65話 帝国を観光しよう
不思議なことに一文なしになったデーバイさん。
海に落ちて、仰向けに浮いて水を吹き出す芸をしていたので、今度こそ笑いをとろうとしていたと思います。
「閣下、一文なしになってまで受けを狙う者はいません。それとでんどろねむは海中深くに沈んでいるので、高価かも知れませんが回収は不可能です。あの幼女は賭ける物を間違ってます」
ルフさんが半眼となり、ぷっくりほっぺたのねむちゃんが抗議する。
「回収できるもん! たった2300メートル下に沈んでるだけだもん!」
「そうだね。それぐらいなら簡単に回収できるね」
「大丈夫の基準が異次元すぎる」
シクシクと泣くねむちゃん。悲しげにゼノンさんにあのおっさんの屋敷はどこでしゅかと尋ねているので、資産を全て回収するつもりなのだろう。
でんどろねむは1200億TPの価値があるらしいからね。ねむちゃんは決闘前にそう言ってた。そして、デーバイさんは馬鹿にした笑いで、我の力を見せてやろうと決闘を受けたんだ。
「そしてミサイルポッドアタックであっさりと倒されましたね、あの哀れなるおっさん」
嘆息混じりにルフさんが運ばれていくデーバイさんを見送る。
ねむちゃんが創造したミサイルポッドを投げつけられて、見事吹き飛んだのである。それはもう見事に吹き飛んでいた。
「プラズマクラスターが禁止されたから、がわだけになっちゃったの。もうダゲキ武器としてしか使えないのでしゅ」
それは仕方ないよねと、ねむちゃんのふんわりした髪の毛を優しく撫でてあげる。エヘヘとねむちゃんは笑って気持ち良さそうだ。
「創造した武器なんですから他の物を作れば良いではないのでは?」
「あたち、テキトーに創造しゅると白くて四角い石しか作れないの」
「さぁ、さっさと資産の回収に行ってらっしゃい」
嘆息してルフさんが手のひらをひらひらさせて、ねむちゃんはコクリと頷き、海兵の皆と共に街中へと、ぽてぽてと消えてゆくのだった。
その後で丘の上にある屋敷らへんから爆発音とか聞こえてきたんだけど、魔法の練習でも誰かがしてたんだろうね。
とはいえ………。
「デーバイさんがいなくなった途端に商人さんたちが集まって来たんだけど、なぜだろ?」
デーバイさんがお笑いをとったからだろうか、たぶん警戒していた人たちがワッと集まってきた。ほとんどが商人さんで、買い付けをしてくる。
「どうやら決闘は一部の者しか行っていないようです」
金貨袋を手に持ち、商人たちが目の色を変えて、僕らが持ってきた商品を選んでいた。護衛はいるようだけど、商品を賭けて決闘とか言い出す人は誰もいない。
「そうなのです、レーナ王女様………」
ジャラジャラと金貨が木箱に溜まっていくのを見ていると、声がかけられて振り向く。
「もしかして、サンクリシャー皇帝ですか!?」
そこには痩せてはいるが、大柄な体躯の中年の男性がぼろ布を着て立っていた。
皇帝陛下? その割にはボロボロだけど……。
きっと修行中なんだね!
◇
サンクリシャー帝国の料理は豪快である。肉の塊にお塩をパラリ。一気に焼いて出来上がり。野菜も魚も焼いちゃうよ。
といった適当極まる料理を前に、ガツガツと夢中になって食べてるのはクレス・サンクリシャー・バンデットさん。
このサンクリシャー帝国の元皇帝らしい。
2メートルを超える背丈に、元は筋肉で覆われていただろう鍛えられた体躯、顔は四角いごつい強面で、髭で覆われており、正直皇帝には見えない。
今は手近な高級宿屋に場所を移して、なぜこんなことになっているのか、クレスさんから情報を得ることとしたんだけど………。
「どちらかと言えば山賊の王ですね。まったくカリスマとか貫禄を感じません」
情け容赦なくクレスさんを表するルフさん。
スープ皿を掴み取り、ズズッと豪快に啜るクレスさん。むんずと肉を掴み取り口に放り込むと、コップをとるとワインでごくごくと押し流していく。
「ブハーッ。いや追い出されてからは金が無いもんで、礼儀作法とかも少しだけ忘れてしまったんすよ。ほら、貧すればトンチって言うっすよね? トンチを使って金を稼ぐのは俺苦手なもんで」
フヘヘと恥ずかしそうに笑って、クレスさんは再び料理を食べ始める。
たった一ヶ月でカリスマとか貫禄をなくしたと宣うおじさんだ。
でも、トンチで稼ぐのってたしかに大変そう。
「馬鹿ねっ! 屏風に書いた虎を捕まえれば大金が手に入るわよ。それか毎日米を貰うの。一日で一杯、次の日は2杯って」
得意げにシュリが頭の良いことを言ってくる。なるほどねぇ。
「米はともかく虎は頭を使ってますね」
「たぶん屏風に手を突っ込むと、あたしは屏風の狭間から現れると読んでるわっ」
「それで出てくるのは虎ではなく、虎に似たなにかです」
シュリとルフさんとのいつものやりとりを横目に、クレスさんへと顔を向ける。隣に座るレーナ王女は厳しい目つきで身を乗り出してクレスさんへと話しかける。
