第一章 35話 「夜影強襲 3」
目の前数センチのところで、僕の剣と影の片割れの刀が交わり、硬い音を立てる。それにしても、毎回毎回「片割れ」とか、「黒い断雷様」とか、呼びにくいな。わかりやすい名前を付けたほうがいい。
何がいいかな。ボスとしての威厳があって、なおかつ言いやすい名前。白夜と対になる存在だから...
「紫花!みんなに伝達を!今からこの片割れの名は『極夜』とする!」
本当はこれをテレパシーでみんなに伝えれたらかっこよかったんだけどな。まあ、使い方がわからないんだから仕方がない。
「名前って、レイちゃん、なんでっ?」
極夜の長く伸びた左手の爪を弾きながら、紫花が訪ねてくる。
「名前があったほうがわかりやすいだろ!状況説明とか、色々!」
僕は僕で距離を取り、極夜の刀をいなしながら叫ぶ。
「わかった!一瞬だけ時間稼いで!」
バトルもののお約束みたいなセリフが来た。いいじゃないか。最高に主人公っていう感じがする。
「我が前に立つ者に、孔を穿て。【水獣ノ槍】」
僕の使える技の中で、最も刺突に特化した技。隙が大きいからあまり使いたくはないけど、相手を怯ませるのには一番適している。
案の定、極夜は振り下ろそうとしていた刀を止め、距離を取った。
『全員に伝達! 断雷様の影の片割れの名前は、極夜にするからね!』
「いちいちうるせえ!でけえ声で叫んでたから聞こえてる!」
紫花の通達とほぼ同時に下方から緑色の光が現れ、極夜に突撃した。
「久しぶりに本気で殺り合えるんだ。手加減するなよ、断雷サマ。」
続いて、目で追いきれないほどの連撃が繰り出される。軽く見えるその一つ一つの斬撃には、触れれば山をも削る威力が込められている。極夜はそれを、殆ど動かずにいなしきってみせた。
歯をむき出し、凶悪な笑みを浮かべる迅嵐に対し、極夜の表情は動かない。
「オ前ハ、ツマラン。」
心底興ざめだ、といったふうに、極夜は吐き捨てる。
「...ハッ、そうかよ。」
空気が目に見えて張り詰める。覇者屈指の戦闘狂、迅嵐。戦いにおいてのみ愉しさを見出すことができる存在が、自分の戦闘スタイルを否定されたのだ。怒り以外に、どんな感情を抱くというのだろう。
その刺青が緑色に輝き、暴風が吹き荒れる。
「その面が気に入らねえなァ!すべてわかっているみてえな、その面が!」
翠の覇者、迅嵐。その真骨頂は、単一の敵に対して最も発揮される。僕の記憶が正しければ、確か...
僕が思い出すよりも先に、背後から無数の風の刃が飛来する。とっさに【流雲渡】を解除したから良かったものの、気づかなかったら今頃真っ二つになっていたところだ。
「あっぶな! もっと周り見て使えよ、それ!」
苦情を述べつつ振り返ると、風の刃は迅嵐の体へと次々に吸収されていった。
「...終ワリカ?拍子抜ケダナ」
心底呆れたように鼻を鳴らす極夜。しかし...
「終わってねえよ!」
刀を構え、再度距離を詰めていく迅嵐の刺青が激しく光り、その体から風の刃が放たれる。
...思い出した。迅嵐の権能において、最も強力な2つ。それこそが、
「風刃、【展開】」
刺青が光る度にその体から全方位に向けて風刃が放たれる。そのあまりの密度に、流石の極夜の体にも傷がつき始める。
「ッハハ、ハハハハ! 俺がつまらねえって言ったよなァ? 上等だ、そのすました仮面、ぶっ壊してやるよ!」
どういう原理か、一瞬で加速して極夜との距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込む迅嵐。黒い爪にその腕をえぐられながら、彼は再び凶悪な笑みを浮かべた。
「風刃、【圧縮】!」
その言葉を合図に、滞空していた風刃は一斉に向きを変え、迅嵐へと殺到し、極夜の体をバラバラに切り裂いた。
あれだけの力を持っているのだから、一瞬で再生するに違いない。そう思って身構えたが、一向にそんな気配はない。何をするでもなく見守っているうちに、その細切れになった破片は次第に影になって消えていってしまった。
あれ、これ本当に倒しちゃったやつか? 僕、ほとんど出番なかったな。
「拍子抜けはどっちだ! まだ俺は本気出してねェぞ!」
興を削がれたのか、腹立たしげに空中をげしげしと蹴る迅嵐。紫花も不思議そうにきょろきょろしているし、確かに興ざめだ。これから僕の主人公らしい戦いが始まると思ったのに。下では相変わらず盛んに爆発が起こり、残影たちが次々に焼かれていく。紅煉は完全に無双状態のようだ。僕なんかよりあいつのほうがよっぽど主人公らしいことしてるじゃないか。
僕たち迎撃隊が空中に佇んでいた、その時だった。
『各員に通達。極夜がこちらに現れた。狙いは白夜であると推測される。即座に合流せよ』
そんな信じたくもない最悪なニュースが、舞い込んできた。




