40話 難民を助けよう
薄汚れた服を着て、頬も痩けている痩せ細った少女が僕たちの前に飛び出して叫んできた。
「コラッ! ルルイエ王国のヨグ殿下に対して無礼な!」
突如として叫ぶ少女を捕まえようと、側で様子を見ていたガルドン王国の兵士が血相を変えて駆けだそうとする。
うん、王族を前に無礼だということだろう。僕も礼儀作法や王制は知っているから、慌てるのはわかる。王子を前に明らかに平民の娘が声を直接かけるのは駄目だと言う事だ。しかも他国の王子だからね。
「止めなくて良いです。どうやら船に対する雇用アピールみたいですし」
でも、僕はゲームの中の王子だ。ようはごっこ遊び。勘違いはしていない。本当はたった1500人の小さな村だから、気にしない。
そもそも、ごっこ遊びを適用しても、村人皆は王族か公爵だし、地位に対する差別は起こりようがない。ゲームキャラであったコアさんたちがそういった役割をしてくるぐらいだ。なにせゲームだもん。
とはいえ、ここでただ制止するのも問題だ。ルルイエ王国の王族の軽重の問題になる。いかにゲームだといっても、ルルイエ島から一歩出たら現実として振る舞わないと、侵略されて植民地支配されちゃうからだ。
なので、航海に立ち寄った船に対しての雇用アピールとした。そのため、兵士たちは渋々と制止するのを止めて後ろに下がる。
貿易港の暗黙の了解として、航海をする船の船員募集や仕事の依頼を止めることは理由がないと認められないからだ。
「仕事を欲しいということかな?」
僕がニコニコと笑顔で少女へと近づくと、ビクッと肩を揺すり、ガタガタと震え始める。自分でもまずいことをしたと自覚したのだろう。でも、手をギュゥと握りしめると僕へと決意の籠もった目で見返してきた。
「はい! なんでもします。こ、こう見えて私はち、力仕事もできますし、そそそそうじも得意でちゅっ、痛っ」
どもった上に噛んじゃった。でも、かなりの勇気が必要だったのはわかる。少女の姿恰好を確認し、周りで遠巻きにしている人たちもほとんど同じような恰好だと確認し、考え込む。
遠巻きにしている人たちは様子を見ている。この少女がどうなるか。恐らくは彼女がどうなるかで動くつもりだ。罰せられれば、気の毒にと静観し、なにがしかの仕事を与えれば、私も私もと一斉に集まってくるつもりだろう。
でも、そういった話があるなら、僕に直接はまずいとアピールしないと………。
「そうですか。ですがそういった仕事の件は僕は配下に任せているんです。なので次からは気をつけるように。次はあまり良くないことになるかもしれませんから」
「は……はい」
僅かに冷淡な声音で答えると、少女はしょんぼりとして去って行こうとトボトボと歩き始める。その後ろ姿に僕は呟くように声をかける。
「とはいえ、他国にて最初に仕事を求めて声をあげた人を放り出すのは、縁起が悪い。ですよね、ゼノンさん」
「我々海に生きる者は縁起を重視しますから、たしかにこのまま放り出すのはちと問題でしょう。あまり良くないかもしれません」
「そうね。あたしたちの航海にケチがつくかもしれないわっ」
ゼノンさんが顎を擦りながらニヤリと笑い、話にノッてくれて、シュリもムフンと胸を張って頷く。
その言葉に少女は振り返り、恐る恐る戻ってきて────。
クゥ〜とお腹が鳴った。
「あ、あの、だいひょうぶ、少しお腹空いてたたけてひゅので……」
顔を真っ赤にして、アワアワと慌てる少女。かなりお腹が空いているようだ。
お腹が空いているのかぁ………。どうやら周りの人たちも同じようにお腹を空かせている人が多いようで、同情の視線を少女に向けている。
「それじゃ、仕事の話はともかくとしてご飯を食べて貰いましょう。せっかく遠洋航海からこの国に来たわけですし、我が国ではお試しで最初に売った稼ぎから、皆へと食べ物を振る舞う慣習がありますしね」
コホンと咳払いをして、ダリさんへと顔を向けると、面白いことを考えましたなと、クックと笑い周りへと目を向ける。そして、お目当ての人を見つけたのだろう。
「プーダルのおやっさん。そういうわけだ、振る舞う食事と酒を用意してくれ!」
木箱から金貨をザラリと掴み取り、声をあげる。
「わかりました、それではすぐにご用意します」
ほくほくした顔で、この間の宿屋の主人さんが近寄ってきて金貨をダリさんから受け取る。手から零れ落ちそうになり、気をつけながら僕へと顔を向けて頭を下げる。
「では、全身全霊を以って振る舞う食事を用意させて頂きます」
「よろしくお願いします、プーダルさん。たっくさん用意してくださいね」
柔らかな笑みで、僕はお願いをするのであった。
遠洋航海において、暗黙の慣習が新たに生まれた瞬間であった。荷を売った最初の稼ぎで埠頭にて食事や酒を振る舞うというこれから先も行われる慣習であった。
これは船の船員を呼び込みたい宿屋の主人が幹事となり、大量の食事や酒を用意するので、宿屋の主人は港町で食料品を扱うお店と人脈が作れて、食料品を扱うお店も突然の稼ぎに喜び、宴会に参加する者たちは船員へと好意を持つことになるのであった。
しばらくして、港町には宴会用の広場を用意することになるのだが、それは少し先の話だ。
◇
手際の良い人なのだろう、プーダルさんはあっという間に酒やパンやスープ、肉や魚の料理を用意し始めた。どうやら市場に開いている屋台の人々を連れてきたらしい。簡単に食べられる焼き鳥や焼き魚がメインだ。
