23話 お城を観光しよう
ヨグ・トルス・ルルイエ。僕の名前であり、ルルイエ王国の国王でもある名だ。
そして、実はただの村人でもある。僕の王国は1500人しかいないし、技術力もないし、魔法もない。
ないない尽くしだけど、皆は気の良い楽しくて優しい人たちばかりだ。だから、僕は皆が大好きだし、コアさんたちも新しい仲間だ。
でも、その数は少なく、和気藹々と暮らしてはいるが大勢の人々による騒がさしさや活気とは少し違う。ほのぼのとした優しい空気がある国だ。
なにが言いたいかというと、僕の国と比べると、やっぱり本物の人たちが大勢住む場所は、やはり空気が、騒がしさが、活気が違うというわけ。
虚像を入れれば3万人の人口だけど、虚像は本当の人ではないとこの街を見れば理解できた。
ルフ島に広がる町並みは、なんというか生活感がない。街角にゴミは溜まっていないし、暗い顔で練り歩く者も、幸せな人がスキップをして恥ずかしそうにする様子もないし、今日のバイトは終わりだねと、影へと帰る虚像もいない。
ルルイエ王国はアウターやコアさんたちの住むところ以外は、綺麗すぎて、淡々としすぎて、決められた演技を行う舞台のようにも見えたのだと、僕はガルドン王国を見て気づいた。
人が住むところは生活感があるのだ。それは干された洗濯物やそれぞれの家が持つ生活臭、外に捨てられるゴミ、泥だらけになって遊ぶ子供や、酔っ払って大声で歌う大人たちなど。ゲームではない本物の世界が目の前にはあったのだ。
雑多な世界を見て、僕はワクワクしていたし、そのワクワクは今は最高になっていた。
だって、お城に入れるんだもん!
「素晴らしいお城ですね、レーナ姫」
「先祖から伝わる我が国の象徴なんですよ」
キョロキョロと周りを見て、見たこともない建物に目を輝かせちゃう。凄いよ、このお城。ニコニコとレーナ姫は微笑んで、僕の反応に嬉しそう。
「金属製なんですね、このお城。天井も通路も全部金属製だし、硬そうです」
「あたしの知っているお城と違うわ。白と赤と青で塗られた城は初めてよ。素敵だと思うわ」
廊下も金属製だし、歩くとカツンカツンと金属音が響く。シュリもこのお城の素敵な色合いに感心の声を上げる。トリコロールの色合いのお城ってあるんだね。
「我が国が建国された500年前から、幾度となく魔物や敵国の軍隊から我が国を守ってきた守護神なのです」
「そうなのですか、それは頼りになるお城ですね。僕の国ではここまで大きなお城はないので感心しきりです」
街の奥にドスンと鎮座するお城は巨大だった。尖塔が並び立ち、長方形にも近い建物。豪族のお城と比べ物にならない立派なもので、全てが金属製で陽光に照らされて、皆を守ってくれる信頼感を見た者に感じさせてくれる。
でも、少し広すぎて僕らでは持て余しちゃうかもしれないけどね。
「では、こちらをお使いください、ヨグ様」
立派な意匠の扉の前まで案内されて、僕たちが中に入るとずらりと召使いさんが並んでいた。
ペコリと頭を下げてくる召使いさんに戸惑って、レーナ姫へと顔を向けると、ニコニコと笑顔のままで自分の頬に手を添える。
「今回のスリの謝罪と、我が国に来てくださった歓迎の意も込めて、こちらに服を用意させて頂きました。長い航海で不便なこともあると思いますし、お受け取りくださったらと願います」
