39話 たくさんの貨物を売ろう
ルルイエ王国の最新鋭魔導艦の巡航速度は今までの帆船の速さを遥かに上回り、レーナ王女たちの常識を塗り替えていた。
「何という速さでしょう。『強風』の魔法を使っても、この半分の速さも出ません。風がこんなに気持ち良いとは思いませんでした。ほら、風はそんなに強くないのに、こんなに髪が靡くんです」
舳先に立って、レーナ王女はバタバタと風を身体に受けて気持ち良さそうにプラチナブロンドの髪を押さえて笑みを浮かべている。精霊艦よりは遅いとはいえ、閉鎖されたブリッジではなく、直に風を受けることができる魔導ガレオン船は、たしかに気持ち良い。
艦隊は波を割り、軽く揺れながら航行をしていた。魔導エンジンは初期型でも優秀だ。たまに大きな波にぶつかり、ザザンと白波が起こり、ぐらりと大きく揺れるのでとても楽しくって僕も舳先で海を眺めていた。
時折、轟音が鳴り響き閃光を光らせて、他の艦が海面に魔導砲を撃っている。恐らくは魔物を見つけたんだろう。会敵して即座に倒している。SE音は元に戻したよ。
「あの魔導兵器というものも素晴らしいですね、ヨグ様。あれがあるからこそ危険な航路を進んでこられたのですね。以前はヨグ様の神器が倒していたのを代わりに倒すとはこれからの航海でとても心強いのでは?」
僕の腰に下げている『頑丈な鉄の棒』をちらりと見てくるので、胸を少し反らしてエヘンと答える。
「あの魔導砲があるからこそ、僕の刀に頼らなくても航海ができるのです、レーナ王女」
「その神器は途轍もない力を秘めているようですが、やはりヨグ様頼りではなくなるのは嬉しいでしょう。それに交易の幅も広がりますし」
神器じゃないよ。ただの棒だよとバラしたいけど、グッと我慢する。これでは豆腐も切れない。頑丈だから闘気を纏わせて使っている芯みたいな物なのだ。
でも、どうやら神器というのは価値があるらしい。レーナ王女はシュリの脚甲にも視線を向けたので、あれも神器だと思っている模様。
そして魔導砲は神器に準ずるものと思っている様子。
そこで僕は気づいた。気づいてしまった。
たぶん神器って、象徴的な物ではないのだろうかと。非戦闘員のレーナ王女にはきっと物凄く強い武器に見えるんだろう。南に住む幼いねむちゃんも豆腐が最強だと興奮してたから、たぶん同じような感じなのだ。見たこともない物や最初の先入観からなんか凄い物だと勘違いするパターン。
その証拠にレーナ王女は船をペタペタ触り、不思議な金属ですと目を輝かせて、魔導砲を眺めては私も欲しいですと、玩具を欲しがる子供のように無邪気な様子だけど、護衛だろうオルケさんたちはピクリとも表情を変えずに背筋をビシリと伸ばして石像みたいに立っている。
きっとあんな弱い武器に喜ぶレーナ王女のことが微笑ましいと思っているに違いない。スキュラたちを倒せる程度の力しか持たないからね。
とはいえ、弱くても僕たちの武器を売るわけにはいかないんだけど。コアさんたちには、それでも貴重な武器なのだ。もっとレベルアップして、コアさんたちも強くしないとね。
「帆がない船で、こんなに速いものは初めてです。この船は古くなったら譲ってもらえたりしないでしょうか?」
「最新鋭だから、引退するのはまだまだ先になりますよ」
「ですよね……。それでも売るのであれば、是非ガルドン王国に声をかけてください」
そう言って微笑むレーナ王女に、いつか機会がありましたらと答えるのであった。
◇
ガルドン王国の埠頭は多くの人々が詰めかけていた。押し合いへし合い、我先にと僕たちの船を一目見ようと……あ、前の人が海に落ちちゃった。
「なんで侵略軍と思わないのか不思議ですね閣下」
「たぶんアミューズメントパークかなにかのパレード船だと思っているんだよ」
「そう思うのは閣下だけだと思いますが……」
さり気なく近づいてきたルフさんが囁くけど、困惑している。ふむと顎に手を添えて真面目に考える。
魔導艦でも、これだけいれば一般人には少し怖いと思われるだろう。好き好んで見に来ようとは思わない。
とすると………。答えは一つだ。
「自国の圧倒的な軍の力を信じてるんだよ。間違いないね。魔導艦隊なんか簡単に蹴散らせるんだって」
「………うう〜ん……もしかしたら閣下の言うとおりなのかもしれません。過去の経験からしか私は判断できませんから、この光景を見て少し考えを修正する必要があるかもと悩んでしまいます。たしかに畏れを知らないみたいなのは異様ですし、その可能性も微レ存かも………」
腕を組んで、悩むルフさん。たぶん僕の予想は当たっていると思う。侵略軍と思うなら皆は逃げてるもん。
「なら、気にせずに停泊すれば良いかな」
「埠頭で役人が手旗信号で誘導してくれるようです。では全艦停泊に移るよう指示を出せ!」
「了解でりゅ。全艦に通達しまりゅ!」
バンザイをして、エイヤとよーこちゃんがテレパスを使い全艦に通信を送る。特別な魔法を使うから幼さなくても船に乗せているのねとレーナ王女が眺めているけど、自分も上陸したいと駄々っ子モードで暴れたのはナイショだ。
