」


「的を射ています。『折り重なった夜』を境に、人とミルフィーは一つの生き物になりました。しかし、人間の意識を持っている葉枕さんのような人もいれば、ミルフィーの意識を持っている私のような者もいます。そして、ミルフィーと人間は異なる思考をしています」


「ミルフィーにとっては、他人を苦しめることが日常茶飯事だっていうのか……?」


 言ってから、葉枕は怯えたようにティーカップに口をつける。


「私はもっと大きな規模の話をしています」


 白水は強い口調で言った。


「二つの世界が折り重なったあの夜。ミルフィーと人間は同じ世界で生活することになりました。それから約一ヶ月間、ミルフィーは新しい世界を知る為に、人間の様子をうかがっていたのです。人間のルールに従い、人間を観察し、この世界をどのように導くべきか考えていました。一方で、ミルフィーを従順な生き物と勘違いした人間達は、何の工夫もなく、人のルールで共存の道を進めようとしました。その結果はあなたもご存じのはずです」


「外出禁止令……。突然、テレビやラジオで『外出をしないように』って繰り返されるようになったんだ。あれはやっぱりミルフィーが……」


「政治家を殺し始めたのです」


 葉枕はティーカップをテーブルに落とした。ゴロンと音を立て半回転したカップが、中に入っていた茶色い液体をテーブルに広げていく。


「この世界を支配しているのは、彼らなのでしょう? ですから、私達は彼らの力を見定めていたのです。彼らに世界を導く力があるのなら、彼らに世界を委ねることも考えていました。しかし、彼らは想像を絶するほど無力でした。特別な能力を持たず、欲に塗れているだけの存在です。ですから、元々ミルフィーの世界を支配していた王族達が、人間の政治家達を一斉に殺し始めたのです」


「そんなっ……馬鹿なっ……」

「これが私達と、あなた方の考え方の違いです」


 白水はカップの中をふーっと吹き、再び口づけた。


「これから、世界はどうなるんだ……? それに白水、君はどんな立場で、僕にこんな話をしているんだ……?」

「世界はこれから王族達の支配下に置かれます。そして、私はそれを阻止する立場です」

「阻止……?」


「正確には、王族が世界を支配するのが五日後です。その前に、私とあなた達で王族を皆殺しにします」

「ちょ、ちょっと待て……! あなた『達』っていうのは、誰のことだ!?」

「メデューサと、そして倉咲(たま)です」


「な、なんでだよ。なんで僕や倉咲がそんなことをするんだよ! それに、君はなんで眼森のことをメデューサと呼ぶんだ!?」


「眼森八百子、彼女はどちらかと言えば、我々側の存在です。彼女の精神は、人間とメデューサが半々。そして、肉体はメデューサの力を受け継いでいます」

「ふざけるなっ! 眼森は眼森だ!」


 葉枕はテーブルを拳で強く叩いた。衝撃で白水のカップから液体が跳ね、白色のトップスに斑点を作った。

 白水は汚れた服を見た後、葉枕を見上げた。

 葉枕は視線を逸らさず、白水をにらみつける。


「そう思うのなら、葉枕さんは眼森八百子を人の名で呼べば良いでしょう。私は彼女をミルフィーと認識していますから、元の世界の名で呼びます」

「……眼森は眼森だ」


 葉枕は低くうなったが、白水は涼しい顔でそれを無視した。


「メデューサは私達ミルフィーの世界で、戦闘力の高い部類に入りました。しかし、ミルフィーの世界も人間界同様、戦闘力だけが全てではありません。所詮、メデューサは王族の敵ではありません」


「それなら、なんで眼森を巻き込もうとするんだよ」

「彼女が王族を追い詰めるからです」

「君はなんで、何もかも知っているような話し方をするんだ……?」


 白水はカップをゆっくりとテーブルに置き、葉枕をじっと見つめた。


「それは、私が世界で唯一未来を見ることができる――『予知者』だからです」

「ふざけるなよ……。いくらミルフィーでも、未来を見るなんて力は強すぎるだろ。そんな馬鹿げた話を信じろっていうのか?」


 白水は目を閉じ、ふっと息を吐いた。


「未来を見る力は人間にもあります」

「あるわけないだろう」

「あります。人間にも『予測』という力があります。予知は、その精度がより高いものです」


 葉枕は納得がいかないという顔で、白水から視線を逸らした。


「葉枕さんは遅かれ早かれ、私を信じます」

「それも予知か?」

「いえ、脅迫です」


 葉枕は椅子の背もたれに背中を押しつけるように身を引いた。

 白水は微笑み、「必要とあらばです」と告げた。


「本題に戻りましょう。私は、『折り重なった夜』の以前に、世界の主要な動きを予知していました。現在のこの世界を、王族が支配するのは五日後です。そして、その王族を『トリックスター』『メデューサ』『名も無き人間』の三人が、壊滅寸前まで追い込むのがその二日後です」

「ちょ、ちょっと待て!」


 葉枕が身を乗り出して叫んだ。


「わからないことだらけだ。その、トリックスターっていうのは……」

「葉枕さんです。正確には、葉枕さんと折り重なったミルフィーの名です」

「……それで、『名も無き人間』っていうのは……?」


「葉枕さんの幼なじみ、倉咲玉花です。彼女と折り重なっているのは、名も知れていない弱小のミルフィーです。彼女はほとんどただの人間ですね。しかし、王族を追い詰めた場に居合わせていたので、一応必要な人物と判断しました」

「信じられない」


 葉枕は低い声で言った。


「僕と眼森と倉咲が王族を追い詰めるなんて話は、荒唐無稽だ」

「あなたは私を信じるしかありません」


 白水は優しい声で言うと、床に転がっている木箱へ視線を移した。

 葉枕は白水の視線を追って、苦い顔をする。


「あなたはもっと酷い目に遭います」


 白水は追い打ちをかけるように言った。


「葉枕さんは王族を殺し損ねた後、一週間に渡る拷問を受け、全ての情報を晒した後に殺されます」


「嘘だ。……だって、僕はそんなことになったら、拷問される前に全ての情報を話すぞ」


「その通りです。あなたは初日に全ての情報を話します。残りの六日間は、命を狙われた王族達が『訊きこぼし』のないことを確認するだけの時間です」


 葉枕の顔が絶望に染まった。

 白水は力強く告げる。


「七日後では遅いのです。王族に辿り着くのが七日後では、間に合いません。葉枕さん達は、王族が盤石な基盤を築いた後に攻め込んだ為、破れたのです。ですから……」


 白水は椅子から立ち上がり、葉枕に近づいた。顔を寄せ、はっきりとした口調で告げる。


「未来を予知している私が、時間を短縮します。……極力未来を変えないように、『予知』で起きたいくつかの出来事をそのまま起こしつつ、葉枕さん達を、予知よりも『三日間』早く、王族に辿り着けるようにします」


 葉枕は何も答えず、白水の目をじっと見つめる。


「葉枕さん、これが最後の忠告です」


 白水は幾度となく繰り返した言葉を、再び繰り返した。


「あなたは、私を信じるしかありません」



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