なるほど。たしかに僕たちは水夫の服だ。ちょっとお城に訪問するお客様としては相応しくない装いかもしれない。
気を遣ってくれたんだね。優しい王女様だ。断る理由はないし、シュリもそわそわして、興味津々っぽい。
たしかに僕の街では服は工房で作られる既製品だし、ドレスとかはない。普通の服なんだ。
「わかりました。それではレーナ姫のお気遣いありがたくお受けします」
「それでは後ほどお会いしましょう。少しの間失礼させて頂きます」
可憐な笑みを残して、レーナ姫が部屋から去っていく。すぐに召使いさんたちがワラワラと群がってきた。
「では、シュリ姫。こちらのお部屋でお着替えを」
「わかりましたわ」
フンフンと興奮気味にスキップをしながら、シュリは隣の部屋へと召使いに連れられて行った。ドレスが楽しみすぎるんだろうけど、ちゃんと礼儀作法は忘れずにね。
「ヨグ様もこちらをどうぞ」
召使いさんたちが顔を染めながら、ワクワクした顔で、たくさんの服が運んできた。軍服に似ている服だ。
ズボンが膨らんでいる王子服じゃなくて良かった。あれは動きにくそうで、嫌だったんだ。
「これはどうでしょうか?」
「なんてこと! 殿方なのに肌がスベスベです」
「あぁ、髪もサラサラですよ、なんて触り心地が良いのでしょう」
「これほどに美しい方は初めて見ます」
なんかもみくちゃにされて、僕は服を着ては次の服をと着替えさせられていく。正直に言うと、どれを着てもあんまり変わらないと思うんだけど。
召使いさんたちは顔を染めながら、楽しそうにキャッキャッと着替えを持ってくるので、我慢して人形になるんだけどね。脇腹をくすぐったりするのは止めてほしいなぁ。あと、髪の毛を嗅ごうとするのも禁止でお願いします。
椅子に座って髪の毛を後ろで纏められながら待っていると、シュリの入っていた部屋の扉が開く。
「ど、どうかなヨグ?」
もじもじと頬を染めて、シュリが入ってきたので、僕はぱちぱちと拍手をしちゃう。
「可愛いよ、シュリ。深紅のドレスがとっても似合ってるし、胸元のサファイアのブローチがあっているし、健康そうな褐色肌に映えているし!」
真っ赤なドレスは花のように美しく、スカートが膨らんでおり可愛らしい。
「もぉ〜、ヨグはどんどんお世辞が上手くなるんだから! ヨグの服装も似合ってるわよ」
「ありがとう、シュリ」
僕たちはお互いの新鮮な姿を褒めて、シュリはくるくると身体を回転させていた。
そうして、僕らは着替えを終えて、戻ってきたレーナ姫とお茶会をするのだった。
◇
お茶会のカップは陶磁器だった。テーブルにはティータイムというのかな? お菓子やサンドイッチが並べられている。
庭園に案内された僕たちは東屋で、レーナ姫に歓迎されている。
「この庭園はとっても綺麗ですね」
「花満開ね。なんでこんなに花が咲いているのかしら?」
僕が庭園をほめるとシュリがコテリと首を傾げる。
綺麗に整えられた庭園は、色とりどりの花々が咲き乱れている。花って、こんなにたくさん同時に咲かないと思うんだけど?
「これは『植物成長』の魔法使いがいつも管理しているのです。そのため、常に美しさを保っています」
パンと手を打って、レーナ姫が庭園を見渡すように言う。なるほど、魔法なんだ!
