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「――と、いうことがあってな」

「相変わらず変な人生送ってるよなあ、お前」


 呆れを含めた言葉に肩を竦め、瓶に入った琥珀色の液体をあおる。

 少々度数がキツイが心も体も疲れ切っているので、むしろこれぐらいが丁度いい。

 何? 未成年じゃないのかって? いやいや、これはバイト先のマスターからのオススメを自棄で買っただけですヨ。ダース単位だが。


「で? 結局は一人で走り回って駆けずり回って準備やら何やらをやり終え精魂燃え尽きた、と。――馬鹿だろ」

「ぐ……」

「なんで毎度毎度、貧乏くじを鷲掴みレベルで引きに行くのか理解ができん。マゾか?」

「殴るぞ?」

「…………お前の拳が腹に当たっているのは気のせいか?」


 そりゃ"殴るぞ"って宣言したからな。

 気が付けば空になっていた瓶を放り投げ、また新しいのを取り出して飲んでいく。既にブン投げた瓶は数多く、ストックはこれで最後だった。


「だぁー……。こっちが大変なのを分かってるなら少しは労わってくれ」

「さっきから何処のおっさんだ小娘。つか話聞く限り式は明日だろうが。阿呆なことやってないで帰って寝てろ」


 そう、明日。

 母さんと父になる人の結婚式が、明日にある。

 今日まで私は転校やら引っ越しでバタバタし、メインの結婚式やその後の事でずっと頭を悩ませていたのだった。

 転校と引っ越しはまだいい。手続き・手配も簡単で、引っ越しの荷物整理には若干労力を使うが、その程度だ。

 いや、まあ、学校でクラスの連中に転校を話したときは大変だった。泣かれる撮られる押し倒されると大騒ぎ。とりあえず人望はあったのだと無理矢理納得した。


 ……あ、貞操は守り切ったぞ? ふふふ、騒ぎ、迫ってくるのが全員女子なのが納得いかんが。あ、男が来たら単に犯罪か。



 兎に角、その程度のことなら世の中ありふれており、誰かへの相談やネットでの検索も容易だ。

 だが、結婚式に関しては幾つもの問題があった。これが単純に旧家と一般庶民の結婚ならまだ良かっただろう。しかし今回は退魔師の家系という訳解らん一族と、まだ若い範疇に入るとはいえ2人の子持ちの結婚である。正直、突っ込み所とトラブルの種しか見当たらない。


「……明日というか今日が地雷なのが目に見えているから、ここに逃避のつもりで来てた」

「いや、現実と正面は見ろよ? つーか、掻い摘んで聞く限り向こうの爺さん婆さんからのウケは悪くなかったんだろ。何が問題なんだ?」


 確かに、結納のときに会った向こうの両親とは会って間もなく打ち解けた。御爺さん――と言うにはまだ50代だが――もどんな堅物かと思いきや、話してみれば中々に話が合ったのだ。御祖母さん――こちらも同じく50代――曰く、昔は頑固親父の名に相応しい人間だったそうなのだが、息子に当主を譲ってからは趣味の釣り三昧でかなり丸くなったそうだ。

 まだ会って一日の相柄だか、どちらも非常に好感がもてる部類の人間なのは間違いない。

 ちなみに御爺さんも有能な退魔師だったが当主交代とともに退役して、今は宮内庁で天皇陛下の話し相手とかをやっているらしい。たまにお忍びで、二人で磯釣りに出かけることもあるそうだ。……うん、なんかおかしいだろ。

 

