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王宮練茶のエトーリア  作者: 若葉スイ


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22話

ルーク

戻ってきたフィロー様に、王が茶葉園を訪れていたことを伝えると、「やっとお茶の時間だ」と鼻歌を歌っていた彼の表情は一気に怪訝な色に変化した。異変を感じたエトーリアも、彼に先ほどもらった珍しいドライフルーツを練茶用に細かく刻んでいた手を止める。


「師匠?」

「エトーリア、国王に何を言われた?」

「ええと……この国を守りたいから、力を貸して欲しいと」


「そんなことを、どうして僕のいない隙に」とフィロー様が呟く。


たしかに、フィロー様が香茶宮を離れることは珍しい。仕事も寝食も基本的にここで済ませるのだから、わざわざいない隙を狙った、という表現は不敬ではあるが、私も同意だった。


フィロー様は眉間の皺を溜め息と共に流すと、彼女に数歩近づいて、その左肩に優しく手を置いた。



「いいか、エトーリア。誰がなんと言おうと、君が間違っていると思うことには、協力する必要はない」


「……師匠、?」


「頼まれたからといって、すべて受け入れなくていい。信念を持つんだ。誰にも揺るがされることのない、君だけの秤で、何を選ぶか決めなさい」



こんなにもフィロー様が、誰かに対して熱を持って語りかける姿は今まで見たことがない。

その力強さに一瞬、圧倒されたように目を丸くしていた彼女は、自分のためを想った言葉だと理解すると、いつものようにふんわりと微笑んだ。


「はい。ありがとうございます。心に留めておきます」


やはり、彼女のことにおいてフィロー様は完全に味方だ。

王宮内に敵がいるとまでは言わないが、彼女が国のためにと利用されているのは事実で、今後もそれは加速しながら大きさを増していくだろう。


もうすっかり見慣れてしまった、彼がエトーリアの髪をわしゃわしゃと雑に撫でる光景に、先ほどまで王と向き合い緊張していた私まで、心が解されるようだった。












翌日、私たちは王宮の中で一番装飾の少ない馬車に乗り、城下町へと出ていた。


彼女の実家である茶葉店に顔を出しに行くという理由で、フィロー様とライアス殿下に許しをもらい、アシュベル殿下の朝のお茶が済んだ後は夜まで暇をもらうことができたのだ。


無論、突然街の茶葉店の看板娘が王宮で働き始めたことは、街の人々にも知られていた。


質問された時にはエトーリアの父上と出向中の王宮練茶士たちがうまく誤魔化してくれていて、あらかじめ私が伝えていたように「練茶の腕を認められ、王宮練茶士として働くことになった」と答えることになっている。


私も城の中のように正装でいると彼女の特別待遇が怪しまれてしまうと思い、いつも店に通っていた時のように普段着の上にベルトをつけ、帯剣していた。


馬車を降りて店へと歩くエトーリアの足取りは、いつもより弾んで見える。


「嬉しそうですね、エトーリア」

「はい、とっても」


満面の笑みを浮かべて街中を歩く彼女は、不意に立ち止まり、「あ、」と私を振り返る。


「今日は様をつけず、エトーリアと呼んでくださるんですね」

「あなたが生まれ育った場所ですから。怪しまれないように念の為です」

「ぜひ、いつもそうしてください」


そう言ってにっと笑い、こちらが答えるまもなく正面を向いて歩き出す。「あまり急ぐと、はぐれてしまいますよ」と小さな背中にかけた声は、自分のものかと疑うほど優しい音だった。


呼び方なんて、と思っていたけれど、彼女がこだわる理由が最近徐々にわかってきたような気がする。


彼女に「ルーク様」と呼ばれている時よりも、「ルーク」と名前だけを短く呼ばれる方が嬉しい。それだけで二人の関係性が、距離が、少しだけ縮まった気がするのだ。











出向中の王宮練茶士ふたりとの初対面を終え、意外なほどお礼の言葉を浴びた彼女は、扉が閉まるなり店の外に出た私の袖をくい、と引いた。


何事かと振り返れば、私を見上げる彼女とばっちり視線が合い、一瞬呼吸が止まる。


「なんですか」

「フィロー師匠って、そんなに怖いですかね」

「あなたには特別甘いんですよ、あの人は」

「そうなんですか?皆に優しい方なんだとばかり」


目をぱちくりとさせる姿に頬が緩む。袖に視線を落とすと、「あ、すみません、つい」と彼女が手を離した。「いえ」と短く返事をして、彼女が触れていた部分の布に指先で触れる。


高揚しそうな心は、「わあ!」と歓声を上げて駆けてくる子どもたちによって遮られた。


「ほんとだ!エトーリアがいる!」

「ほらな、うそじゃなかっただろ」

「どうして帰って来れたの?もうお城行かない?」

「急にいなくなって、さみしかったんだよ」


あっという間に彼女は子どもたちに囲まれ、ぱっと彼女の表情のトーンが明るくなる。

「みんな、どうしたの」と声をかけながら、視線を合わせるため彼女はその円の中でしゃがみ込んだ。


「キトがお店に入るエトーリアを見たっていうから、きてみたんだ!」

「みんなで走ってあつまったの!」


口々に喋りかけられるのにも慣れているのか、彼女は何度も頷きながら各々に言葉を返している。


「キト、久しぶりだね。体の具合はどう?」

「もうぜんぜんなんともない!まいにちお外であそべるよ!」


一人の少年の返答に、笑顔だった彼女が唇をきゅっと結ぶ。泣いてしまいそうな表情が一瞬見えた後、彼女はその少年を優しく抱きしめた。


あぁ、と認識する。この小さな彼こそが、彼女が奇跡を初めて起こしたあの日、命を救われた本人なのだ。こちらまで喉の奥がつかえるような感覚でその光景を見ていると、いつの間にか彼らの視線が自分に集まっていることに気づく。


