3話 異世界の少女
――――その瞬間。
「それを食べないでいただけますか」
透明感のある声が眼森を止めた。
葉枕は硬直したまま、眼森の背後へ視線を向ける。
「こんばんは。白水溜理と申します」
木々の陰から現れたのは、葉枕よりやや長身の少女だった。
銀色の髪に銀色の瞳。白のブラウスに黒のロングスカート。田舎町に似合わない上品な格好だった。
そして白水と名乗った少女は、手に持った拳銃を、眼森の後頭部に向けていた。
「眼森八百子……私の言う通りにしてください。抵抗すれば、撃ちます。わかっているとは思いますが、ミルフィーと折り重なっていようと、銃で撃たれれば死にますよ」
白水は、ふっと微笑んだ。
「ちなみに、あなたが折り重なっているミルフィーの名は『メデューサ』と言います。メデューサの『眼』は相手の動きを封じることができますが、その効果は、ある条件を満たさない限り、後方には及びません」
「私のこと知ってるのね……。誰か知らないけど、私の邪魔をしない方がいいわ……。私はもう……限界なの……」
眼森はカエルを手に持ったまま、威圧的な口調で言った。
白水は毅然とした態度で答える。
「ご忠告には感謝しますが、私は引きません。本来、ここであなたはカエルを食べるべきではないのです」
「何を言ってるのよ……わけがわからないわ」
眼森は再び口を開き、カエルを口に近付けた。
白水は、眼森の背中に銃口をねじ込むように当てた。
「…………ダメです」
白水は威圧感のある笑みを浮かべたまま、眼森から葉枕へ視線を移した。
「葉枕さん。早くカエルを消してください。カエルが消えれば、メデューサはあなたを解放します」
葉枕は白水と眼森の間に視線を行き来させた。
一瞬の躊躇いの後。
「……っ」
眼を閉じると、眼森の指先につままれていたカエルが姿を消した。
「このっっっ! ぅあぁ……!」
眼森が声にならない声で叫び、その場に崩れ落ちた。
スカートから剥き出しの膝が、湿った土にめり込む。
同時に、硬直していた葉枕の体が動き、肩で大きく呼吸をした。
「一体、何が起きてるんだよ……! 眼森、大丈夫か!? それに、君は一体……誰なんだよ……? なんで僕や眼森のことを知ってるんだよ……!!」
白水はユラリと、葉枕に銃口を向けた。
「葉枕さん、あなたは私を信じるしかありません」
「答えになってない。眼森はどうなってるんだよ! 質問に答えてくれ!」
ガンッ……!
白水は手にした拳銃で、眼森の後頭部を殴りつけた。
眼森は泥の地面にベチャッと倒れ込む。
「なっっ!! 何するんだっ!?」
「これは大切なことです。葉枕さん。あなたは、私を信じるしかありません」
「僕は人と話すのが苦手だけど、君は僕より重傷だな……」
「そうですね。話すのは得意ではありません。ですから、葉枕さん。あなたさえ私に従っていただければ……」
ガンッッ!
白水は無防備な眼森の背中を、再び容赦なく拳銃で殴りつけた。
「このように、時間を無駄にせずに済みます」
「お前っ……! いい加減にしろよ!」
葉枕は白水を睨み付けた。
眼森は荒い呼吸と嗚咽を繰り返しながら、地面に伏せている。
葉枕は震える拳に爪を食い込ませた。
「わかった……。言うことを聞くから……眼森を痛めつけるのは、やめてくれ」
「ええ、そのように従順になっていただけると、助かります」
白水は満足そうに言い、銃を下ろした。
「行きましょう」
葉枕は田んぼから足を引き抜き、白水が視線で示した方向へ歩いた。
「眼森はどうするんだよ……?」
「この気温なら、放っておいても死にません」
「駄目だ、眼森を外に放置するなんて……」
「放っておいても、死にません」
白水は葉枕の背に拳銃を押し当てた。葉枕は悔しそうに抗議を止める。
「君は、何が目的なんだ……?」
「これからお話ししますよ」
白水の瞳が月明かりに照らされ、銀色に光る。
「ですが、葉枕さん。あなたは本当の私達――ミルフィーを知りません。あなたには私の家で、一晩過ごしていただきます」