 それはそれとして。

 御爺さんと御祖母さんとは問題はないだろう。

 が、"それ以外"の人間の印象が最悪だったのだ。


「それ以外っつーと……」

「自分の縁者を当主の嫁にと狙ってたヤツや、既に"次期当主"を考えている連中だな」


 今回も元はお義父さんの嫁、つまり当主の嫁争いが水面飛び出して激化していたそうだが、そこに母さんが横からかっさらう形になったそうだ。

 それを根に持つやつが多いのなんの。結納で一回行っただけだが、屋敷ではそれぞれ敵意全開で出迎えてくれた。

 これが明日の式ではどうなるのかと戦々恐々としている。


「おいおい、さっき"それ以外"って言ってたが、もしかして……」

「分家主家合わせてウン十人。お手伝いさんやらも含めるとそれなりの数だな」

「敵多くね? つか、父親と爺婆が主家なんじゃ?」

「実は爺さん細々とした分家の出で、当時の主家を張り倒して当主になったらしい。で、今回もお義父さんが主家の跡継ぎを蹴り倒して、当主を継いだそうだ」

「当主決めは物理解決かよ……。しかし見事に嫌な予感しかしねえな。2代続きの怨念+αか」


 俺なら速攻で逃げ出すな、とか言っている割には表情とニュアンスに笑みが含まれている。


「他人事か畜生め」

「はは、他人の不幸は蜜の味ってやつだ」

「死んでしまえ」


 また、気を抜くと溜息が漏れる。 

 溜息をつくと幸せが逃げるというが、幸せの"し"の字も見えない場合は何が逃げていくのか。


「とはいえ、結局は様子見だがね。基本、実力主義だから間違いなく喧嘩は売ってくるだろうが……」


 一息。


「ああくそ。今日はもうさっさとカタつけて、帰って不貞寝してやる」


 既に母さんは式を行う相手方の家というか屋敷に泊まっていて、当日の朝一で合流だ。

 流石と言うべきか、行先がド田舎にあるため、朝早めに起床しなければならないのだが――既に明日は今日になり、しかし私はここで何故か『アルバイト』に勤しんでいた。


「って、もうそんな時間か。またえらい桁になってるな、お前」


 私が『アルバイト』に来てから早数時間。普段の倍以上のペースで稼いだため、液晶に表示された本日のバイト料が中々凄まじいことになっている。

 ついでに見ると、相方のバイト料は私の三分の一以下になっていた。……時給ではなく出来高なので非常に解りやすいが、相手が楽してたのか私がやり過ぎたのか。


「普通のサラリーマンなら土下座スタイルで逃げ出す桁だなオイ」

「地味に見てみたい逃げ方だ……。ま、聞いた話だと暫くカンヅメ状態になるらしいからな。憂さ晴らしと思った、が」


 結局は憂さが晴れるどころか面倒なことになっているのである。


 なお、家族にも秘密の私の口座には、明らかに学生が持つには不相応な額が振り込まれていた。

 一言で言えばこの『アルバイト』の成果なわけだが、特に様入りも無かったので肥やしになっている。……今回、更に増えたが。

 これ以上ムダ金作ってどうする私。


「カンヅメだぁ? お前学校はどーするんだ」

「一、二ヶ月は学校にも行かず、礼儀作法から家の歴史に始まり規則規律に行事風趣、挙句は家系図と合わせて立場関係までを学ばされるらしい」

「……それ、一種の洗脳って言わねえ?」

「と言うよりは、ぽっと出の"当主の娘"が図に乗るなよ、と釘を刺したいんだろうさ」


 それを聞いた私は微妙な表情をしてしまったが、話す爺さんも同じような表情をしていた為、お互い苦笑してしまった。


「うわすげえ面倒。てか、退魔師の一族ってぐらいなんだから、そっち系(、、、、)は?」

「まずは概要だのなんだの座学からだそうだ」

「……そこは妥当、か? 流石に即実技はねえんだな」

「退魔だか陰陽だか知らんが、知識がなければ始まらん。……ま、与えられる情報が正しいとは限らないのが難点だが」

「はいお嬢ちゃん、そこかなり致命的な気がするんだがー」


 爺さん曰く予習と復習(、、、、、)はしっかりと行うので、大事無いようにはするとのことだ。

 ま、そのあたりは私はなんとかなるだろうが、

 

「とりあえず妹がいい感じにテンパってるから、そのフォローが中心かね」

「噂に聞くアホの子か」

「……あれ、私、小詠のこと話したことあったか?」

「前に銭ゲバ厚化粧が近所のスーパーで見たと」

「あいつ家近かったのか!」

「ついた仇名がシスコン若白髪」

「あ、くそ、白髪のことまで知られてる! あの行き遅れ、更に婚期が遅れる様に呪ってくれる……!」

「むしろ婚期くるのかあいつ」


 脳内怨み帳に書き込みつつ気を取り直して。


「つうかさっきから気になってたんだが」

「なんぞ」


 話つつも、まだバイト中なのは変わりない。余り長居し過ぎると一人残した小詠が心配だし、そろそろ全部吹っ飛ばして帰るかなー。


「今すげえ嫌な思考してねえ?」

「いや? 単にそろそろ帰らないとなー、と考えていたところだか」


 それはともかく、と相方は呟き、



「お前――今更(・・)退魔師とか大丈夫なのか?」



 ふむ、と言葉の意味を熟考する。


 辺りに、少しだけ沈黙が下りた。

 遠くに街の灯りが煌々としているのが見えた。耳を澄ませば聞こえるのは週末の喧噪でも虫の鳴き声でもなく、


「ま、なんとかなるだろ。どうせ向こうは思考も技術もカビが生えてそうだしな」


 耳に入るは断末魔(、、、)

