38話 演技をしよう
僕はふぅと疲れて息を吐いた。結構気を張っていたから疲れちゃった。精神的に倒れるほどだと思う。
「お見事です、ヨグ殿下。あれならば大国だと思うでしょう」
ゼノンさんが褒めてくれるので、エヘヘと照れてしまう。
「ありがとうございます、ゼノンさん。気を張り続けて疲れちゃった。回復したら闘気が増えてると思う」
「えぇぇぇぇ! なんで疲れたらパワーアップするんですか!」
隠れていたルフさんが、バタンと物置から飛び出して、信じられないという顔をしている。でも、本当だよ。
「精神修養になったからだと思う。精神が鍛えられると闘気も増えるんだ」
「チートすぎる民族っ! 精神修養だけでパワーアップしないでくださいよ! いえ、精神修養で覚醒するパターンはありますけど、演技をしただけでパワーアップしないでくださいっ」
コロコロと畳を転がり、うわーんと泣き始めるルフさん。なにかが問題だったらしい。でも学校で勉強している間もグングンとパワーアップしてたよ。
皆も良い修行になったねと喜んでいたのにね。
「むぅ、ヨグ様たちは『アウター』。外なる者という意味がわかった。常識が通じない。元々通じてなかったけど。なんで習得速度が早いのか理解した。勉強中もパワーアップしていたのね」
「そんなことよりも、現状はうまくいったミァア。皆の演技はとっても上手かったミャン」
ペレさんはぼんやりとした目で見てきて、鋭い考察を口にする。頭の上に乗っていたリスターが僕の肩にスルスルと登って褒めてくれる。
たしかに上手くいったようだね。
「攻略本に従って、『大国の王子』を演じたけど、似合ってた?」
「お見事です、殿下。このネルソン感服致しました。我らの演技もレーナ王女にいくつかの推測のヒントを与えたことでしょう」
「ですなぁ。でも、私が古狸役は無理があると思うのですが。こんな小心者を使っていたら、すぐにバレますよぉ〜」
額にダラダラと汗をかいている意次さんが、ハンカチで拭きつつ困った顔で言ってくる。あまり気が強くない人なんだよね。胃がキリキリと痛いですと、お腹を押さえている。
「誰よりも演技が上手い男です。問題はありますまい。では、私は一休みしてきます」
ご機嫌のネルソンさんは、いつの間にか手にしている酒瓶を持って去っていった。お酒大好きな人なのだ。でも、アルコール臭くないのは働く時は『解毒』と『無臭』魔法を自分の身体にかけているかららしい。
見送る僕へと立ち直ったルフさんが、真面目な顔になり口を開く。
「閣下、経験上7割のプレイヤーがこの時点で国の場所がバレて滅ぼされます。そのうち魔導武器の力に慢心する者が2割です」
「8割は?」
「美人局に殺られます」
「美人局って、なんだっけ? どんな技?」
コテリと首を傾げてしまうけど、聞いたことがないんだ。名前の響きから竜巻系かな?
「竜巻系ではありません。美人局とは、美女を助けるとそれが罠で怖い人が後から現れてお金とか領土を奪おうとしてくるのです」
「とっても怖いね! 怖い人ってそんなに強いの?」
僕は驚いて、美人局にあっても良いかもと目を輝かすと、胡乱な目つきとなりルフさんは首を横に振り溜息をつく。僕の考えていることがわかったらしい。なんか疲れているのかな?
