56話 覚醒しよう
僕は覚醒することにした。他国へと向かうに際して絶対に覚えたいと考えて修行をして手に入れたのだ。
「ハァァァ!」
鋭き本気の眼になり、集中して呼気を吐くと身体の闘気を覚醒めさせる。爪先から髪の毛一本に至るまで、眠りし力を活性化させる。外の世界に溜め込んだ力を引き出していく。
「アウトーッ! それは覚醒でなく、名状しがたいなにかです! 人間は外の世界へと力を溜めることはできませんよ、閣下」
アフロルフさんが復活してツッコミを入れてくる。黒焦げのはずなのに、アフロヘアー以外は普通の服装だ。
「覚醒モード100分の1倍だぁぁっ!」
「スリーアウトッ! せめてプラスの倍数にしてください、なんで1%の力しか出せなくなっているんですか!」
「だって、外の世界に溜め込んだ力だからね」
それに本当は100分の1じゃなくて……それは言うのを止めておくかな。というか、ナチュラルに僕の心を読むよね、ルフさん。結構凄いことだと思う。
「これが僕の力だぁっ!」
僕を中心に突風が巻き起こる。衝撃波が地面をへこませて、微細なヒビを作っていく。天へと突風は上昇し、空を覆う雲が散り散りに吹き飛んでいった。
大地が震え、震動が地面を捲らせて、地の底まで続く峡谷が生まれていく。
神々しさを感じさせる純白のオーラが。邪悪なる漆黒のオーラが。鮮血ような紅きオーラが僕から生まれて、全てを飲み込む色を表現できない混沌へと混ざっていく。そして、あ~れーと悲鳴をあげて、ルフさんが捲られた大地に巻き込まれて、峡谷へと落ちていった。
「ぬぅぅ、なんという力っ! こ、これはどのような力なのだ? 神気? いや瘴気? わ、わからぬが途轍もない力!」
空に浮いているゴライアスさんが、恐れ慄き顔を凍りつかせる。
「僕の変身第一段階だよ。ゴライアスさん勝負だっ!」
「ぬぅ! 貴様も人間を止めたかヨグ王子っ!」
「僕は人間だよ、ゴライアスさんっ! いっくぞー!」
ドンと衝撃波を巻き起こし地面を踏み砕き、ゴライアスさんへと向かいジャンプする。
瞬きの間にゴライアスさんの眼前に肉薄するとパンチを打つ。
「ぬうっ!」
爆発したような衝撃波を生み出しながら、僕の拳はゴライアスさんへと迫るが、大剣を盾にされて防がれる。この速さに対抗できるとは、やっぱり力を出していなかったようだね。
拳が大剣にぶつかったことにより、その反動で暴風が巻き起こり、僕たちの髪がバタバタと靡く。
「ちいっ、本気にならなければならんかっ!」
額に青筋を作り、ゴライアスさんが弾き返そうと押し返してくるがさっきとはパワーが違う。僕の拳は微動だにせず、世界の壁のように強固であり、相手の力を物ともしない。
「ちっ、パワーで負けるだと!?」
「僕に負けないなんて、さすがは大国の王子だね!」
悔しげに大剣を引き戻すゴライアスさんに、僕も拳を引き戻し構え直す。
「しかし、技ではどうだっ!」
『蒼炎十王剣』
ゴライアスさんが大剣を振り上げて、さっきの技を使ってくる。蒼炎が大剣から噴き出すと、高速の剣撃が繰り出される。
でも、さっきの僕とは違うんだ。
両手のひらをゆらりと突き出すと、雲を掴むかのようにふわりと揺らす。
『雲海』
閃光のような剣撃に、手のひらをふらりと添えてその軌道を曲げていく。十の輝線を全て捻じ曲げて、僕の横を流れていった。
輝線は大地を大きく切り裂き、その衝撃波で土塊を空へと舞い上がらせる。天変地異でも起きたのか、大地震が起きたのかと、他者が見たら思うだろう。
「雲海を斬れる腕でないと、僕へ剣は届かない」
「小癪なっ!」
構えを小さく変えて、軽い攻撃へとゴライアスさんは切り替える。隙を作る戦法に変えた模様。
