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「それで?」

 それで、とか簡単に言うなよ、と華月に突っ込みたくなった。

「それでって?」

「だからどうやってタイムスリップするの?」

 華月は獲物を捕らえた猫のような目で、俺を食い入るように見つめている。

 

 何で俺がそんなの知ってるんだよ。

 そう言ってやりたい気持ちを何とか抑える。

 俺はため息を一つついて、華月をとりあえずベッドに座らせた。自分は勉強机の椅子に座る。

「できるかどうかは分からないけど、挑戦するだけしてみようか……」

「うん! うん! うん!」

 華月はまるで振り子のように首を振る。

 こういうところは昔のまま、ちっとも変わらない。

 

「まず…よくあの時のことを思い出してみようか」

 どうやって“飛んだ”のか。

 まず考えられる方法としたら…。

「あの時を再現してみたら、できるかもしれないぞ」

「あの時、どうやってたんだろう」

 華月は珍しく、眉間にしわを寄せて腕を組んだ。

「えっとぉ〜颯が泣いてて〜」

「……そういうとこは思い出すんじゃねぇよ……」

「颯が泣いてたから〜」

「繰り返すなよ」

「泣いてたから、どうしたんだっけ?」

「わざとだろう!」

 俺は華月に力一杯抗議した。しかし、華月はお構いなしに、あさっての方を見ながら考え続けている。

「確か、颯に抱きつき付いたの」

「…………それで?」

 若干ふて腐れ気味なのは否めない。が、そのまま華月は話を進める気なので、仕方なく数々の抗議の言葉を飲み込む。

 というのも、実はあの時、俺はかなり気が動転していたらしく、よく覚えていないというのが正直なところだった。

「それで……気がついたら、駅にいたのよね〜」

 そうなんだ。

 気がついたら周囲が騒がしくて。ビックリして涙も一瞬にして止まったわけだ。

 “帰って”来たときも、突然、俺の部屋に戻ってたんだ。

 たしか、華月がぼけっと歩いてたから、俺が華月の体を引き寄せた時だった気がする。

 この2回のタイムスリップの共通点はなんだ?

「…………あの時何考えてたっけかなぁ〜」

 華月がベッドの上で膝を抱えながら、呟いた。

 床の一点を見つめながら、ものすごい真剣に考えているようだった。その集中力と前向きな姿勢を普段の勉強にも向けたら、きっと赤点になんて悩まされることはないんじゃないだろうか。

 そんな華月の様子を見ていたら、何となく頬がゆるんでしまうから不思議だ。

「そうだっ! 階段から落ちる前に止められたらって思ったの!!」

「へ?」

 突然、華月が叫ぶので、俺は何の話か分からず、間の抜けた声を出してしまった。しかし、華月はさっきにもまして、興奮状態のまま俺の両腕を掴んで再び叫んだ。

「だからっ!あの時、ママが事故る前に、ママのことを止められたらって思ってたの!」

 あの時?

 何を考えてたかって?

 俺は愕然とした。

「俺も似たような事だったきがする」

 じゃあ、“帰ってきた”時は、何を考えてたんだ。

 確か…。

「……帰って寝たい……」

「え?」

 今度は華月がきょとんとしていた。

「駅から帰ってきた時だよ。何考えた?」

「帰ってきた時〜?」

 華月は再び険しい顔をして――すぐにはっと顔色を変えた。

「帰りたい! 颯の部屋に帰って寝たい!」

 俺らは顔を見合わせ、頷いた。

「決まりだな」

「だね」

 つまり、二人で同じことを考えたんだ。2回のタイムスリップの時に、2回ともに。

「試してみるか」

「うん!」

 華月は目を輝かせて、勢いよく首を縦に振る。

 もし万が一、タイムスリップがこれで出来た場合、変なところに飛ばされたらたまらない。

 真夜中の無人島とか、真冬の北極とか、戦争のまっただ中とか。

 帰って来れないなんて非常事態も考慮すべきだ。

「よし。華月、テストフライトだ」

「ラジャー、キャプテン!」

 華月はベッドから飛び降り、俺に笑顔で敬礼して見せた。

「うむ。任務は、今から30分前に飛ぶ。場所は俺の部屋だ」

「了解です!」

「今が23時になるところだから、22時半だな」

 そこで俺は、ちょっと待てよ、と腕を組んだ。

 もし、30分前の俺たちがタイムスリップに成功したとして、俺の部屋に飛んできたら、『今の俺ら』と『未来の俺ら』の二人ずつ存在していたことになる。でも、実際に30分間、俺の部屋に未来の俺たちは現れなかった。

 ということは、テストフライトが失敗したか、別の場所を選んだか、……別の場所に飛ばされたか。結局、飛ばなかったという選択肢もあるな。

 

 これは……結構難しい選択だ。

 

 俺は目を爛々とさせて、俺の様子を窺っている華月を見た。

 そして、確信した。これは、たぶん『未来の俺』も絶対、テストフライトは決行してる。中止を告げたとしても、華月に押し切られているのは間違いない。だから、無駄な抵抗はやめて決行したはずだ。

 だとすると、失敗か、別の場所を選んだのか?

 失敗ならいいんだ。身の危険がないなら。

 

 俺はかなり緊張している自分に気がついた。

 この俺の選択は正しいのか。いつだって、何を決めるときも、俺は何度も自分に問いかけてきた。今だってそうだ。

 大丈夫なのか。

 華月に危険が及ぶことはないのか。

「颯?」

 華月が眉間にしわを寄せて俺の顔を覗き込んだ。

 これだから俺は心配性だと言われるのかな。きっと、今俺の考えていることを華月に伝えたところで「大丈夫だよ、行こう!」と即答されるに決まってる。

 俺は頭をワシワシっと掻いた。

 

「……場所は、廊下だ」

 俺は口を開いた。

「OK」

 華月は目をつぶった。俺もつられて目をつぶる。

「いくよ。せーの」

 

 

 

 

 

 夜22時半の廊下に―――。

 

 

 

 

 

 

 


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