「このような魔法の使い方もあるんですね、レーナ姫」
「はい。ヨグ様のお国ではこのようなことを行わないのでしょうか?」
「えぇ。僕の国は自然に任せているので、魔法はこのように使わないのです。今は武器だけですね」
お魚さんを追い払える程度のミサイルとか戦艦砲とかだ。そして、僕たちは魔法を使えないんだよ。
「そうなのですか。それならば、我が国の魔法技術が参考になるかもしれません。ヨグ様の国との国交が開かれれば、お互いに良い結果となると思います」
「そうですね。僕らの国は今後貿易を増やしていきたいと思ってますし、国交が開かれればきっと楽しい未来になりますよ」
「そうね、とりあえずは砂糖や香辛料をたくさん持ってくれば良いのかしら?」
キュウリの挟まったサンドイッチをもぐもぐ食べて、お菓子をシュリはちらりと見る。サクサクのクッキーなのに、全然甘くない。砂糖が貴重なんだなぁとわかるよ。
この状況だと、この間交換した砂糖は全部売っちゃったのかな? それか貴重すぎて姫様では使えないのかわからないけどさ。
「それは助かります。今は大変貴重すぎて、ひとつまみ使うのも大変なことですし」
現状に対して誤魔化すこともなく、レーナ姫は嬉しそうに微笑む。側に仕えている召使いさんたちも顔を見合わせて、シュリの話を聞いて喜んでいる。
なるほどね………。うん、僕も持ってきた砂糖に喜んで貰って嬉しいけど……。
砂糖よりもラム酒をたくさん持ってきちゃった。だって砂糖よりも高価だって聞いたし。飛ぶように売れたのは確認済だし。
「どうかしましたか?」
「いえ、今回は砂糖ではなくラム酒をメインに持ってきましたので、がっかりされるのではと、不安を覚えました」
「ラム酒? 聞いたことのないお酒の名前ですが、美味しいのでしょうか?」
「砂糖と同じ原料を使っているので、人気が出ると思ったのです。そういえば、『植物成長』で砂糖の原料を育てたりしないのですか?」
魔法なら何でも出来そうなんだけどなぁ。この庭園みたいにさ。
「『植物成長』は食べ物には効果がないのです。無理矢理育てると……その、とても不味い物が育ちます」
「あぁ、そういうわけですか。それなら仕方ないですね。食料問題は解決できないんですか」
歯切れの悪い口調で答えるレーナ姫の言葉に納得する。多分栄養とかが行き渡らないで育っちゃうのだろう。花を咲かす程度にしか使えない魔法なんだね。
「ラム酒というものはどのような物なのですか? 聞き覚えのないお酒なのですが」
「僕も飲んだことはありませんが、デザートに使うんですよ。好きな人は多いんです。独特の甘い香りとカラメルのような匂いがパウンドケーキとかによく使われます」
ラム酒って、飲むよりもお菓子とかに使うほうが多い感じがするんだよね。
「一番使われるのはラムレーズンよね。あれってケーキとかに入れても美味しいし、あたしも好きねっ!」
「まぁ、いつか私も食べてみたいです」
「それじゃ今度の便で持ってきてあげるわ。本当に美味しいんだから!」
レーナ姫とシュリがパウンドケーキの話で盛り上がる。シュリは段々と素が出てきているが、それでもカップの持ち方や飲み方、上品な所作のままなので、特に問題はなさそう。
たくさん練習した甲斐があったねと、クピクピとお茶を飲む。………今度紅茶も持ってこようかな。ココアとかコーヒーもありだね。ルフさんはチョコレート工場は儲かりませんとお勧めしてこなかったけど、少しぐらいは利益度外視で良いよね。
「ところで……夜の歓迎会にもご招待したいのですが、その際にヨグ様たちのお立場も入場する際に司会が皆へと伝えます。よろしかったらお教え願いますでしょうか?」
おぉ、夜のパーティー。ワクワクしちゃうけど……立場? もしかして爵位というものかな?
それなら王様だよと伝えて……駄目か。国王だって言っても嘘だと思われそう。
なら……。
「僕はルルイエ王国の王太子です。彼女はグラス公爵の一人娘ですね」
シュリは公爵家にしちゃった。たしか王族と血が繋がっていると公爵なんだよね? うちの島民はどこかで血が繋がっているから、全員公爵で良いよね。
「王太子? 失礼ながら次男では?」
「はい、次男で王太子です」
王太子が良いところだろう。国王に全権を任せられているヨグなのだ。
「そ、そうですか……少し席を外しますね。夜の準備をしなくてはいけませんし」
ナイスアイデアと笑顔と共に答えたら、なぜかレーナ姫は顔を青褪めて、フラフラと去って行っちゃった。
なんだろう。具合でも悪いのかな?