とりあえず、この船のメンツはいつものメンバーなので、年若くても実力があれば採用されるアピールだ。織田信長と同じ実力主義に見せかけてます。
うぉーと幼女が働く姿を見せるのは少しまずいので、よーこちゃんだけにしているけど……。
「新大陸でしゅ! あたちはここから大商人になってみせましゅ!」
樽の中から南に住むねむちゃんの興奮した声が聞こえるけど、気のせいにしておくよ。樽を覗いてもいつも空だしね。
というわけで、埠頭に到着して、皆が遠巻きに見ている中で降りていく。
「では、私は国王陛下にヨグ様がご訪問になられたことを伝えに行きますね。ではまた後でお会いしましょう」
埠頭で緊張して蒼白な顔の役人へと少し話すと、レーナ王女は部下の人たちと足早に去っていった。その代わりに多くの人々が僕たちを遠巻きに囲んでくる。
これだけの人がいるなら、商売のチャンスだろう。ちらりと虚像に目を向けると、木箱を降ろしてくれる。
でも────。
「どうも皆、殺気立ってない? ううん、鬼気迫るという感じ」
スゥと目を細めて周りの人たちの様子は変だなと警戒しておく。その目に宿る光が少し異様なのだ。
「商人たちが一番前に陣取っているようですな。この三ヶ月、キリンのように首を長くして、遠洋航海をする船を待っていたのではないでしょうか?」
「うーん、護衛もいるから前にいる人たちはそうなんだけどね……」
後ろにいる人たちが少し……。まぁ、良いや。始めるとしよう。
木箱に手をかけて、ガタンと開く。商人たちが首を伸ばして中身を見ようと身を乗り出す。
───木箱の中には砂糖。次の木箱には胡椒。そして香辛料を合わせたスパイス。俗に言うカレー粉に近いものだ。他にもラム酒、ラムレーズンを詰めた瓶詰め、コーヒー豆に紅茶、ココア、カカオ豆。
おぉと、ざわめく中で次々と木箱を開けていく。旗艦の貨物はそれぞれの船が乗せている全ての品物を入れてきたんだよね。
そして一枚の布を取り出すと、ますます大きなざわめきが起こる。それは淡い薄紅色に染まり、桜花びらが美しく散っている意匠の反物だった。
ふふふ、今回の目玉である。『日本』が誇る着物、和服というものに使われている布地、俗に言う反物というやつ。これは洋服が主流のこの国では大きく流行る可能性が高い。
様々な色合いの反物を多数用意してあり、着物も用意してある。帯も作らないといけないし、簪や扇子、櫛などなど。和風というものがこの国に無いのは確認済みだし、流行れば大きな利益となるに違いない。
服の流行というものは流行り廃りが早いし、反物から様々なデザインの着物や洋服が作られれば大きな需要が発生する。
名付けて、ヨグの和風押し付け作戦だ。最初は味噌や醤油を売ろうかなと思ったけど、食べ物については意外と人々は保守的だから、徐々に広めていくのが良いと皆で話し合って、持ってきてはいるけど少しの量となっている。
たしかに醤油とか味噌は見かけが悪いからね。気をつけないと悪いイメージがついちゃうから、有名な料理人とかに渡して貴族から広めていけば良いと思う。カレー粉は辛い刺激のある香辛料だから、別枠だよ。
今回持ってきた品物は本当に千差万別だ。砂糖とかに偏ると供給量が多すぎて価値が暴落するから、そのことを防ぐためもある。
ガルドン王国には半分の貨物を売り払い、残りの半分はこの港に問屋を作り、売り出す予定だ。ガルドン王国が許可をくれればだけど。
まぁ、そのためにもここで少しずつ品物を売って、まずは噂を広めてもらう。──はずだったんだけど。
「その布を金貨100枚で買います!」
「私は110枚出しますぞ!」
「それらを一つずつ買います。全財産を持ってきた」
あっという間に商人さんたちが、花に群がる蜂のように群がって来るのであった。
商売繁盛、笹持ってこーい!
────あっという間に、品物は次々と売れていき、商人さんたちは護衛に囲まれて、絶対に盗まれないぞと殺気立って去っていった。荷物運びの人々もいたので、結構人は減っていた。
空の木箱には金貨や銀貨がぎっしりと詰まっており、大金を稼げた模様。
「すごい人だかりだったわね。でも……なんでまだあの人たちは残っているのかな?」
僕たちは後ろに下がって、売れていく品物を見ていたが、熱気に晒されて少し疲れていた。けど、シュリが不思議そうに見る先に、遠巻きにしている人たちがいた。
しかも、商人さんたちのように身なりの良い恰好をしていたり、護衛のように武装をしているわけでもない。
穴が空いていたり、ほつれのある汚れた服を着ている人たちだ。その視線は必死な感じもするけど……ううん、よくわからない。初めて見る感情が乗っているような?
話しかけてくるわけでもなく、遠巻きに見てくるだけなので、なんだろうと思っていたら──。
「あ、あの、お仕事くれませんか! な、なんでもします。荷物運びとか、掃除とかも!」
ボロボロの服装を着た一人の少女が意を決したのか、群衆から飛び出して来て、叫んでくるのであった。




