Chapter 058_烙花の夜③
「うそっ…だろっ………」
ア・テンポ 32,196年 恵土の月 22日。
雲一つ無く、満天の星と半分の月が煌めく。
夜明け前のこと…
『『『ゴヴヴゥ゙ゥ゙…』』』
太陽よりも明るい”星”が夜を紅蓮に染めあげて。
禍々しい炎を練り曲げながら…
「くっ…く、くくく…」
「来るぞ!?」
ゆっくり…ゆっくりと。
ボクらの方へ近………
「にっ…に!逃げろおぉぉ!!」
「「「「「きゃあーーー!!」」」」」
いったい…
「お、お父様!お父様!世界樹様あぁぁ!!」
「どうか…どうか我らを!我らをお守りください!!」
「魔女の手からお守り下さい!!」
「「「「「どうかっ!!!」」」」」
…いったい。
ボク達がナニをしたというのか?
どうしてコンナコトになったのか?
…ボク達は何も知らない。
魔女と魔族の契約も。
魔王の復活も…何も知らない!!
ただ、生れ落ちた土地を愛し。
家族や友達…憧れのヒトを…大切に思い。
羨んだり思い上がったり落ち込んだりしながら生き。
時々サボりながら…でも、一生懸命仕事をして…
小さな幸せを探して藻掻いていたダケだ!!
こんな蛮行が…
「「「「ギイイイイィィアアアアァァーーー」」」」」
…赦されて。
なるものか…っ……
………
……
…
「…へ?空にある。アレ…あの虹色の…アレって。龍なの!?」
…ボクの家は代々。
神都ベラドンナにある神族(【花のエルフ】のコト)様の
薬草園の管理を任されていた。
“召使い”…と、言えば。その通りだけど…
…けれどソレは。数千年も昔の話。
草木を愛する神族様はボク達一家にとても良くしてくれていた。
仕事を与えてくれるし、時にはアドバイスもくれる。
道ですれ違えば声をかけてくれるし、労ってもくれる。
読み書き計算。畑仕事。最低限の礼儀作法まで
彼らは(ずう…っと、昔から!)教えてくれた。
待遇も悪くないし、
余剰分を市に卸すコトだって認めてくれた。
ココでの生活に不自由はなかったし、
満足もしていた…
「らしーぜ!」
「”らしい”。だぁ〜?」
…そしてある日。
父様と共に1日の仕事を終えて里に戻ると多くの人が空を見上げていた。
…中には。指をさしているヒトも…
さらに、観衆の中に見知った…幼馴染のスゥィエンを…見つけたボクは
父様にひと言告げて彼の元に走った。
そして聞いたのが、先程の言葉…
「ホントかなぁ…?」
【龍】なんて絵本でしか見たことはない(当たり前である。)。
もし、ソレが本当だとしたら里に近づく前に神族様が何とかして
くれているハズだ!
そう思ったボクが疑問を口にすると…
「…本当よ。」
聞き覚えのある…けれど、
予想外の声が!?
「「え!?」」
スゥィエンと一緒にに振り返るとソコには…
「…モ、モデレート様!?」
ボクとスゥィエンは仕事の関係(因みに、スゥィエンの家は
葡萄酒作りをしている。)で神族様の知り合いが…お、多くは
ないけど…数人いる。
モデレート様はその中のひとり。
気さくな上、ボクら2人と年も近い事から幼いころから
仲良くさせて貰っている…
「うん!…あ、こんにち…もう、こんばんは。かな?…とにかく。ごきげんようございますか?」
「あ!こ、こんばんは…」
…も、もちろん!
天上人である神族様(しかも、モデレート様は神王様の実の娘で
純血のエルフ様でもある)にヘンな感情なんて…も、ももも…も、
持ってはいない!
もちろんだ!!
「…え?う、うん…そ、そんな急に。改まらないでよ…」
「…あ。あはは…」
「はは…」
っ、
ソ、ソレはそうと!
「…そ、それよりモデレート様!?いったい…」
「そっ!そ、そそそそう!…こ、こんな時間に。こんな場所で何を!?」
(お転婆だけど…)包まれ娘であるモデレート様が
”人間と魔族の”里に降りてくるのは稀だ。
どうして…
「えっ?あぁ…」
ボク達の言葉で用事を思い出したのか、
真剣な顔に戻ったモデレート様は
「ちょっと…里の様子を見に。ね…」
…と。
呟いたのだった…
「「…」」
里の様子…と、いうと。
やっぱり…
「ひょっとして…アノ?」
「龍の…ですか?」
…ボク達の言葉に
「、…」
大きな瞳で『パチクリ』した
モデレート様は
「うん…」
小さな声で呟き…
「っ…」
…空を仰ぎ。
「あれは…魔女の仕業よ。」
…いつも笑顔を絶やさない彼女が初めて見せる
真剣な顔で…
「…避難命令がでたわ。」
「「へっ!?」」
驚くボク達を置きざりに。
彼女の言葉は続き…
「もうスグ”御触”が出るわ。あの虹…4柱の龍…は。魔女の”使い魔”みたいなの…」
「つ!?」
「使い魔!?」
使い魔…って、御伽噺とかでよく出るアレのこと!?
