三姉妹、出生の秘密(2)
すがるような気持ちで、再び颯を眺めやった時、私はあることを思い出した。
「あ、そうだ!」
私の声に、いっせいに視線が集まる。
私は、背負ってきたリュックの中に手を突っ込んで、それを取り出す。
「これ!」
腕をママの方へ突き出して、少し興奮気味に差し出す。
すると、部屋の空気が一変する。
「……これ」
三人ともが食い入るようにその小箱を見つめているのが分かった。ママは恐る恐る手を伸ばし、小箱を受け取ると妹たちにそれを見せるように二人に歩み寄る。
「……どうしてこれを?」
千明希叔母さんは驚きの表情を浮かべている。
「ママが渡せって……ママに」
私は静かにママの言葉を待った。
「そう……」
ママはそれだけ言うと、じっとその小箱を見つめるだけだった。
この小箱はいったい何なんだろう。
どういう意味があるんだろう。
疑問に思ったけど、この重たい沈黙を打ち負かす勇気はなかった。
私はそっと三人の悲しい苦しそうな表情を見守るしかなかった。
「それで」
最初に沈黙を破ったのは、さっき帰ってきたばかりの例の女の子だった。
「君たちは、未来から何しに来たわけ?」
私はその質問に思わず口ごもる。
「それが……」
何をしに来たのかわからないから、ママのところにとりあえず来たんだ。
私にわかるわけがない。
「……わからないの」
そう答えると、千明希叔母さんが間髪いれずに口を開く。
「このオルゴール届けにわざわざ来たわけ? しかも片方は寝てるし」
その強い口調に私は次の言葉を見つけられなかった。
「まぁまぁ」
ママが千明希叔母をなだめるように言うと、もう一人の女の子もにこやかに続いた。
「いいじゃないの。私こういうの好きだけど」
「あのね〜好きとか嫌いとかの問題じゃなくない!?」
「いいじゃん、今のところ別に害ないし。面白いし〜。何をそんなにカリカリしてるの? 分かった、男と喧嘩したんでしょう」
「優希ちゃんには関係ないでしょっ!?」
「わかりやす〜い。八つ当たりしたって、フラれるものはフラれるのよ」
「何もしらないくせに、勝手なこといわないでよっ」
千明希叔母さんと優希と呼ばれた女の子の会話がヒートアップしていく様子を、目を丸くして見つめていた私は、一瞬見せたママのひどく沈んだ顔に気付くことが出来なかった。
「よく、このにぎやかな中で、寝てられるね、彼」
私に聞こえる程度の小さな声で、ママは言うと、笑顔で颯を指差した。
私はつられて笑ってしまった。
「それで、これからどうするの?」
ママがそう言うと、口論していた二人もこちらに注目する。
「颯がこれじゃ……とりあえず、帰るよ」
私が颯を振り返り、肩をすくめてみせると、ママも颯に視線を落とし微笑む。
「帰れるの?」
「分からないけど、やってみる」
「そう」
「ダメだったらどうしよう……」
私がため息と一緒に吐き出すと、その返事はなんと三人同時だった。
「その時考えたら?」
その三人の明るい笑顔に背中を押され、私は荷物を背負って、いそいそと帰り支度をし始めた。
「あ、靴!」
ママが慌てて玄関に靴を取りに行ってくれた。
「どうやって帰るの〜? 何か乗り物使うの?」
優希と呼ばれた女の子が興味深々に私の荷物を覗き込む。
「あの……」
私はおずおずと優希さんの顔を覗き込んだ。
「ママの妹さんですか?」
「あ〜、うん、そう。あれ?」
優希さんは千明希おばさんと顔を見合わせて笑いあった。
「ちょっと、本当に未来から来たわけ?」
「優希ちゃんはきっと、未来では別人になっちゃってるか、海外にでも旅に出てて行方不明なんじゃないの? 」
「行方不明かよっ!」
「うんうん。何しろママが生んだんじゃなくて、川から流れてきたんだからね、優希ちゃんは」
「千明希なんて、畑に植わってたんでしょ?」
「うん、そうそう」
再び二人は顔を見合わせてから、お腹を抱えて笑い出した。
この二人は、実はとても仲がいいのかな。
姉妹というものに少なからず憧れを持つ私は、羨ましさでいっぱいになった。
そこへ、長女のママが私と颯の靴をビニールに入れて持ってきてくれた。
「何、どうしたの〜? 何笑ってるの?」
すると話しかけられた二人の姉妹は、同時に噴出す。
「姉ちゃんが、木に生ってたって話」
「それをママがもいだんでしょ?」
「え〜? 何それ〜」
私は三姉妹を順番に見つめてしまった。
どこか抜けてる長女。
暢気で陽気な次女。
しっかりものの三女。
きっとこの三人はこの三人じゃなきゃだめなんだろうな、と思った。
中に入れたら良いのに。
四番目の妹になれたらいいのに。
私は思わず笑顔になっている自分に気がついた。
「じゃあ、帰るね」
私はソファーの横にしゃがみこみ、颯の腕を掴んだ。
「また来てもいい?」
三人は返事をするかわりに、同時にふわりと笑顔になった。
「今度はその子とも話がしたいわ」
ママは颯を指差して笑いかけた。
私はこくりと頷くと、目をつぶる。
大丈夫、帰れる。
颯と二人で家に帰るんだ。
一つ深くゆっくりと呼吸をする。そして心の中で強く叫んだ。
────家に帰らせて!
私は強く強く、颯の手を握りしめていた。