第一章 8話 「幾度目かの挫折」
「ねえ,⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。どう?変じゃない?」
寮の出口で,アメリアは自慢の銀髪をなびかせると,スカートを持ってくるりと回った。
「お前は大体何着ても似合うし。大丈夫だろ。」
「それ,お世辞?」
「バレた?」
そうは言ったものの,少年は決してお世辞など言ったつもりはない。事実,彼から見たアメリアは何を着てもとても眩しい。
「やっぱり。まあ,この服が似合ってるのは本当だからいいんだけどね!」
「いつでもポジティブなところだけは尊敬するよ。」
「もう!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が相手じゃなかったら成績で威張れるのに。」
「悪いな。成績1位は俺だ。」
本当はもっと優しく接したいのに,面と向かって話すとついついからかいたくなってしまう。
「ふん。いいもん。レイス先輩と仲良くなって,見せつけてあげるんだから!アンタ,彼女いないでしょ?」
「それが何だっていうんだよ。」
「べつにぃ?じゃね〜!」
ぺちっと少年の額を弾き,アメリアはスキップをしながら行ってしまった。少年はしばらくの間微笑んで佇んでいたが,やがて表情を消すと,踵を返した。
闇の中へと歩みゆくにつれて少年の金髪は影に染まり,その目には冷たい光が宿った。
十数分後。少年は,誰も足を踏み入れることのない,渡り廊下にいた。石造りの手すりに寄りかかり,下を見下ろす。ここは,学院の主席専用食堂の隠された2階。
少しの間待つと,食堂にアメリアが入ってきた。緊張しているのか頰を紅潮させ,あたりをきょろきょろと見回している。
椅子に座ると,足をぶらぶらさせながら自慢の銀髪をいじり始めた。長い付き合いだからわかる。これは彼女が緊張した時にする仕草だ。
さらに少し待つと,灰色の髪の男が入ってきた。
レイス・ロスノックだ。
アメリアが彼に気づき,ぱっと笑みを浮かべる。
「レイス先輩!」
「やあ,アメリア。ごめん。待たせたね。」
「そっ,そんなことないです!あたしも今来たところで・・・・・・」
ゆったりとした足取りでレイスが席につき,パチリと指を鳴らす。すると,この食堂のウエイトレスがさっと進み出る。本格的な雰囲気だが,ここは主席食堂なので,酒類は扱っていない。コーヒーとジュースくらいしか飲み物はない。
「ブラックで頼む。」
「あ,あたしは・・・・・・」
「彼女にはカプチーノを。」
「っあ・・・」
レイスはおそらくアメリアが甘いものが好きだと考えて注文したのだろう。しかし,彼女との付き合いが長い少年にはわかる。
アメリアは,甘いものが苦手だ。それに,コーヒーの香りが好きなので,大体彼とここでコーヒーを飲む時にはブラックを頼む。
「どうかした?」
「い,いえ。何でもない,です・・・」
アメリアの髪いじりが加速する。
彼女の気持ちは,手に取るようにわかった。きっと,理想の先輩に嫌われたくない,という気持ちから何も言えずにいるのだろう。
ー退屈だ。わかりきっていたことなのに。
アメリアは相変わらず言いたいことを言えず,もやもやしているようだ。一方でレイスの方はいつも通り,爽やかなオーラを放っている。
ーこの様子だと十分くらいは続くな。
そう判断した少年は,あらかじめ持ってきていた歴史の課題をしようと取り出した。
しかし,そこであたりはすっかり暗くなっていることに気づく。仕方なく課題を床に置き,再びアメリアの方を覗く。
すると,レイスがアメリアの手を握り,何か囁いているところだった。
と,アメリアが腕時計の箱を取り出した。そもそも,この時代には腕時計は最先端の技術の結晶。とても高価なものだ。貴族の家のお嬢様であるアメリアにとってはそこまで価値のある物ではないが。
ー駄目だ。アメリア。やめろ。
心の中の声は,当然彼女に届くはずもない。
「あのっ!先輩!これ,受け取ってください!」
途端に,レイスの表情が一変する。しかし,アメリアは気づかない。
彼は大きくため息をつくと,いつもの優しい顔からは想像できないような冷たい声を発した。
「いらないね。」
「えっ・・・・・・」
「アメリア・ロンド。君は何か,勘違いをしているんじゃないかな?」
そう言うと,彼はアメリアに軽蔑の表情を向けた。
「ロンド家のお嬢様。昔っから有名だよね。顔はいいし,勉強もできる。ただ,貴族の娘としてはいささか礼節に欠ける。要するに「おてんば」ってことだ。
そんな君を,僕が本当に好きになるとでも思ったのかい?」
「嘘。先輩まで,そんなこと・・・」
「何のために君をここに呼び出したと思ってる?貴族の家に生まれたなら,食事の作法くらい習うはずだろう?なのに,君はそれが全くできていない。
家の将来のためだ。君と仲良くすることにメリットがあことは,僕にだってわかる。でも,」
「もう,やめてください・・・」
「でも,君にはそうする価値すらない。僕は君みたいな子と仲良くするつもりはないよ。」