「ねーねー、エトーリア、このひとだれ?」

「ルークさん。私を守ってくれる人。やさしいお兄さんなんだよ」


彼女の返事に思わず、眉を上げて反応してしまう。

きっと子どもたちが呼び方を真似するだろうと考えて敬称にさんをつけられたことも、やさしいお兄さんと表現されたことも。

どうしてたったこれだけのことで、心が揺れるのだろう。


「もしかして、おうじさま?」


一人の女の子が発したその言葉に、思わず私と彼女は顔を見合わせ、それからほんの少し間をおいて同じように目を細める。「違います」と発しようとした声は、彼女によって遮られた。


「王子様みたいにかっこいい、騎士様だよ。とってもつよいの」

「ほんとう?」

「強いのは本当ですよ」


格好いいかどうかの判断はお任せしますけど、という言葉は飲み込んだ。彼女がせっかく、リップサービスで言ってくれているのだ。


まるで品定めするようにじっと私を見つめてくる、小さな女の子にほんの少しだけ微笑みかけると、ボンと音がするくらい瞬間的にその頬が赤くなる。


それを見たエトーリアが振り返り、驚いている私に向かって意味深に目配せをした。


なんて、幸せな光景だろう。


私が育ったあの場所とは、まるで大違いだ。











道の両側に露店が並ぶ大きな通りに出ると、休日ということもあって人通りが一段と多くなった。

彼女の隣を歩こうと努めるが、人の流れに逆らうことはできず、時折体が離れそうになる。仕方がない、と彼女の耳元に顔を寄せ、思い切って聞くことにした。


「エトーリア、手を繋いでもいいですか」

「え?」

「はぐれないように」


半分くらい、拒絶されるかもしれないと予想していたので、「はい」と彼女が手を差し出してきた時にはほっとした。離れてしまわないようにと、その手をとる。


あまり力を入れないようにと意識していた指先をきゅっと握り返されて、自分の冷静な思惑とは裏腹に頬が熱くなるのがわかった。彼女に気づかれないよう、顔を背ける。


彼女と手を繋いで隣を歩くと、時折お互いの腕が触れた。護衛という任務があるとはいえ、恋人でもない女性に自分と手を繋がせるなんて、悪いことをしているような気になる。


早く目当てのレストランについてくれという気持ちと、このまましばらく歩いていたい思いが頭の中で交錯していた。




「……ここです」


店の前につき、私たちが立ち止まる頃には、とうに人ごみは抜けていた。

解くタイミングがわからないままここまで来てしまった手を、すっと離す。彼女も男性と手を繋ぐという行為には慣れていなかったのか、離した手をもう一方の手で隠すように覆った。指先をぎこちなく動かしているのが見える。


「すみません、手を繋ぐなんて。嫌な思いをさせてしまいましたね」

「そんな、違います!あの、……緊張してしまって。子どもたち以外とは、初めて、だったので」


私の言葉を慌てて否定した彼女は恥ずかしそうに俯き、自分の頬に両手を当てた。

想定と異なる反応に、胸が鳴る。

本当に、可愛らしい人だ。

そんな反応をされると、自分に望みがあるのではないかと期待してしまいそうになる。



「……とりあえず、入りましょうか。」

「はい、」


店内に入ると、「いらっしゃいませ」と白いエプロンをつけた女性スタッフが近づいてくる。


「できるだけ目立たない席へお願いします」

「かしこまりました」


彼女の後についていくと、こちらの要望通り一番奥の席へ通された。


この天気であれば、本来通常の客にはテラス席を薦めるのだろうが、私はただ彼女と街へ遊びにきているわけではない。


護衛として自分の仕事を全うするために、守りやすい席を選ぶ必要があった。万が一のため、裏口の位置も確認済みだ。


「景色のいい席に通してあげられず、すみません」

「そんなこと、気にしないでください。素敵なお店ですね」

「ええ。あなたと来てみたかったんです」


レストランの店内を見渡していた彼女が、私の言葉にふふ、と笑う。

この笑顔を見られるのなら、揶揄われることを覚悟してオリバーさんに聞いた甲斐があった。


「ルークがこんなお店を知っているなんて少し意外です」

「……どういう意味ですか」

「あっ、悪い意味ではないですよ。なんというか、どんな方と来ているのかなって、」


それが”どんな女性と来たことがあるのか”という意味合いの問いであることに気がついて、思わず「違いますよ」と大きな声を出してしまう。誤魔化すように、咳払いをした。


「この店は、オリバーさんに紹介してもらったんです」

「そう、だったんですね」

「街で人気のレストランだと言っていました。私も、来るのは初めてなんですよ」

「それは、失礼しました」


ちょこんと頭を下げて見せる彼女に、たまには少し欲を出して、一つ念を押してみよう、と再び口を開く。


「あなたとだから来たかったと、初めから言えばよかったです」


意を決して言った言葉は彼女に届き、いつもよりも少しぎこちない笑顔を引き出した。

それと引き換えに、私の体温は勝手に、ぐんと上がっていく。


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