66話 武道大会に出よう
皇帝たるオルフェウスの部下は5人。
多彩なる魔法を無詠唱にて使う大魔道士スプラトゥ。
幻術を得意として、敵を撹乱し一歩も動かずに勝利するデーバイ。
無限の耐久力を持ち、無敵の硬度を持つ身体のアキレス。
影に隠れ、その姿を決して見せないトロイ。
5人全ての技を使う天才魔法剣士マルス。
オルフェウスの部下であり、クレスさんの部下を全て倒した5人だ。
この5人が出場する武道大会。正直ワクワクである。
スプラトゥさんと、デーバイさんの二人はなぜか欠場したみたいだけど、たぶん体調が悪かったのだろう。
武道大会は予選を突破した後に、本戦出場となる。その人数はたった16人。この大会は皇帝との決闘が賞品であり、放棄するなら一生を楽して暮らせるお金が手に入るとあって、多くの人々が参加していた。
なので、とっても狭き門なのだ。
その証拠にねむちゃんは予選で失格となっている。
「屋台周りをしていた間に予選終わっちゃったでしゅ。だって、ホットドッグとかクレープが売ってたんでしゅもん!」
恐るべき罠にかかったらしい。ねむちゃんはしょんぼりして焼き鳥を食べている。お口がベトベトなので、ハンカチを渡しておくね。
「早くも妨害工作が始まったようだよ、ルフさん」
「少し待ってください。屋台の儲けが結構いったんです。銅貨って細かくて計算が大変です」
銅貨の山を前に経費がいくら、利益がいくらと計算しているルフさん。忙しそうだから、放置しておこうかな。
今、僕たちはコロシアムにいる。本戦に僕たちは進められたからだ。現在、シュリが相手と戦闘中。
コロシアムは石造りで、すり鉢状になっている。中心にある試合場はただの土だ。大勢の観客が座っており、戦闘を見て楽しんでいた。
平民用は石のベンチしかない。だが、観客席の中でも屋根があり、料理が食べられるテーブルや座り心地の良さそうな椅子があり、護衛兵が立っている場所がある。
貴族席だ。貴族たちが料理を食べながら歓談しており、その目は見世物を楽しんでいる。そして、一際上段には王冠をかぶっている気怠げな男が豪華な玉座に座っていた。
つまらなそうに頬杖をつき、シュリの戦闘を眺めている。その顔には興味がないとはっきりと書いてある。
その脇に3人の男が立っており、不敵なる笑みを浮かべていた。5人の部下の一人だろう。
「あの男が皇帝っす。余裕の笑みで本来は俺っちの座る玉座に座りやがって………この焼きそばっていうの初めて食べたけど美味しいっす」
「そうでしょう、そうでしょう。具のない焼きそばを作るには苦労しました。試行錯誤して検証すること5分。勤労って大事だと実感しました」
ほっかむりをして、悔しげに皇帝席を眺めるクレスさん。竹でできた器にもられた焼きそばをずるると食べている。
そして、銅貨を数えるのは飽きたのか隣の観客に全て渡して、ドヤ顔のルフさんです。隣の人が山程の銅貨をどうすれば良いか困ってるでしょ。
「どんなお話してりゅのか確認してみりゅ」
僕の膝に乗っているよーこちゃんが、こめかみに指をつけて、うーんと集中する。
『風送』
魔法を使うよーこちゃん、その風の力は皇帝さんの話し声を送り届ける。
「実際、声って風じゃないですよね。音波なんですから風は関係ないと思います。風の力なら強風になると人の声は全て打ち消されておかしくないわけですし」
そして、余計な一言を常に加えるルフさん。たしかにそうなんだけどね。
「風でいいのでりゅ!」
「あだっ」
ねむちゃんから食べ終わった串を受け取ると、よーこちゃんはぷくっと頬をふぐにして投げつける。額にざくりと刺さって倒れるルフさん。
まずい、遂によーこちゃんともコントを始めたよ。僕もコントの練習をしないといけないかな。
「ふん、なんだなんだ、あの戦闘は。どうしてあんなレベルの奴が本戦に出ているんだ」
「クククク、陛下。今回の大会はどうやら他国のものが出場しているようです」
「どうせ元皇帝のアホが助けを求めたんでしょう」
「さようさよう。というか一ヶ月に一回の大会は少し多すぎでは?」
声だけだけど、皇帝さんの話が聞こえてくる。どうやらシュリたちの戦闘を評価しているらしい。皇帝さんはだいぶ強気だね。さすがは皇帝さん。
「あの……妨害魔法はどうやって潜り抜けたのですか?」
「もしもし、風のせーれーしゃん、結界に入りたいのでりゅって、お願いすればいいりゅ」
「そ、そんなことで。特殊魔法の使い手は要注意ですね」
レーナ王女が盗聴できたことに、顔を強張らせてよーこちゃんへと問いかけるけど、答えは簡単だった。誠意って大事だよね。
「アホってどういうことっすか。俺っちの壮大にして神出鬼没な策謀を馬鹿にしないでほしいっす」
悔しそうに3箱目の焼きそばをすするクレスさんは、もしかして神算鬼謀と言いたいんだろうか。あと、困ってるなら俺が貰うっすと、ルフさんの銅貨の袋を隣のおじさんから貰おうとしていた。
「あいつ、元は肉屋の店主だったんです。学校をサボっていたから字もろくにかけずに、計算だって適当なくせに許せないっすよ」