だけど大剣という選択が悪い。威力重視であり、その剣身は長いので、取り回しが悪い。いや、蒼炎で伸ばしているので、悪いどころではない。
それに対して、僕は素手だ。さらに加えるとこの距離は───。
「この間合い、リーチでは僕の方が有利だよ!」
身を乗り出すように身体を傾けて突進すると、ゴライアスさんとの間合いをゼロにする。大剣を持つゴライアスさんは下がろうとするが逃さない。
「てーい」
ゴライアスさんへと小さくジャブを入れていく。拳が閃光となり、ゴライアスさんの身体へと命中する。
防ごうと大剣を横薙ぎに振るい、僕へと牽制し間合いをとろうとするが、身体を屈めて振るわれた大剣の下をかいくぐって、右拳を強く握り締めてストレートを叩き込む。
半身が機械へと変わっているゴライアスさんの体は硬い。その衝撃が拳から返ってくる。ゴライアスさんは顔をしかめて口から血を吐く。
「グッ! なんという威力!」
「ていや」
よろけるゴライアスさんへと、乱打を繰り出す。ドラムのようにゴライアスさんの胴体へと叩き込み、その機械の身体にヒビが入っていく。
「ガアッ! 近接戦闘は分が悪いか!」
「むむ!」
ゴライアスさんが苦悶の表情で背中に生やす機械の翼を大きく広げる。その翼がゴムのように曲がると先端が刃となって襲いかかってきた。その翼の切れ味は大剣以上の鋭さを感じさせる。斬られた場合、今の状態でも怪我を負うに違いない。
空を蹴りバックステップを踏むと、空を切る機械翼。再び広げるとゴライアスさんは飛翔する。
「間合いさえとれれば負けることなどあり得ぬわ!」
戦闘機のように音速の速さへと突入すると、ゴライアスさんは僕の周りを旋回する。
「もはや、羽片のミサイルは閣下に通じませんよ、無駄ですゴライアス!」
「もきゅ」
汚れているが怪我一つないアフロルフさんが地面からぼこりと現れて勝ち誇る。その下には大きなモグラさんがいるので、モグラさんに助けてもらったのだろう。ヒクヒクと鼻を蠢かせて、モグラさんは可愛らしい。
「やりようなどいくらでもあるわっ!」
しかしゴライアスさんは不敵に嗤い、その身体に内包するエネルギーを翼に回していく。
蒼炎に包まれている機械の翼に、青白い放電がバリバリと生まれていく。
「さぁ、この憤怒の真の力を見るが良い! 今度は糸などで止められぬっ」
『憤怒の蒼炎』
翼をはためかすと、蒼炎が濁流の如く放たれる。空を覆い地面を溶かしモグラさんはルフさんを置き去りにして、さっさと逃げる。
「これは!?」
『全力加速』
生半可な対抗技では打ち消すことはできないと悟り、僕は回避に移る。僕の身体が急加速して世界の時間が緩やかになる。
『闘気弾』
試しに蒼炎へと闘気を撃ち込むが、消えるのではなく、燃えるはずがないのに闘気の弾丸は燃え始めて、瞬時に消えてしまった。
「闘気を燃やす?」
今の現象を見て、眉をひそめてしまう。予想外の上に予想外だ。闘気はエネルギーの塊。打ち消されたりすることはあっても、燃えるはずがない。
「閣下、あれは『憤怒』の権能です! 怒れる炎が全てを存在ごと燃やすのです! たとえ幻影だろうとエネルギーだろうと幽霊だろうと逃れることはできません」
蒼炎に巻き込まれながら、ルフさんが顔をしかめて忠告をしてくる。なるほど、存在ごと全てを焼くのか。全てを燃やすとはとんでもない威力の炎だね。
地面は溶岩地帯へと変わり、空は空気がなくなり真空へと変わっていく。光すらも燃やすのか、空は黒くなり星の光が瞬く。
「フハハ、この炎は俺が止めなければ消えることはないし、あらゆるものは燃え尽きる。ヨグ王子、赦しを乞うなら今のうちだぞ?」
魔法とは違うのだろう。火炎放射は湧き水のように止まることなく世界を燃やしていく。これが憤怒の権能なのか。
