テイクオフ(3)
「それで?」
それで、とか簡単に言うなよ、と華月に突っ込みたくなった。
「それでって?」
「だからどうやってタイムスリップするの?」
華月は獲物を捕らえた猫のような目で、俺を食い入るように見つめている。
何で俺がそんなの知ってるんだよ。
そう言ってやりたい気持ちを何とか抑える。
俺はため息を一つついて、華月をとりあえずベッドに座らせた。自分は勉強机の椅子に座る。
「できるかどうかは分からないけど、挑戦するだけしてみようか……」
「うん! うん! うん!」
華月はまるで振り子のように首を振る。
こういうところは昔のまま、ちっとも変わらない。
「まず…よくあの時のことを思い出してみようか」
どうやって“飛んだ”のか。
まず考えられる方法としたら…。
「あの時を再現してみたら、できるかもしれないぞ」
「あの時、どうやってたんだろう」
華月は珍しく、眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
「えっとぉ〜颯が泣いてて〜」
「……そういうとこは思い出すんじゃねぇよ……」
「颯が泣いてたから〜」
「繰り返すなよ」
「泣いてたから、どうしたんだっけ?」
「わざとだろう!」
俺は華月に力一杯抗議した。しかし、華月はお構いなしに、あさっての方を見ながら考え続けている。
「確か、颯に抱きつき付いたの」
「…………それで?」
若干ふて腐れ気味なのは否めない。が、そのまま華月は話を進める気なので、仕方なく数々の抗議の言葉を飲み込む。
というのも、実はあの時、俺はかなり気が動転していたらしく、よく覚えていないというのが正直なところだった。
「それで……気がついたら、駅にいたのよね〜」
そうなんだ。
気がついたら周囲が騒がしくて。ビックリして涙も一瞬にして止まったわけだ。
“帰って”来たときも、突然、俺の部屋に戻ってたんだ。
たしか、華月がぼけっと歩いてたから、俺が華月の体を引き寄せた時だった気がする。
この2回のタイムスリップの共通点はなんだ?
「…………あの時何考えてたっけかなぁ〜」
華月がベッドの上で膝を抱えながら、呟いた。
床の一点を見つめながら、ものすごい真剣に考えているようだった。その集中力と前向きな姿勢を普段の勉強にも向けたら、きっと赤点になんて悩まされることはないんじゃないだろうか。
そんな華月の様子を見ていたら、何となく頬がゆるんでしまうから不思議だ。
「そうだっ! 階段から落ちる前に止められたらって思ったの!!」
「へ?」
突然、華月が叫ぶので、俺は何の話か分からず、間の抜けた声を出してしまった。しかし、華月はさっきにもまして、興奮状態のまま俺の両腕を掴んで再び叫んだ。
「だからっ!あの時、ママが事故る前に、ママのことを止められたらって思ってたの!」
あの時?
何を考えてたかって?
俺は愕然とした。
「俺も似たような事だったきがする」
じゃあ、“帰ってきた”時は、何を考えてたんだ。
確か…。
「……帰って寝たい……」
「え?」
今度は華月がきょとんとしていた。
「駅から帰ってきた時だよ。何考えた?」
「帰ってきた時〜?」
華月は再び険しい顔をして――すぐにはっと顔色を変えた。
「帰りたい! 颯の部屋に帰って寝たい!」
俺らは顔を見合わせ、頷いた。
「決まりだな」
「だね」
つまり、二人で同じことを考えたんだ。2回のタイムスリップの時に、2回ともに。
「試してみるか」
「うん!」
華月は目を輝かせて、勢いよく首を縦に振る。
もし万が一、タイムスリップがこれで出来た場合、変なところに飛ばされたらたまらない。
真夜中の無人島とか、真冬の北極とか、戦争のまっただ中とか。
帰って来れないなんて非常事態も考慮すべきだ。
「よし。華月、テストフライトだ」
「ラジャー、キャプテン!」
華月はベッドから飛び降り、俺に笑顔で敬礼して見せた。
「うむ。任務は、今から30分前に飛ぶ。場所は俺の部屋だ」
「了解です!」
「今が23時になるところだから、22時半だな」
そこで俺は、ちょっと待てよ、と腕を組んだ。
もし、30分前の俺たちがタイムスリップに成功したとして、俺の部屋に飛んできたら、『今の俺ら』と『未来の俺ら』の二人ずつ存在していたことになる。でも、実際に30分間、俺の部屋に未来の俺たちは現れなかった。
ということは、テストフライトが失敗したか、別の場所を選んだか、……別の場所に飛ばされたか。結局、飛ばなかったという選択肢もあるな。
これは……結構難しい選択だ。
俺は目を爛々とさせて、俺の様子を窺っている華月を見た。
そして、確信した。これは、たぶん『未来の俺』も絶対、テストフライトは決行してる。中止を告げたとしても、華月に押し切られているのは間違いない。だから、無駄な抵抗はやめて決行したはずだ。
だとすると、失敗か、別の場所を選んだのか?
失敗ならいいんだ。身の危険がないなら。
俺はかなり緊張している自分に気がついた。
この俺の選択は正しいのか。いつだって、何を決めるときも、俺は何度も自分に問いかけてきた。今だってそうだ。
大丈夫なのか。
華月に危険が及ぶことはないのか。
「颯?」
華月が眉間にしわを寄せて俺の顔を覗き込んだ。
これだから俺は心配性だと言われるのかな。きっと、今俺の考えていることを華月に伝えたところで「大丈夫だよ、行こう!」と即答されるに決まってる。
俺は頭をワシワシっと掻いた。
「……場所は、廊下だ」
俺は口を開いた。
「OK」
華月は目をつぶった。俺もつられて目をつぶる。
「いくよ。せーの」
夜22時半の廊下に―――。