57話 回収しよう
使徒となったゴライアスさん。残念ながら僕がコピーした自分自身の技で倒されて、バラバラになっちゃった。
「てろてろてろりん、ヨグは憤怒のゴラーを倒した! 経験値65358、ゴールド65358を手に入れたかもしれなかった」
灼熱の溶岩地獄に肉片が落ちていき、燃えていく中でルフさんがよくわからないことを口にしている。やっぱりまったく燃えていない。位相をずらす防御方法って、とっても便利だよね。バレると簡単に倒されちゃうけど。
「位相をずらす攻撃は普通の人間なら使えないから安心してください。それに自分の絶対防御はこれだけでは……いえ、これだけですので、倒せるかなと爛々と目を輝かせないでください。敵はもう倒しましたよ? 自分は敵ではないですからね?」
「なんでわかったの?」
「わからいでかっ! コホン、いえ、これで使徒を倒しましたね、おめでとうございます閣下」
驚く僕にツッコミを入れてくるルフさん。アフロを撫でると一瞬で元の髪型に戻っちゃった。多彩な技を観察したいけど、ジト目で見てくるので止めておくかな。
「憤怒のゴラー。これが『憤怒』?」
手をひねると、糸がふわりと浮き、その手に純白の水晶が入る。六角形の手のひらサイズの水晶だ。神々しさというやつを宿しているっぽい? 僕にはよくわからないけど。
溶岩の上へと降り立つと、ルフさんが近づいて呆れた顔になる。
「核を奪い取ったんですか……傷一つないとは器用すぎますよ閣下。これ、普通は地面に落ちている砕けた水晶片を見て、怪しいと感じつつ捨ておいて帰るんですよ」
「『構成爆破』はとっても便利だからね。コアだけ見抜いて存在を破壊したんだ」
ポンポンと水晶を持ちながら、エヘンと得意げになっちゃう。ゴライアスさんは結構強かった。惜しむらくは、自身の技の真の力を理解していなかったところだ。理解していれば、もっと僕は苦戦していたに違いない。
「まぁ、話をする前にこの景色をなんとかしないとね」
手のひらを向けて、糸を紡ぐ。周囲へと展開させると、新しく手に入れた技を使う。
「炎だけ存在破壊」
ていっと炎という存在を斬る。炎は糸が通り過ぎると一瞬で消えていった。熱の温度は関係ない。存在を斬るのだから。
溶岩地帯が冷えていき、ガラス状の岩地へと姿を変える。平原地帯だったのに、草木一本生えていない殺伐とした光景へと変わっちゃった。しかもゴツゴツとしたナイフみたいに鋭い岩地だから、転んだら服とか斬れそう。
「平原だったのに、ここはもう駄目だね。ちょっぴりがっかりだよ」
もう作物も育たない不毛地帯へと変わってしまった。大変なことじゃないかなぁ、これ。
「……いえ、そうとも言い切れませんよ、閣下」
ルフさんがしゃがみこみ、手を岩肌に添えると瞳を輝かす。
「解析」
『魔岩鉱床』
空中に解析した結果が表示される。『魔岩鉱床』ってなんだろ?
「これは魔法属性を少しだけ与える素材です。鉄に混ぜたりすると魔鉄へと変化します。まぁ、本来の魔鉄とは純度が違う低品質の物になりますが、それでもこれだけの量なら大変な資源となるはずです」
「へー。それなら良かったよ。争いの種になる?」
「うーん……それはよくわかりません。まぁ、その可能性はありますが、それは私たちの考えることではありませんよ」
「たしかにね。それよりもこの『憤怒』とゴライアスさんをどうするかだね」
肩を竦めて、冷淡な返答をするルフさんに、いつもああだったら良いのにと思いながらも、糸を引き戻す。
「ゴライアスは殺したのでは?」
「僕が斬ったのは『憤怒のゴラー』という存在だよ。ゴライアスさんは無事」
空間の狭間から大柄な男を引き出す。地面に転がしてルフさんへと言う。
「あぁ、ゴライアスという存在は斬らなかったと……器用にもほどがありますよ閣下。……ですが無事?」
傷一つないよと答えようとして、むむっと顔を顰めてしまう。なぜなら───。
「あ、アヒャヒャアヒャヒャアヒャヒャ」
ゴライアスさんは口から泡を吹いて、へんてこな笑いをして身体を痙攣させていた。
……あれぇ? どうなってるのかな? ちょっぴりへんてこになってる。
「空間の狭間から、見てはいけないものを見てしまったんでしょう。SAN値チェックで大失敗。魂が傷つき永遠に狂気の世界をその心は漂うことになった。ゲームオーバーというやつです」
「ええっ! ちょっぴり外の世界に避難させただけなのに! なにがあったの? 高山病?」
「ボケをありがとうございます閣下。人間には耐えられない世界なんですよ閣下。まぁ、仕方ありません。これはもはや回復魔法でも回復しません。哀れですが自業自得ですし」
笑いつづけるゴライアスさんをすぐに気にするのをやめて、ルフさんは真剣な顔となり僕と目を合わせる。
「閣下。存在を斬るその技はもう使ってはいけません。封印してください」
「便利なのになんで?」
コテリと首を傾げて戸惑うけど、ルフさんは真剣な顔で話を続けてくる。
「それは世界を傷つける技なんです。すぐに修復されますが、それでも短い間ですが、外の世界との穴を作ってしまいます。その場合、恐ろしい者たちが現れます」
「存在を斬るのは、そういう効果があるんだ……」
