はじめてのおつかい
ある日の放課後。
彩羽はテスト期間を目前に控え、机に向かっていた。
「うぅ……赤点だけは避けたい……」
参考書と睨めっこしている。
そんな彩羽をソファから眺めるヒマリ。
「勉強大変だね」
「誰かさんが学校に潜入した騒動の後処理で余計に疲れてるの」
「誰だろうね」
「あんただよ」
即答だった。
◇◇◇
しばらくして。
彩羽が冷蔵庫を開ける。
すると。
「あ」
冷蔵庫の中には。
キャベツ。
キャベツ。
キャベツ。
以上。
「終わった」
「キャベツあるじゃん」
「他がないの」
「なるほど」
「今日は買い物行く時間も無いし……」
彩羽は机と時計を見比べる。
勉強もしたい。
買い物も必要。
そんな時だった。
ヒマリが胸を張る。
「任せて」
「何を」
「買い物」
彩羽は嫌な予感しかしなかった。
◇◇◇
十分後。
ヒマリはスーパーへ向かっていた。
メモを握り締めながら。
ちなみにメモの内容はこうである。
・卵
・牛乳
・豆腐
・人参
・キャベツは買わなくていい
最後の一文には三重線が引かれていた。
◇◇◇
スーパー到着。
ヒマリは意気揚々と入店する。
「楽勝だね」
まずは卵。
発見。
カゴへ入れる。
牛乳。
発見。
カゴへ入れる。
ここまでは順調だった。
◇◇◇
しかし。
問題はここからだった。
野菜コーナーを通り掛かった時。
目に入ってしまった。
山積みのキャベツが。
「おぉぉ」
思わず立ち止まる。
彩羽ほどではない。
だが一週間以上一緒に暮らしている。
多少は影響を受けていた。
「確かに綺麗かも」
キャベツを眺める。
丸い。
緑色。
葉脈もしっかりしている。
何となく良く見えてきた。
「彩羽が好きなの分かる気がする」
そして。
気付けばカゴの中にキャベツが入っていた。
本人も気付いていなかった。
◇◇◇
レジへ向かう。
店員が商品を通していく。
卵。
牛乳。
豆腐。
人参。
キャベツ。
キャベツ。
キャベツ。
「待って」
ヒマリが固まった。
キャベツが三玉入っている。
いつの間にか増えていた。
「なんで!?」
当然自分で入れたからである。
◇◇◇
帰宅。
彩羽は参考書を開いたまま顔を上げた。
「お、帰ってきた」
「ただいま」
「買えた?」
「買えた」
ヒマリは袋を渡す。
彩羽が中を見る。
そして沈黙。
数秒後。
「なんでキャベツ増えてるの?」
「バレた」
「当たり前でしょ」
「なんか気付いたら入ってた」
「幽霊の仕業みたいに言うな」
◇◇◇
しかし彩羽は怒らなかった。
むしろ。
「いいキャベツじゃん」
真顔だった。
ヒマリは思った。
怒らないんだ。
「見てこの葉脈」
「始まった」
「この丸み」
「始まった」
「素晴らしい」
「始まった」
◇◇◇
彩羽はキャベツを抱えながら満足そうに頷いた。
「ヒマリ」
「なに」
「成長したね」
「え?」
「良いキャベツを選べるようになってる」
「そんな成長いらない」
「いる」
「いらない」
「いる」
「いらない」
いつもの平行線だった。
◇◇◇
その夜。
夕食はキャベツ炒めだった。
当然である。
彩羽が上機嫌な理由も分かる。
箸を動かしながらヒマリは思った。
地球に来た時は変な人だと思っていた。
今も変な人だと思っている。
でも。
「まぁ、悪くないかも」
そんな独り言はキャベツを語る彩羽の声にかき消される。
そして今日もまた、小鳥遊家の夜は平和に更けていくのだった。