「強いのではなく、罪悪感を利用して力ではなく、知を使う相手ですね。おんどりゃあ、よくも儂の妻に手を出しやがったな、賠償として金払えや、なければ領土でもいいぜと脅してくるのです」
ふむふむ、そんなことがあるのか。なるほど、頭良いね。その後は決闘と……なんかルフさんがますます胡乱になるから違うみたい。
「実際はもっと狡猾です。痩せ細っているのに、ちょっと洗うと美女とか、美少女になるスラム街で偶然に出会った娘とか、男装していてスリをしてくる美少女とか、助けると惚れましたと一瞬で恋に落ちてくる相手ですね。女性プレイヤーの場合は剣など握ったことのないはずなのに剣を持つと強い孤児とか、オレオレオレだよと、親しげに話しかけてくるやけにキラキラした二枚目の男性とかです」
「そんなの騙される人がいるわけ? 少なくともあたしは疑うけどっ?」
後ろ手に、呆れた表情でシュリが口を尖らせるけど、たしかにそうだと思う。そういうのって、詐欺っていうんだよね。
でも、ルフさんは人差し指をチッチッと振って、調子が戻ってきたのか、得意げになる。
「それが実際にいるんですよ。実際にいるからこそ、それを模倣する詐欺が成立するわけで……特に転生者がこの罠に入れ喰いでした。一人目は成功したからと、ハーレムとか逆ハーを狙って次々と助けて引っかかるんです。いくら私が忠告しても言うことを聞いてくれなかったのです。ずっと丁に賭けていたら負けるのは当たり前ですよね」
「なるほど、そんな人たちもいるんだね」
「そういった境遇の人たちを助けるなというわけではありません。肝心なのは自分の能力を隠すことと、小国であることがバレないようにすること。そしてルルイエ王国の位置を決して知られてはいけないことです」
「そうミャア。ミャアの経験上、君だけには力を見せようとか、君だけだよ、この宮殿に連れてきた人間はとかドヤ顔で秘密をバラして裏切られてゲームオーバーミャンね」
「攻略本にも書いてあるのに……皆は言うことを聞かなかったんだね」
ルフさんとリスターさんが言葉を合わせて警告をしてくれる。だからこそ、僕たちは演技をしたんだ。
『一つ、国の規模を大国だと欺瞞すること』
『一つ、ルルイエ島の位置を知られないこと』
『一つ、僕の能力を隠すこと』
この3つが重要なんだ。なので、大国の王太子にありがちな自然な態度で無意識なる傲慢な姿、余裕を持った人間の意識からくる強気の判断、お金は減るものだとは考えていない態度。
これらを端々に見せつつ、他国の人たちと付き合う………大変そうだけど、皆のためでもあるし頑張らないとね。
「皆は失敗の経験も、成功の経験もあるんだよね。頼りにしてます!」
皆も演技をしてくれるんだ。慣れているだろうからよろしくねと笑顔でお願いすると、ゼノンさんたちは気まずそうにする。
「あ〜………私たちコアや虚像はゲームが起動するたびに違う意識が入りますので、昔の経験はないのです。これはゲームの基本的仕様であり、毎回違うのはた」
「そうなんです。過去の知識があるのは私や将軍だけですね。ほら、やればやるほどコアたちだけ経験があると初期のプレイヤーが不利でしょう?」
ゼノンさんが話している最中に、ルフさんが口を挟む。なにか重要なことだったみたいだけど、聞かれたくなかったのかな。ゼノンさんも気にしないで、肩をすくめるだけなので、特に必要な情報というわけではないんだろうね。
「でも、7割がこの時点でゲームオーバーなら、残りの3割は成功していたんだね」
僕が確認すると、虚をつかれたのか、ルフさんはキョトンとした顔になる。
「いえ、2割は始まってすぐにゲームオーバーになってます。立地が悪いパターンですね。すぐに攻め込まれる平原でスタートとか、魔物が溢れる山間で始めるとかです」
「ありゃ、それじゃ1割が成功?」
「いえ、9分はこの後にほとんど必ず発生する戦争で負けます。圧倒的な力を持つからこそ、敵も大軍で攻めてくるので、長期の戦争となり押し負けて軍が敗北、交易不可となり鎖国した挙げ句に数年ほどで膨れ上がる自国の人口を養うことができなくなり破産エンドです」
ニコニコとルフさんは僕を見てくる。その瞳には仄暗い深淵を宿していて───。
「わかった! 時折落ちてくるウルトラダゴンの真似!」
「そこは不気味に思ってください! なんで時折宇宙人ぽいのが降ってくるんですか! 邪神の使徒ですか! はいはい、言わないで良いです」