「そのとおりです、閣下。外なる世界では、この世界を虎視眈々と狙う者たちがいるのです。ゴライアスはその一柱を見てしまったに違いありません。ほら、斬ったあとの僅かな世界の歪みがあそこにありますよ」
恐ろしく真剣な表情で、ルフさんは何もない空間を指差す。
そこには僕が炎という存在を斬ったことによる世界の歪みが生まれていて、空間が切れていて、混沌の世界が垣間見えるその隙間からなにかが覗いていた。
「やったな、ヨグ! 成長したじゃないか」
「かっこよかったわよヨグ」
「よっ、立派になったな!」
両親と近所の人たちだった。
「えへへ、ありがとう父さん母さん」
他の人たちも口々に褒めてくれるので照れてしまう。でも覗かれるのは恥ずかしいなぁ。
「トイウワケデ、ノゾカレタクナケレバ、ソノワザハフウインデス」
なぜか、死んだような目をして、ハタキを持って空間の狭間を荒々しく叩くルフさん。ぺしぺしと叩くと、あらあらと母さんが笑って、プライバシーは必要よねと空間を綴じて去った。
「閣下も両親や近所の人たちに見られているのは恥ずかしいでしょ? だからもう使ってはいけませんよ? というか、なんで外の世界にあの人たちはいるんですかァァァ!」
「たぶん僕が心配だから、こっそりと意識を外の世界に分けていたんだと思う」
「スケールの大きすぎる初めてのお使い! もはやなにに驚けば良いかわかりませんっ! というか世界を狙う旧神たちはどこにぃぃぃ!」
「最近あんまり釣れないって、父さんたちがぼやいてたよ」
「絶滅危惧種の高級魚ですかっ!」
「あんまり食べるところがないから、僕はもう釣らなくて良いと思うんだけどね」
「やっぱり食べてた!」
ムキャーと猿化したルフさんが地面を転がって叫ぶ。楽しそうだから、僕も転がってみようかな。
「とりあえずゴライアスさんはスルドル王子に渡そうよ。それとこの『憤怒』の水晶はどうしよう?」
「あぁ、『憤怒』はTP変換しておきましょう。結構高いですよ。そうしたら中古品として、ゴトカリで後で売っておきますので」
「はぁい」
ひょいと『憤怒』を取ると、胸の間に仕舞うルフさん。高いのかぁ、やったね!
「それよりも閣下。敵は恐らくは七罪を操るタイプのようです」
「七罪?」
「はい。『憤怒』、『怠惰』、『暴食』、『傲慢』、『色欲』、『嫉妬』、『憤怒』と七罪を司る力を操るものでしょう」
なるほどね。そんな強い存在があと六個もあるんだ。……憤怒が2つなかった?
「最後の一つは忘れちゃいました。まぁ、とりあえずは七つあるということで良いと思いますよ?」
飄々と語るルフさん。サポートキャラなのに、あんまり記憶力はないらしい。ついでに気まずさとかもないらしい。
「たぶん『怠惰』は既に破壊されたと推測します。平等院鳳凰とかなんとかいう賢者が作った最終兵器に搭載されていた予感がします」
魔怠惰ウルトラアルティメット……なんちゃらロボットのことかな。グレートガルドンは弱かったし、たぶん当たってる。
「まぁ、それは帰ってからにしよっか。兄弟喧嘩ももう終わりだろうし」
もはやゴライアスさんはまともな思考に戻ることは難しいだろう。空間の狭間に人を隠してはいけない。覚えとこ。ゴライアスさんは可哀相だけど、命の取り合いをしてたんだしね、それ以上に思うことはない。戦いとはそういうものなんだ。
「そうですね。閣下の戦闘は見応えがありましたし、良いかと思います」
よいせと僕はゴライアスさんを担いで、歩き始める。スルドルさんたちと合流しないといけない。ルフさんが僕にコアラよろしくしがみつく。
てってと走っていくと、少し先にスルドルさんたちの軍が目に入る。どうやら遠巻きに陣形を敷いていたらしい。
シュリの姿が見えないので、たぶん家に帰ったんだ。ねむちゃんは空間操作が得意だからね。
スルドル軍も気づいたのだろう。スルドル王子が前に出てくる。レーナ王女もいるので、合流できたみたい。
「ヨグ王子! 大丈夫でしたか? レーナから先に向かったと聞いて心配していたのです」
「ヨグ様っ! 先に行かないでください。どれだけ心配したことか!」
「申し訳ありません。途轍もない力を感じたもので、ついつい飛び出しちゃいました」
レーナ王女も怒っているように見えるから、謝っておく。
スルドル王子たちは僕が無事だと安心して、その肩に背負っている人間に厳しい目を向ける。
「ゴライアスさんです。………邪神に魅入られて、こんな結果になりましたけど」
アヒャヒャと笑うゴライアスさんを見て、僅かに哀れみの視線を向けるが、すぐにスルドル王子は気を取り直す。
「まさかゴライアス兄上が邪神に操られていたとは……わかりました、そういうことならば……」
僕がゴライアスさんを引き渡すとスルドル王子は呟いて、口端を僅かに歪める。
そうして、僕たちは一旦ガルドンポートへと戻るのであった。
◇
その後、ゴライアスさんは邪悪なる神に狙われて操られていたと発表。北部の反乱罪は邪悪なる神によるものとして無罪とした。
国は再び一つに戻ったのである。その際に魔岩鉱床の一部を北部管理とすることで、南部との格差を縮めることも行ったのである。
鉱床の話は、もちろん僕が情報を売ったんだよ。
お米の輸入と……もう一つ、大航海ギルドとの条約も決めてね。




