それって贅沢だよ(2)
げんなりしながら、俺が肩を落とすと、優希さんはまったく気にも留めずに、話を先へ進める。
「あたし、21年後何してるんだろうね〜。一応、調理師免許とって、自分の店でも出してるっていう将来設計があるんだけどね、今」
「考え直すべきだ!」
思わず力を込めて、即答してしまった。その様子に、珍しく優希さんはむっとした顔をする。
「何でよ。あたしの料理美味しいよ。ほら」
ほらと言いながら、優希さんは生姜焼きを手でつまんで俺に差し出す。せめて箸でやってほしい、と俺は心の中でつぶやくも、仕方なく口をあけた。差し出された生姜焼きは、適当に俺の口に放り込まれる。汁が頬っぺたに飛ぶくらい適当だ。
「……味はね」
色々なものに目をつぶって、俺は言葉を搾り出した。
「お客さんに出すには、色々問題があるみたいだけどね。まあ、追々改善すればいいんじゃないんですか?」
セリフの最後はわざと棒読みにして、俺の最後の抵抗を示す。といっても、それが相手に届くかどうかは別問題なのが世の常だ。
「21年後っていうと……あたしは39歳? うわ、すごくない!?」
「何が……?」
「だって、39だよ! あたし、今18だし!」
「そら、21年後なんだから、逆に18のままだったら怖いだろうが!」
「あ、それもそうか〜。あんた面白いこと言うね」
俺は再びぐったりと肩を落とした。そんな俺に追い討ちをかけるように、優希さんの命令が下る。
「あ、クレープフルーツ食べよう。冷蔵庫にあるから適当に切ってよ」
「……ハイ」
俺が冷蔵庫に手をかけた時、優希さんの静かな声が背中越しに届いた。
「まあ、なんにせよ、笑って暮らせてればいいんだ」
その、打って変わった優しい声に、俺は思わず優希さんを振り返った。その小さく華奢な背中からは、表情まで読み取れない。
「好きなことやって、笑って暮らせてれば、充分だよ。そう思わない?」
同意を求めるように、優希さんは俺を振り返った。その屈託のない笑顔に俺は息を呑む。
「だって、それが一番贅沢なことじゃない?」
再び、彼女は俺に背中を向けて続けたので、俺も冷蔵庫からグレープフルーツを取り出す。
「自分の好きなようにできるってことは、ありのままの自分でいられるってことでしょ? 楽しくないわけない。毎日幸せだよ、きっと」
「ありのままの自分……」
俺は流しでグレープフルーツを洗いながら、つぶやいた。
「そのためには、勉強して、調理師免許とって……経理とか経営とか勉強したり……あ〜考えただけで嫌になってきた」
優希さんは、眉間にしわを寄せ、本当に嫌そうな表情を見せたが、ふっと俺に笑いかける。
「でもさ、それは、好きなことやるための準備なんだからしょうがないよね。誰にも文句言わせず、好きなことをして生きていくためには、やっぱり頑張らなきゃいけない時もあるんだよね。今は、その頑張らなきゃいけない時なんだな〜って最近思うんだよ」
俺は、ただ、黙って優希さんの言葉を胸に刻み込んでいた。
『好きなことをして生きていくためには、頑張らなきゃいけない時もある』
自分はどうだろう。俺は何をして生きていきたいのだろう。
考えたこともなかった。
俺は、これからどうなっていきたいんだろう。
ただ、高校卒業して、大学へ行って、就職すればいいわけじゃないことは分かってる。
俺らしいって、何だろう。
「あれよ、つまり!」
突然、優希さんは顔を上げ、明るく言い放つ。
「『働かざるもの食うべからず』」
思わず俺はがくっと、体を右に傾けてしまった。
「意味違わない!? ていうか、それオチなの、まとめなの!?」
「ええっ! 今すごい良いこと言ったと思ったんだけど!」
その真顔に俺はぼそぼそとつぶやくしかない。
「マジだった…………高校生もう一度やり直したほうがいいんじゃないかと」
「え、何!? 何か言ったか、15歳!」
「滅相もありません、18歳のお姉さま」
「あ、あたしもうすぐ19だから、そこんとこよろしく」
俺は、グレープフルーツを盛る皿を優希さんから受け取りながら、問いかけた。
「いつ?」
「10日。しあさってです」
優希さんは、俺にVサインを見せ、にかっと笑った。
「あ、ちなみに、今月は優希の誕生日月間なので、いつでもプレゼントは受付ます。お一人、いくつでも受け付けます。そしてさらに、なんと! 今週は誕生日強化週間なので、毎日お祝いしてくださ〜い」
「今日もアップルパイ持ってきてやったじゃん……」
「聞こえてなかったようですね! 毎日、毎日、ま、い、に、ち、お祝いしてください!」
「…………はいはい」
「そうだ! いいこと思いついた!」
俺は心の中で、絶対いいことのわけがない、と目を細めた。そして覚悟の上で次の言葉を待つ。
「あたしの40歳の誕生日までには、あたしを探し出して、ケーキ届けてよ」
「はぁ!?」
「甥っ子だろ〜、それくらいしろよ〜」
優希さんは俺の腕をバンバンと平手打ちしながら、
「さ、夕飯食べますかっ。姉ちゃん、かづちゃん、ご飯できたよ〜!」
と台所を後にしていった。
残された俺は、お盆を持ちながらも首をかしげる。
「普通、叔母が甥っ子にプレゼント渡しに来るもんなんじゃないのか……」
当然ながら、その答えは返ってくるわけがなかった。