「タコ祭りに──」
「あーあー、聞こえなーい。聞こえなーい。見えざる言わざる聞こえないでござる!」
フンスと指摘すると、なんか違ったみたいで、耳をふさいでイヤイヤと首を振る駄々っ子ルフさんになっちゃった。なんかそんなに酷いことを言ったかなぁ。たしかにウルトラダゴンはでっかいタコさんだから、女性に言うのは悪かったかも。
暫くイヤイヤと叫ぶので、仕方ないので黙っておく。ようやく気を取り戻したルフさんが、大きく深呼吸をして、冷静な表情となり話を続ける。
「なので、成功者は1%なのです。フフフと妖艶に微笑む私に閣下は恐ろしさと不気味さを感じて、気を引き締めるのであった」
「なんで、モノローグをセリフで言うのよっ」
「だって、ケロリとしているんですもん! これまでのプレイヤーはここで虚勢を張ったり、不敵な笑みを浮かべたりするのに、この可愛らしい顔はまったく変わってないですよ! 閣下の頬ってぷにぷにで触り心地最高ですね!」
シュリのジト目に、再び泣きそうな顔になって、僕の頬をムニーンと引っ張ってくる。なんだか決め台詞とかだったのか悔しそうなので、されるがままにしておくよ。
「強いのに柔らかい……スベスベですよ、この肌。唇もぷにぷにです。髪質も良すぎます。持ち上げてもするりと零れていきますよ。改めて思うのですが、もしや天使? 愛らしすぎますね」
興味深けにルフさんは顔を近づけてきて、僕の頬を撫でたり、髪を持ち上げたり、唇を触ってくるので、少し照れくさい。
「そうでしょう、ヨグは天使なのよ! 頭を撫でてくれると気持ち良いし!」
嬉しそうにシュリも近寄ってきて僕の手を掴むので、頭を優しく撫でてあげる。シュリの髪質も良いし、肌もスベスベだし変わらないんだけどなぁ。
むふーと、頭を撫でられて気持ち良さそうなシュリを見て、ルフさんも撫でてみてくださいと言ってくるので、撫でてあげる。おぉ、ルフさんの髪質も良いし、いつまでも触っていたい感じだよ。
「おぉ、ヨグセラピーとかできそうですね。なにか癒やしの力とか流してません?」
「でしょう、でしょう? ルフもわかったきてわねっ」
仲の良い二人だなぁと眺めていると、尻尾をぺしぺしとリスターがぶつけてくる。
「いちゃいちゃはそれくらいにして、現状を解析するミャン。ガルドン王国の帆船はキャラベル船かガレオン船。大きさは30から40メートルとダリから聞いているミャン」
そろそろ真面目な話に戻る。リスターは空中に大きなボードを映し出すと説明を開始する。というかダリさん、しっかりと情報を集めていたんだ。凄いや!
ボートにはガルドン王国の船舶や貨物量が推測だろうけど表示してあった。
「南大陸との交易をしていたと話には聞いてるミャンよ」
「うん、ガルドン王国は貿易で栄えている国らしいよ。でも最近は航路に魔物が増えて貿易ができなくなっていたって聞いてる」
僕も情報を集めているのだ。
「殿下、埠頭の規模、近隣の国から訪れる船の数を考えると、南大陸との交易船はそこまでは多くないでしょう」
ゼノンさんたちも話に加わり、シュリとルフさんは僕の髪を編むことに夢中になっている。
ダリさんがボードに指をつけて、数字を書いていく。
「俺が調べたところ、最盛期は一ヶ月で100隻が南大陸と交易をして帰ってきたとか。魔法使いを乗せて交易をする手法が流行った頃ですぜ」
「ダリのいうことを考慮すると、ヨグ様の艦隊の貨物は最盛期よりも多いはずミャ」
「僕たちの船は100メートル級以上。ということは……一隻につきガルドン王国の船よりも27倍の貨物を積んでいることになるのかな?」
ざっとの計算だけど、だいたい当たっていると思う。とすると……えーっと、60隻だから……。
「だいたい1500隻分くらい? 一年分を超える量だね」
「そうミャア、なので、攻略その1、金の泉に溺れさせよう作戦ミャン」
スンスンと鼻を鳴らすリスター。ふむふむ……。それじゃ上手くやらないとね。ガルドン王国は友好国だから、どんどん親睦を深めないと!
港についたら、たくさんの貨物で驚かせようと、ムフフとほくそ笑んじゃうのだった。
「見てください、やはりハーフアップが良いですよ」
「やるわね、ルフ。この部分は網掛けにしない?」
「それならばここをこうして……」
二人ほど会話に加わっていなかったけどね。