「あぁ、だからごついんですね。なんでゴリラが玉座に座っているのか理解に苦しんでました。なぜ名前がオルフェウスかと。オルフェウスって細身の優男のイメージがあるのに、どこにいるのかと探しちゃいました」
ルフさんが半眼となり、皇帝さんをゴリラ呼ばわりする。たしかに皇帝さんはゴリラだった。ひげもじゃではないけど、筋肉だるまといった感じ。
正直に言うと、髭をそったクレスさんにしか見えない。お肉屋さんだったんだね。
「ある日、神に選ばれたとか言ってたっす。嘘くさいのにその力は本物だったっすよ」
ふーん、それなら戦うのが楽しみだ。とはいえ、僕が優勝しないといけない。自信ないなぁ。
「ヨグ殿下。シュリ様の戦闘が佳境に入ってる」
後ろの席に座るペレさんが、僕の頭を撫でながら教えてくれる。
「そうだね。シュリはこのままだと負けるね」
僕は真剣な表情になると試合場へと顔を向ける。
そこには息を荒げて、険しい顔のシュリが拳を構えている。どうやらだいぶ追い詰められているらしい。
この大会、アウタールールで変身は禁止しているけど、それでもシュリが苦境に陥っているなんて、やっぱり武道大会というのは厳しいものなんだ。
◇
シュリは額にかかる髪を跳ねのけて、息を整える。
赤土に覆われた試合場はサッカーができるほどに広い。自分と相性の良い場所であるはずだった。
「あたしのスピードについてこれるとは思わなかったわっ!」
相手は中肉中背のどこにでもいるような平凡そうな男だ。簡単に倒せそうな華奢な体躯だが、油断できない相手だ。
「さぁ、まだまだ奥の手を残しているのだろう、かかってきなさい」
「言われるまでもないわっ」
爪先で地面に立って、トトンとリズミカルにステップを踏む。
『超加速』
自身の固有スキルを発動させる。あらゆる加速技の中で最高レベルの奥義だ。
自分の思考が超加速して、世界の時間の流れがゆっくりとなる。砂埃が一粒一粒見分けがつくほどに遅くなり、観客の歓声が間延びする。
相手へと駆け出す。加速された世界の中で、時間の流れが極めてゆっくりな世界で、なおシュリの動きは隼のように速かった。
たった数歩で数十メートルは離れている男へと詰めると、地面を強く踏み、呼気を吐く。
「はぁっ!」
『気練掌』
練った闘気を身体に巡らせて、掌に集中させる。膨れ上がるエネルギーを螺旋に回して腕に纏わせると、右足を強く踏み込み、身体をひねり、相手へと打ち付ける。
されど、時間が停止したかのようなゆっくりとした世界の中で、男はシュリの攻撃に反応する。
『気練双掌』
相手は両手の平を迫るシュリの攻撃に向けると、その攻撃を受け止める。
二人の攻撃がぶつかり合い、闘気が爆発する。衝撃波は光となって地面を抉り空気を振動させる。
「くっ! あたしの方が速いのにっ!」
「速度で上回っていても、攻撃が素直すぎるのだっ!」
むぅとシュリは唸って、細かに足をステップさせる。シュリの身体がいくつにも分身して、連撃を繰り出す。
今度は蹴りも加えての攻撃だ。しかも分身は本体と違う攻撃をする。相手の隙を作るべく、ローキックからのミドルキック、分身がフックを入れて、途中でアッパーへと切り替えてフェイントを繰り出す。
「甘いっ! 速度重視から、手数を増やして隙を作らせようとするために攻撃重視にしたことから、その速度が減速しているっ!」
蹴りには蹴りと、相手も蹴りを繰り出して、シュリの蹴りを受け止める。そのまま反動を利用してわずかに下がるとフックを躱し、アッパーはスウェーする。
そうして、シュリのほんの僅かな隙をついて、爪先からの槍のような蹴りを突きこむ。
「グッ」
鳩尾に蹴りが食い込み、メシリと音がするとシュリが苦悶の表情となる。
「むぅん!」
相手は足を揃えてくるりと回転すると、呻くシュリへと追撃の蹴りを食らわせた。
「キャアッ!」
悲鳴をあげて、シュリは砲弾のように吹き飛ばされて、コロシアムの壁にめり込むのであった。
ガラガラと瓦礫がシュリを埋めるのを見て、男は腰に手を当てると笑う。
「フハハハ、まだまだだな、シュリ! 超加速に頼り基本がなっとらん! 国に戻ったら修行のし直しだ!」
「勝者! イワン・グラス!」
そうして司会が戦闘の終了を宣言し、戦いはシュリのお父さんで終わるのであった。
「す、凄え、あんな闘い見たことないっす。というか速すぎてよくわからなかったっすよ」
「そうですね。シュリさんも強いとは思いましたが、あのシュリさんを子供扱いするなんて……」
「まぁ、シュリのお父さんだしね」
クレスさんと、レーナ王女が驚愕しているけど、やっぱり大人は強いんだ。僕たちはまだまだなんだよ。
というわけで、武道大会にはアウターの民が出場してます。
武道大会っていう言葉に歓喜して皆で来たんだ。負けた人たちは応援席にいる。
そして、本戦に出場したのはアウターの民だけです。
皇帝5人衆は予選で負けちゃったよ。
「どうしてあんなレベルの奴らが出てるんだよ!」
「わ、わかりません………」
なんか皇帝さんの楽しげな声が聞こえてくるけど、きっと今から戦うのが待ちきれないんだろう。




