重くなったリュック(1)
「もう逃げられないよ」
私はにやりと笑みを浮かべた。
ビー玉のように澄んだ2つの青い眼をとらえたまま、じりじりと足を進める。
それ(・・)は、ただ静かに、こちらの様子を伺っているみたいだった。
「華月!」
後ろからの颯の声にも、私は振り向かずに背中で颯の気配を感じ取った。
「……居たよ」
颯は信じられないというように呟いた。
そう。
ここは、あの日の川原。
桜の木の下で、あの猫と会ったあの日の川原――。
それは数時間前のこと。
私たちは、テストフライトが成功したあとの私の部屋で作戦会議をしていた。
「まとめると……」
私と颯は部屋の座卓の上に置かれたメモ書きを囲んで、二人して腕を組む。
メモ書きには、タイムスリップの条件、と丸字で書かれている。颯は水泳で鍛えたがっちりとした体格と小うるさい性格に似合わず、可愛い丸字を巧みに使う。だから、先生にばれないと思って、宿題とか作文とか、颯が私の分までやったのだろうと言いがかりをつけられたりもした。まあ、実際、そんなこともあった……かもしれないけど。
「まず、二人で同じ時間や場所を考える」
私がそう言うと、颯がメモ書きにペンで書き加えていく。
「それから……」
颯が言葉を切った。
そう、テストフライトの1回目と2回目の違い。それは、私と颯が手をつないでいたということ。
「俺と華月の接触――か」
「接触? 手をつなぐ、ではなくて?」
私が座卓をはさんで向かい側にあぐらを掻いて座っている颯を見上げた。
「よく思い出してみろ」
颯は、私に優しく笑いかけた。
何のことだろう、と私は思いながら、膝を抱えて座り直した。
「たしかに、さっきと駅から帰ってきた時は、俺たちは手をつないでいた。まあ、正確にはどっちかの腕を掴んでた」
あの時、私は駅でぼけっと歩いていて、通行人にぶつかりそうになったから、颯が私の腕を引っ張った。そして颯の部屋に帰ってきた。
さっきも私がそうの腕を掴んで、飛んだ。
「でもね」
颯は私の方にペンを向けて続けた。
「最初に駅まで飛んだ時は、別に手はつないでないだろう?」
「……そう言えばそうだね。私が颯が、泣いてたから、颯の頭に手を回してたもの」
「…………いちいち、強調するなよ、だから」
颯は悔しそうにあさっての方向を向いた。
もちろん、泣いてたから、と言う台詞を強調したのはわざとだ。
私はにやりと笑って見せた。ますます、颯は苦々しい顔で舌打ちした。
「とにかくっ! 今、考えられるのはその2つの条件だな」
「みたいだね」
私はニヤニヤしながら、頷いた。
でも、もう颯は動じなかった。それどころか、眉間にしわを寄せて深刻ぶりながら、何か考え出したみたいだった。
どうしたんだろう。
「華月」
颯は真顔でこちらを向いた。返事をせずに、颯の次の言葉を待つ。
「もう一度、試してみようか。タイムスリップだ」