だから言うなって(3)
どのくらい歩いただろう。
「これ、絶対北と南が逆だと思う」
その地図を描いたのが母さんだということを忘れていた。何度もメモ用紙の上下をひっくり返しながら、俺たちはやっとの思いで『武山』という表札のかかった一軒家の前にたどり着いた。
大きくはないし新しくもなさそうだが、手入れがよく行き届いているようで、黒い無機質な門越しに見える小さな庭には、かわいい植木鉢が綺麗に並べられている。もっと暖かくなれば、この植木鉢に色とりどりの花が咲く様子が容易にイメージできる。
「ここ?」
不安そうな顔で華月がこちらを振り返る。
「たぶんね」
俺はメモ用紙をポケットにしまいながらため息混じりに答えた。
いうなれば、俺たちが今目の前にしているのは、祖母の家。
しかし、その祖母の家まで迷いに迷ってたどり着いたというのは、当然といえば当然だろう。
一度も来たことがない、というか記憶のない場所なのだから。
正直、母方の親戚のことはよく知らない。
俺たちが幼い頃に祖母は他界したと聞いている。
千明希叔母さんに会ったのだって、こないだの予知夢騒動がなければ、いつ会うことが出来たかわからない。
「じゃあ、とりあえず」
華月は大きく深呼吸をし、右の人差し指を頭上高くに掲げた。
インターフォンを押す前の気合い入れだろう、と俺は察知し、慌てて声をかける。
「ちょっと待った!」
インターフォンに人差し指が伸びたところで、華月がぴたりと止まった。
「くれぐれもママってよぶ……」
「どちらさま?」
背後から、よく耳に馴染んだ声が聞こえ、俺たちは勢いよく振り返る。
「あ、ママ」
そこには、俺のよく知る母とは違う、女性がきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
「だから……ママと呼ぶなと言おうとしたというのに」
などという俺のつぶやきなぞ、もう華月の耳には届かない。
「ママ〜! え、写真よりかわいい!」
華月はつかつかと女性に詰め寄り、こともあろうに抱きついた。
これには俺もぎょっとした。
「え!? ちょっと!」
女性は慌てて華月を引き離すが、華月はそんなことお構いなしだった。
やっぱり華月は最強かもしれない。
そう再確認した時だった。
俺の目の前の世界が揺れる。
「あ、そっか。ママ今22歳だもんね。わかるわけないよね〜あはは」
「ママ?」
「そう。私ママの娘〜。あっちのが颯。うちら双子だよ〜」
「娘? 双子?」
そんな華月の何もかもをぶった切るような会話が遠くで聞こえたきがした。
「え?颯!?」
そんな華月の悲鳴まじりの声も、冷たいアスファルトの感触を頬に感じながら聞いた気がした。
俺は意識を失った。