「ヨグ王子の栄光を祈って、カンパーイ!」
「ルルイエ王国の皆さん、ようこそカルドンへ!」
「こんなにたくさん食べられるなんて思わなかった!」
木のコップをガチンとぶつけ合わせて、陽気な笑みで皆は酒を飲み、料理を食べている。あっという間に埠頭は宴会に参加する人たちで一杯となる。
さっきまでは悲壮な雰囲気だったのに、今は潮風の中に消えて楽しげな空気へと変わっていた。
少女はいつの間にか両親や弟妹だろう人たちを連れて参加しており、夢中になって食べている。
太っ腹に見えるけど、航海での儲けに比べると、実はたいした金額じゃない。食料品は安いみたいで金貨30枚ほどで、テーブルには山と料理やお酒が置かれているんだ。
「この宴会の規模で、ルルイエ王国の優しさも力も遠回しにアピールできるよね、ルフさん。……ルフさん?」
なんか静かなルフさんを見ると、僕を凝視して難しい顔になっていた。なにか変なことしたかな? なんでか僕の肩を揺さぶって、顔を近づけてくる。
「閣下! 純粋だった閣下が一瞬でこんな的確なしかも狡猾な行動をとることができるなんて………はっ、もしや前世の記憶が蘇ったパターン? 中身はもしかしておっさんですか? その場合、TSしてください!」
「ちーがーうーよー。学校で勉強したんだよ〜。国の在り方や政治、外交技術、戦略、戦術って、学んだよ〜」
ゆさゆさと揺さぶられながら答えると、ルフさんは顔を引きつらせちゃう。
「ルフ様、ヨグ殿下の、というかアウターの学習速度は異常。私たちコアを上回る」
ペレさんが肉串をもぐもぐと食べながら、なにを今更驚くのとぼんやりとした目で口を挟む。
「そ、その話は聞いていましたが、聞いていましたが………シュリは普通でしたし、他のアウターも変わりが無いから……」
「学んでも実践する必要ないものっ! そういうのはいざというときで良いと思うわっ」
僕からルフさんを引き離しつつ、シュリが脳筋の答えを威張って言う。まぁ、普段は使う必要ないもんね。僕も王子役でなければやらないよ。
「そういうことですか………習得しても実践するかは別の話ですものね……エエッ、私はやばい生命体の封印を解いてしまったのでは………ゲフンゲフン。ピーピーピー」
「わかった、つばめの雛の真似っ!」
「当たりです! 遂に当てましたね!」
口笛を吹くルフさんへと指摘すると、遂に当たった。やったね!
「とはいえ…………そういうことなら問題はないですね、あるように見えますけど、なかったことにします。それよりもこれはどういうことなのでしょうか?」
気を取り直して、澄ました顔になると未だに料理を食べている少女へとルフさんは顔を向ける。
僕も気になってたんだ。景気が悪くなっているとは聞いていたけど、僕たちのこの間の貨物でひと息つけたんじゃないの? そもそも以前よりも貧しそうな人が増えている感じがするよ?
「ねぇ、なんでお腹を空かせてたの?」
少女へと尋ねると、肉の塊をごくりと呑み込み、口元を裾で拭くと僕へと顔を向ける。
「えっと……わ、私たちは西の滅びた漁村出身です。魔汚染により魔物に支配されちゃったの」
「魔王が居座ってしまい…………小さな漁村だったので、国も解放してはくれないのですよ。でして、最近はこの港街に遠洋から船が訪れたとの噂を聞いて、景気が良くなるかと思い、仕事があるのかと訪れました」
隣に座っている少女の両親が落ち込んだ顔になり、少女の言葉の後を引き取る。
「『魔汚染』かぁ。たしかに悩みどころだね」
『魔汚染』
最近知ったんだけど、この世界特有の魔の淀みが集まり、魔物を生み出す現象だ。瘴気の溜まった泉が湧くわけではなく、突如として魔王が生まれてその周辺を魔物で埋め尽くすことから『魔汚染』と呼ばれている。
僕たちはご馳走や戦う相手が生まれて、幸運な現象と思ってたけど、他の国は違うらしい。領土も大きいし、戦えない人たちがいることと、手が回らないこともなんとなく理解している。
対策は魔王級を倒して、他の魔物たちも延々と駆逐しておくことだ。まぁ、僕のように数値として見ることができない他の国の人々は無限に戦闘が続くと考えても無理はない。
「ですが、景気が良いのは単なる噂で仕事もなく……。食うや食わずかで、今日も私たちは仕事がないか探していたのです。そうしたらこの子がまさか王子様に仕事がないか声をかけるなんて……」
少女の頭を撫でて、優しげな顔になる少女の父親。
「あの……ご飯ありがとうございます! こんなに食べたの久しぶりです」
はにかみながら、少女がお礼を言ってくる。仕事はともかくとしてお腹を空かせているのは見過ごせないからね。あまり気にしないで良いよ。
「あぁ、それと北部地域をゴライアス王子が支配してしまったので、北部との境界線にある村々が襲われて、難民が王都へと流れているとも聞きました」
「ゴライアス王子が?」
ありゃ、怒られるのが怖くて逃げていたら大変なことになっちゃったか………。
どうりでこんなに多くの人々がお腹を空かせているはずだよ。ガルドン王国は大変なことになっているようだね。
さて、それならば僕のとる行動は────。
馬車と騎士団が道路を走ってきているのを見ながら、僕は思考を加速するのであった。