ーやっぱり,こうなった。レイス・ロスノック。コイツは,クズだ。他の奴らと何も変わらない。家の名誉のため,アメリアに近づいてくるが,典型的なお嬢様でないと相手にしようとしない。
少年は,大きくため息をついた。もうこれ以上,見ていたくない。さっさと荷物をまとめ,寮へと戻る。
アメリアが寮の前のロビーへ戻ってきたのは,結局それから1時間ほど経ってからのことだった。
素知らぬふりをして,いつも通りに話しかける。
「アメリア!おかえり。どうだった?うまく行った?」
彼女は俯いたまま,聞き取りづらい声で言った。
「嘘。わかってるくせに。」
そこで堪えられなくなったのか,嗚咽を漏らす。
「あたしって,おてんば、なのかな・・・・・・?」
「・・・ああ。そうじゃなかったら,俺はお前とこんなふうには話せない。」
「・・・馬鹿っ!」
そう言って,彼女は少年の胸に飛び込んできた。そして,体を震わせて泣きじゃくる。彼は自分にできる精一杯の優しさでアメリアを抱きしめた。
しばらくしても一向に彼女が動く様子がないので,少年が彼女の顔を見ると,彼女は泣き腫らした目を閉じたまますやすやと眠っていた。
ー女子寮には入れないから困るんだけどな。
少年はアメリアを抱き上げると,1番ふかふかの椅子に運んだ。
寮の自室から毛布を持ってくると,彼女にかける。
「おやすみ,アメリア。」
いくら優等生といえども,流石に自室以外の場所で寝ていたら怒られてしまう。
明日は早く起こしに来なければ,と考えながら少年は部屋へ戻ろうとした。
しかし,そこで袖を引っ張られて足を止める。
袖に目をやると,アメリアが少年のシャツを掴んでいた。
ー狸寝入りか?
そう思い,瞼の動きをよく観察するが,本当に寝ているのか,ふりなのか全くわからない。
ー仕方がないな。明日の朝,起こしに来てやろうと思ったんだけど。
少年は毛布をとってきてくるまると,アメリアの隣に(その椅子はかなり幅の広い椅子だった)横になった。
彼女の手を握り,目を閉じる。
ー明日は,いつもより2時間くらい早く起きないと。
外で風が唸っていたが,少年は気にせず眠りについた。
◇
夜も深まり,空気も冷え込んでいく。月明かりが,2つの影を映し出す。
1人は美しい金髪を持ち,高そうな金縁の眼鏡をかけていた。
もう1つの影は,ごちゃごちゃしてよくわからない見た目をしている。
「どうやら,愛美が新しく『眷属』を手に入れたようです。」
「そうか。なら,また一歩覚醒へと近づいたということだな?」
影の声に,金髪の青年は首を振った。
「まあ,普通ならそう捉えて問題ありませんが。どうやら,今回は違うようです。」
「どういう意味だ?」
影の体が,硬い音を立てて動く。尾のようなものが,青年の頭に向けられる。
「まあ,落ち着きなさい。ご主人様を取り戻したいのでしょう?それに・・・」
青年の瞳が,金色に光る。
「貴方では私に勝てません。」
その殺気に,影は怯えたように尾を引っ込めた。
「続けますよ?今回眷属になったのは男のようですが,愛美がそいつに好意を抱いている可能性がるのです。」
「なん,だと?」
今度は異形の方から,殺気が迸る。
「貴方に命じます。そいつを始末してきなさい。」
「くそっ。彼の方を欲望の対象としか見ていない貴様に協力することになるなんて!」
「と,いうことは,手伝ってくれるということで間違いありませんね?」
「・・・ああ。この際,仕方がない。」
「事態は一国を争います。早く愛美の元へ。」
青年の言葉を聞くと,異形の影はどこかへと転移した。
と,一瞬で戻ってくる。
「貴様,待て。」
「なんでしょう?」
「お前が大切に持っているご主人様の髪の毛を返せ。気色悪い。」
「はあ。仕方ありませんね。愛美の匂いをいつでも感じられて幸せだというのに・・・」
青年はため息をつき,宙から髪の束を取り出した。
「まあ,前払いの報酬ということで。」
それを受け取ると,異形の影は今度こそ本当に転移した。
「本当に気難しい方だ。ご主人様はあんなにも愛らしいというのに。一体誰に似たものやら。あの|蠍《さそり》は。」
金髪の悪魔はそう呟き,姿を消した。
謎の少年,⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は学年で1番の成績を常に取り続ける天才です。一方,アメリアは少年のせいでずっと2位をとり続ける羽目になっています。
彼らの通う学院の規模は,ホグワーツ城くらいだと思ってください。歴代生徒たちが発見した様々な隠し道があり,少年はそれを熟知しています。
レイスはいつも善人の顔をしていますが,本物のクズ野郎です。アメリアの他にもいろんな女子生徒に告白されてきましたが,自分が気に入らないと徹底的に精神を痛めつけています。
追記:900PVありがとうございます!
追記 re:視点が切り替わる時,わかりにくかったので,他の方の作品を参考にして間に◇を入れることにしました。