「なぜ、皇帝陛下が決闘を受けているのですかっ! そして、なぜ負けているのですか? さすがにそこまでは決闘偏重主義ではなかったはずです」
「むむむぅ、たしかにそのとおり。皇帝に決闘を挑むには、たった一人で近衛兵、将軍、宮廷魔法使い全員と一度に戦い、3分以内に勝たなくてはならないという伝統のルールがあったっす。しかも皇帝と同じくらいの品物を賭けなければならないんすよ」
「それは勝たす気ゼロでは?」
気まずそうなクレスさんだが、アウターの民全員と戦うのと同じ感じだろう。僕でも勝てるビジョンが浮かばないよ。
それに決闘は同じ程度の物を賭けなくてはならないというルールらしい。大国と釣り合う品物って、ちょっと想像つかない。
「そうなんっすよ。俺っちも挑戦者が現れたので、笑って掛け金はどうするんだって聞いたんすよ」
その時点で脱落者100%だよね、普通は。
だけど、クレスさんは深刻そうにため息をつき、肉を新たに注文した。ちゃっかりものである。
「なんとあいつは山程の魔石を転移させてきました。しかもどれも高品質で普通は魔王を倒さないと手には入らない大きさの魔石ばかりで。山程って比喩じゃないっすよ。城の裏庭にまさに山となって積んであるっす」
「!? それは凄いですね、以前と違い魔石は天井知らずで高騰しています。投機として買い占める商人もいて、我が国では困っているくらいです」
「うちもルルイエ王国の話は伝わってきていたので、これ幸いと挑戦を受けたっす! ……それが……あのやろう!」
ダンと銅のコップをテーブルに叩きつけて悔しそうに唸るクレスさん。
「競馬に負けて、飲んだくれてるおっさんにしか見えませんね、この男」
「だめ、財布が空になったからって、勝った人にたかるおっさんなんて言うのは。この山賊にとても失礼」
「ひでえっ! 金持ってるんですから、奢ったって良いじゃないっすか!」
容赦ないルフさんとペレさんである。そして自覚ゼロでたかる元皇帝陛下。本当に皇帝だったのかなぁ。
「インパクトがある方なので、よく覚えています。ここの皇族の男性は皆あんな感じなんです」
僕の耳元に口を寄せてヒソヒソと話してくれるレーナ王女。
「そうなの? たしかに見た目は強そうだから、皇族って納得だわ」
なぜかシュリも僕の耳元に口を添えてヒソヒソと話してくる。息が当たってこそばゆい。
「あの男、オルフェウスは5人の戦士と共に挑戦をしてきたっすよ。それぞれ一騎当千の戦士たちで、俺っちも近衛兵も将軍も宮廷魔法使いもあっさりと負けたっす。そうして俺っちは皇帝の地位から貧民へと滑り落ちて、家族もてんでバラバラに」
ウウッと泣くクレスさん。
「そうなのよぉ〜、それであたしも皇后から宿屋の雇われ看板娘になっちゃったわけ」
ゴトンとテーブルにおかわりのエールを置いたふくよかなおぱさんがアハハと笑う。エプロンをつけて、三角巾を頭にかぶった中年の女性だ。ダイエットが必要な体重をしている。
「皇后様!?」
レーナ王女が椅子から立ち上がり驚く。
「看板娘になっちゃったんですね」
「ヨグ様、そこは看板娘っていう歳じゃねーだろと、このおばさんにツッコむところですよ!」
「アハハ、まぁ、楽しくやってるけどさ」
ルフさんの言葉も笑い飛ばす豪快なおばさん。そして、帰ってきたねむちゃんがエールへとそーっと手を伸ばす。エールはジュースじゃないから、飲んじゃだめだよ、ねむちゃん。
「くっ、俺っちの奥さんは楽しくやってますが、他の皇族は違いやす。息子たちは漁師となって、娘たちはお気に入りの騎士と結婚して、夫の給料をすべて掴む良き妻に。苦労してるんっす!」
「たった一ヶ月で、自由を謳歌しすぎ」
ペレさんが眠そうな目で可哀想な皇帝をみる。たぶん可哀想な目だと思う。
「やさぐれて、息子たちにタカっている俺っちを皆ではぶるし!」
「まずいですよ、閣下。このタイプは駄目なタイプです。かかわると、てーへんだてーへんだと、叫ぶだけ叫んで厄介事を主人公に押し付けるタイプです」
「良い人ってことだね!」
厄介事をたくさん持ってくるなんて、とても良い人だ。さすがは皇帝をしていた人と言えるだろう。
「というわけで、俺っちは逆転の機会を探していたんですが、遂に救世主を見つけました! ヨグ王子、どうか武道大会に出てくだせぇ!」
「わかりました!」
「即答で良いのですか、閣下!」
「うん。だって武道大会だよ。僕は一度出てみたかったんだ!」
武道大会。なんて良い響きなんだ。僕たちアウターの民は一度は出てみたいと思ってたんだよね!
「やった! この武道大会で優勝すると、憎き皇帝と戦う権利が貰えるんです。そこで皇帝を倒してください。そして、勝ったあとは俺っちにわざと負けてください!」
「良いですよ。それじゃ、武道大会に出ます!」
楽しそうだ! ワクワクしちゃうね。きっと実力者がたくさん出てくるに違いない。
「あの……ヨグ様、本当にそれで良いのですか?」
「もちろんです! クレスさんとの決闘条件は後で決めれば良いです」
さて、忙しくなるぞー!




