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    歯車の回る音(1)

 6月8日。

 朝から降り続く雨は、明日満月を迎えるらしい、月明かりをも隠してしまう。

「あれ?」

 華月が小さく声を上げる。俺は自分の机の上の時計を反射的に振り返った。時刻は22時を回っている。

「飛んでない……」

 華月がきょろきょろとあたりを見回すのは、いつものように俺たちが21年前に飛ぼうとした直後にこの異変が起きたからだ。

 俺たちは、荷物を背負ったまま直立し、小首をかしげるだけだった。

「もう一度やってみるか……」

「そうだね」

「いつもと同じようにやったよなぁ?」

「うん、同じだよ?」

 言葉の端々に、疑問と不安が織り混ざる。そして、数分後、やはり状況は何も変わらなかった。

「何で!?」

 華月がすかさず俺に食いつく。しかし、その俺も、予想外の展開についていけないのが現状だった。

「分からない……」

 どういうことだろう。

 今までと何か違うことがあったのだろうか。

 いや、何もない。同じことしかしていない。

 21年前で、昨日、いつもと違うことをしたという心当たりもない。

 なぜなのだろう。原因に皆目検討もつかない。

「ねえ……」

 その時、華月が急に窓に近寄った。そして勢いよくカーテンを開け、窓までもを全開にした。そして、外を指差しながら、こちらを振り返る。

「これじゃない?」

 外には、まるでシャワーの水のように、大きな音を立てて雨が降り続く。

「……雨?」

「だって、今までずっと雨なんて降ってなくて、元気に月が出てたよ?」

 俺はその華月の視点に驚いた。俺にはまったくないファンタジーな発想だ。

 なるほど、月か。

 そういえば、21年前の夜空にも煌々と太った月が輝いていた気がする。

「その可能性もあるかもしれないな……」

 初めてあの猫に会った日も、そういえば月が出ていて、その月明かりでぼんやり川原の様子が伺えたような記憶もある。

 あの猫と月、何か関係があるのだろうか。

 ここ最近、タイムスリップやら、猫がしゃべったとか、予知夢だとか、俺の想像をとっくに通り越している。そればかりか、非常識が大手を振って歩くのを、常識が赤面しながら草葉の陰から見守っている状況だ。

 もう、何があっても驚かないぞ。

 そう。たとえ、壁から突然、織田信長が「あ、明智光秀しらない?」とか現れたって。

 筆箱の中の消しゴムを使うたびに「痛てぇっ!!てめえ、間違えるのも大概にしやがれ。だいたいな、消し方がなってねぇんだよ。こっちとら、消し味に命かけてんだ、べらんめぇ」とか言い出したって。

 テレビの中から実寸代の猫型ロボットが「華月ちゃん、宿題やったの?」とかドラ焼き食べながら出てきたって。

 俺は涼しい顔で「気のせい、木の精、森の精」と言い放ってやるんだ──たぶん!

「どうする?」

 そう心の中で誓いをたてていると、華月が窓を閉めながら残念そうに問いかけてきた。

「もう一度やってみて、ダメだったら、雨がやむのを待つ……かな」

「そうだね」

 すぐに、再度タイムスリップは試されたものの、やはり失敗に終わった。

 俺たちは、同時に窓の方を見やり、肩を落とした。無情にも、雨の音が先ほどよりも大きく感じられる。

「これどうしようか」

 俺は背中のリュックに入った、今日のケーキを指差す。何しろ祖母さんの分を入れて、6人前だ。二人で食べるには多すぎる。

「今日は、レアチーズタルトでしょ? 明日持ってけば?」

「嫌だ! まずくなる」

「…………じゃあ、ママたちに協力を頼むとか」

 俺は、ぽんと両手を鳴らした。その手があったか。

「そうだな。今日は情報収集日にしよう!」

 一人納得した俺は、リュックの中からタルトを取り出そうとすると、華月は首をかしげながらその様子を見守った。

「何を?」

「優希さんや千明希さんの今のこととか、知りたくない?」

 俺がにやりと笑いかけると、途端に華月は顔を明るくした。今日は、行けないとあって、相当がっかりしていたのだろう。それは俺も同じだったが、こっちでも出来ることはあるんだと、華月自身も実感したに違いない。

 そもそも、両親に詳しい話を聞きたいと、常々思ってはいたんだ。しかし、多忙な両親に加え、俺たちも部活帰りに忙しくタイムスリップの仕度に取り組む。帰ってきたら0時を回っているし疲労が激しいしで、電池切れのように爆睡する毎日だ。なかなかその機会が得られないでいたから、こんな日も実は必要だったのかもしれない。

「ママ〜!」

 次の瞬間、華月は激しい音を立てて俺の部屋のドアを開け放し、階段をものすごい勢いで下りていった。

「……壊れる」

 俺は眉間にしわを寄せてつぶやくも、ケーキを持ってその後を追った。


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