 獣のような姿をした、しかし獣ではない巫山戯た奴らの悲鳴だ。

 甲高く、人を不快にさせる奇音。これだけは、いつまでたっても慣れそうもない。

 

 ……まあ、それを量産しているのは私なんだが。


 向かってきた一匹を手にした日本刀モドキで叩き斬り、縦に両断する。粘っこいコールタールような液体が当たりに散乱するが、特に気にすることなく追加で来たマヌケもぶちまけていく。どうせ地に落ちた瞬間、亡骸ともども煙のように消えていくのだ。――原理はしらんが。 

 切り捨てれば消えるとは言え、すでに断末魔が響いた回数は三桁を超えて加減そろそろ飽きが来ていた。


「一匹見たら10はいる、と。正味Gと変わらん気が。黒いし」

「確かになあ。とりあえず一撃で落とせるのは良いんだが、訳解らん擬音系のシャウトが無性に腹立つ」


 言いつつ、本日の『アルバイト』の相方が、飛び掛かってきたソレを複数まとめて殴って柵の向こうへかっ飛ばした。

 ちなみにここ、廃ビル20階の屋上だ。

 どこか某新喜劇のようなドップラー効果のある悲鳴を響かせて落下していく正体不明。が、気がつけば何時の間にかもっそり増えている。

 斬って増えて潰して増えて裂いて増えて落として増える。

 物理で始末に負えないのは如何(どう)にかならんか。


「いやほんと全部ほっといて帰ろうか……と、やっと打ち止めか」


 気がつけば、先ほどまでは一定数以下に減らなかったGモドキが残り数体となっていた。

 特にボスっぽいのが現れたり合体したりする気配もなく、今日のところはこれで片がつくのだろう。


「ついでに勢いでこのビルも片していいか?」

「正気に戻れ」





「……ああ、今終わった。……まあ確かに稼ぎ過ぎたが、暫く休みだし丁度いいだろ。……ん? 適当に捻り潰して早く帰ってこいって? ……それ姐さんとオーナーにも言われたぞ。……ま、飽きたらすぐ戻ってくるさ」


 仕事上がりの報告を簡素に済ませ、携帯をポケットに突っ込む。

 この携帯は最近買い替えたものだが、残念ながら明日以降はまともに使う機会が格段に減るだろう。なんでも所謂機密保持のために向こうで没収されてしまうらしい。まあ確かに、近頃は携帯一つあれば外部への情報拡散は至極簡単にできてしまうわけだから、保守的な向こうが警戒するのも頷ける。

 まあその辺りはさほど気にしてはいないのだが、それよりも。


「皆して妙なベクトルで期待してないか? なんで私がやらかす事前提なんだ」

「そりゃお前だからだろう」

「(´・ω・`)」

「……たまにお前の芸風がわからなくなるな」


 下に止めてあったバイクにまたがり、エンジンを入れる。

 少々この時間には騒々しい音が鳴り響くが、この周囲にはホームレスすらいない区域だ。特に気にすることなく機体を温めていく。隣では相方が自前の外車にキーを差し込み、同じように起動の音が走る。

 

「何か面白そうなことになるなら連絡してくれや。ノリとネタと勢いで行ってやる」

「絶対呼ぶか馬鹿」


 ……呼ぶと冗談抜きで装甲車やら戦術ヘリやらで来かねんなあ。


「まあ、何とかなるだろう。意外と適当だしな――こっちの世界は」


 私の、そして元「俺」の呟きは、誰に届くことなく夜の帳に喰われて消えた。



 ああ、今日も世界は程よく適当に廻ってる。

 母の再婚?

 退魔の家系?

 そんな些細なことは、正味CM程度の暇つぶし。

 どうせ暫くしたら、またろくでもないことに嵌ってる。 

 苦笑を一つと、お決まりとなったセリフで今日を閉める。


「さーて、"次"はもう少し穏やかであればいいのだがね」





 ……彼女が更にファンタジーな世界に飛ばされるまであと半年。


構想としては、退魔家系編、異世界編と続いてエピローグの予定。ただ、いくつか他にも書きたいものがあるので、更新期間は遅いもよう。

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