「でも、全然怒っているように見えないよ? 憤怒っていう名前らしくないけど」
僕は急速旋回をして、炎から逃れつつルフさんへと問いかける。
「それはそうです。それは『憤怒』という武器なんです。ボタンを押せば使えるだけで、装備者が怒りっぽい必要があると使い方が限定されて売れませんからね」
マグマの上に立ち、蒼炎の中で薄く笑うルフさん。アフロでなければ、かっこよかったかも。
「ガハハハ、存在ごと焼き尽くすこの俺の炎。いつまで逃げることができるかな?」
ホバリングをして、ゴライアスさんは炎を放ち続ける。もはや灼熱地獄のように世界は燃え盛り、生きている者は僕とルフさんだけだ。ゴライアスさんはルフさんに気づいていないようなので、また認識阻害を仕掛けているんだな。
そして存在を燃やす炎から逃れる方法も間接的にルフさんは教えてくれていた。
「ゴライアスさん、僕の権能も少し見せちゃうよ」
スゥと息を吸うと、空中で立ち止まる。消えない蒼き炎が僕へと迫ってきて呑み込まれてしまった。
存在を燃やす炎を前に僕の防御は意味をなさず、あっという間に身体を燃やし尽くし灰へと変えられてしまうのだった。
「ガハハハ! 勝った! 命乞いをすれば助けてやったものを!」
ゴライアスさんはばさりと翼をはためかせて、哄笑をする。灰となって消えていったヨグ王子が存在を消したと、神の使徒としての能力で理解したからだ。
分身などではない。誤魔化しの魔法などで防いだわけではない。
「さて、スルドルたちを殺し尽くして、この国をまずは一つに纏めるとするか」
コキリと首を回して、ニヤリと邪悪なる笑みをして、ゴライアスさんは蒼炎を消すと空を駆ろうとする。
だが、その行動は少し早いと思うんだ。
『ゴライアスさん、まだ勝負はついていないよ!』
「むっ、この声はヨグ王子か。どこにいるのだっ?」
僕の声を聞いて、ゴライアスさんは慌てて周りを見渡す。だが、そこにはルフさん以外誰もいない。溶岩の存在する真空の世界が広がっているだけだ。
「どこだ? どこにいる? 姿を現せっ!」
「うん、僕はここにいるよ」
空間からひょいと身体を抜け出して姿を現してみせる。僕が燃え尽きるどころか、髪の毛一本すら燃えていないことに、驚きで目を剥くゴライアスさん。
「どうやって躱した? 転移か? しかし転移の発生は見られなかったぞ!」
「僕の存在をこの世界の位相から僅かにずらしたんだ。その炎は存在を燃やす能力みたいだからね」
種明かしをする。ルフさんが使っている技と同じだ。そこにいるのに存在しない。位相をずらすこの技は同じ技を使わなければダメージを負わせることはできない。
そして、これ以上の戦闘は周りへの被害が大きすぎる。そろそろ終わりにしよう。
「ゴライアスさん。僕の権能を見せちゃうよ!」
闘気を超えている僕の内包する真の力をちょっぴりと発動させる。
『構成爆破付与』
僕は手のひらから生み出した糸に力を付与する。
「な、なにっ!?」
すぐにどのような力なのかを理解したのだろう。驚愕の表情となるゴライアスさんへと手のひらを向けて、ぽそりと呟く。
『存在爆破斬糸』
シュルリとゴライアスさんを一瞬で糸で絡めとると、クイと引っ張る。
慌てて逃げようとするゴライアスさんだがもう遅い。
その体は一瞬で細切れとなり、地面へと降っていくのであった。存在ごと斬るこの糸は敵の硬さを無効化する。
「僕は外の世界から対象を観察することが得意で相手の力を真似することが得意なんだよ。だからこそルルイエ島では一番器用と呼ばれているんだよね」
ゴライアスさんに勝利した僕は薄っすらと微笑み、糸を引き戻すのであった。