「”召喚獣”だっていう学者もいるらしいけど…”還らない”から。魔女が特殊な…呪い?…か、ナニカで使役してるんじゃないか?って話よ…」
「ひ、ひぇ…」
ま、魔法のことは良く分からないけれど…
親族様がソウいうなら、ソウなのだろう。
スゥィエンと顔を見合わせたボクは
ふたたび彼女を見つめ…
「…ま。この際、アレが魔物か精霊かはどうでもいいの!問題は…アレが。魔女のモノだっていうこと。…だって考えてもみて!あんな空の高ーい所にいるのに。あんなに大きいのよ!?もし、里に降りてきたら…」
「で、でも!魔女は魔王城に閉じ込められているんだろう!?なんで…」
「さぁ~…?ソコまでは…」
…更に身を屈めたモデレート様は。
「でも…」
小さく艶やかな唇を窄め
ボク達だけに聞こえる声で…
「…コレは。内緒だからね…」
と、前置きまでして…
「私…見ちゃったのよ。」
「えっ…と…」
「な、なにを…?」
ボク達の声に
「んふっ」
ちょっとダケ、
得意気な顔をしてから…
「…もちろん。」
…スグに。
マジメな顔を”つくった”彼女は
「…魔女を。この瞳で…」
…その。
驚くべき言葉に…
「「ええっ!?」」
ボクとスゥィエンは思わず声を
大きくしてしまった。
すると…
「わ!わーわーわー!?!?」
彼女は慌てて…
「ふ、2人とも!声大きいよ!」
「あっ…」「ご、ごめ…」
彼女の言葉に冷静さを取り戻したボク達は
慌てて押し黙り…
「…な、なんでもナイですよ〜…ちょ、ちょっと…あ、遊びの話をしていたダケで…」
周囲の視線に言い訳をしている彼女に
「そ…そ、そうそう!なぁ!」
「う、うん!…お、折り紙で”龍”が折れるなんて凄いなって話で!」
ボク達も話を合わせ…
「!…そ、そう!そうよ!そうなのスゴイだろ!!」
「さすがモデレートお嬢様!」
「ボク達にも、ぜひその妙技をぉ〜」
「…し、仕方ないわね!…む、向こうで教えてあげるから付いてきなさい!」
「へぇ、へぇ~…!」
「ありがたや、ありがたや〜」
…と。お茶を濁したボク達は
訝しげな周囲の視線をかい潜り
「それで!」
裏路地に逃げ込んだボク達は
「魔女を見たって…ど、どういうコト!?」
「まさか…い、居るの!?この里に!?」
彼女を問い詰め
「…居るわ。この瞳で見たし…そ、それに!クラリネットお兄様が魔女だって言ってるのを聞いちゃったの!」
「クラリネット様が!?じゃ、じゃあ…マジで…。……お…お。おいおいおい…」
「ど、どんな女だった!?…やっぱり絵本のように恐ろしい…」
「…全然。そんなコトなかったわ。普通の…た、たぶん私達より幼いくらいの…普通の。女の子だった…」
「…か、勘違いってコトは…」
「黒い帽子に黒い服。4柱の龍に乗って空から降りてきた女の子…。これが【魔女】じゃなくて。何だっていうのよ…」
「うっ…」
「でも…ほ、本当に。フツーの子でね…。服と。帽子と。龍から降りる姿を見てなかったら。とても…」
長い睫毛を伏せた彼女は…
「父様…。ほ、ほんとう…に…?だ、だって私と………わたし。と…」
…小さな小さな声で。そう、
呟いたのだった…
「「…?」」
…その言葉の意味を
汲み取れなかったボク達が
押し黙っていると…
「そんなコト…」
彼女は…
「…」
…柔らかそうな頬を
西日の茜で染めながら…
「…し。
しかた…無い。
の。
よね…
…ま、魔女だもんね!
まじょ…
………」
…そして。
「………うん…」
顔を…
「「…」」
…”悩みを断ち切れてない”顔を
持ち上げて…
「…避難所として【集会場】が解放されるわ。」
声色ダケを。
真剣なモノに替え…
「集会場!?世界樹の根本じゃないか!?」
「彼処は立入禁止なんじゃ…」
「…うん。でも…今回は相手が相手だから。例外的に許可するんだって…。…し、さすがの魔女…も…【世界樹】に唱えるコトは無いだろう。って…」
「う…う〜わぁ〜…」
「急に現実味が…」
「荷物の持ち込みは禁止。歩けない人は…ざ、残念だけど…お、置いていけって…。…の、登っていた月が下り始めたら。【ベラドンナの里】を閉鎖しちゃうっていうから。できるだけ早く…ね…」
「お、おぅ!」
「い、妹はどうすれば!?」
「え…あ。…チュンファちゃんか…。…ハ、ハイハイは。”歩く”に含んでいいと思うわ!…」




