21話 歓迎できない王女
ガルドン王国の長女であるレーナ王女は男が顔負けするほどの元気な少女だ。元気な少女というか、おとなしそうな顔に似合わず、元気すぎる王女である。
乗馬では同年代の貴族の少女がトコトコと緩やかに馬を走らせる中、一人で駆け足で走り回る。
護身術を学べば、本気になって先生を倒そうとするし、魔法は実戦が一番だと魔物を探しに街を出て探検に向かう。
やんちゃすぎると噂の問題だらけの王女であり、婚約者が未だにいない原因となっている。宮殿でも手に負えない仕方のない王女だとの扱いであった。
しかしその問題児は半年前の活躍で評判が少しだけ変わった。命懸けとわかっていながら、遠洋航海を行い、南大陸には向かうことはできなかったが、見知らぬ国の者と取引を行うことができたために、貴重なる砂糖と胡椒を手に入れたことであった。
しかも砂糖は見たこともない白さと甘味。料理に混ぜても苦味のない癖のない砂糖であった。ここ数年は砂糖の値段が高騰している中で、その特別な砂糖はとんでもない金額に跳ね上がった。
その価値に見合うように、彼女の評判も少しだけ上がったのだった。
とはいえ、運が良かっただけとも言えるので、評判もそれに見合ったものでしかなかったが。
それでもここ最近では良い噂のため、夜会などで冒険譚を聞かれることも多いレーナ王女、即ち私はと言えば………。
現在は不機嫌極まりない顔で、王の執務室にいた。
「お父様! なんで私を接待役にしてくれないのですか!」
センスの良い上品な内装である王の執務室にて、古みを帯びて深い趣きのある魔木のデスクをバンと叩いて、対面に座る老いの入った男性へと怒鳴る。
私は怒っていますと、バンバンデスクを叩いてアピールする私に、うんざりしたかのように頬杖をついて、疲れたように手を振る。
「駄目だ、レーナ。今回の接待役はゴライアスに任せる。何度申し出ても、却下すると言ったであろう」
温厚そうな表情ではあるが、年月が威厳を積み重ねている老人の鋭い視線に、ウッと口籠り、それでも不満そうに口を尖らせる。
「ですが、私がルルイエ王国と最初に接触したのですから、任せて頂いても良いと思うんです……」
指を絡めてもじもじとしながら小声で反論する。だって私が出会ったのだ。しかし、隣に立っていた兄が耳が痛くなる程に大きな声で口を挟む。
「駄目だ! お前の活躍というか、ただ運が良かったのは認めるがな、ここは俺に任せておけ、ガハハハ」
「お兄様……。がさつなお兄様では、初めて会う他国の人間とは反りが合わないと思いますよ?」
嫌味な目つきで見てくるお兄様へと、私は忠告しておく。隣に立つお兄様は2メートルを超える背丈と服がはちきれんばかりの筋骨隆々の身体を持つ大男だ。
ゴライアス・オル・ガルドン。ガルドン王国の第一王子にして、第一継承者でもある。
「レーナ、俺は王太子だぞ。少しは敬って言葉に気をつけろ。いつまで経っても、お前は子供なのだな」
「お兄様では、どうせ威圧するような接待しかできません! 強引なやり方は今の我が国には合わないと思いますよ?」
「言葉に気をつけよ、レーナ。ゴライアスの言うとおりだ、王太子への不敬な言葉だと、またぞろ問題児扱いされるぞ。……とはいえ、レーナのいうことも一理ある。ゴライアス、大丈夫だろうな?」
私の言葉を認めつつも、お父様はゴライアスお兄様へとジロリと睨みつける。お父様の心配も当然だ。ゴライアスお兄様は、傲慢な態度で相手を萎縮させることが多い。
自国でもその態度は問題ではあるが、他国の大使、ひいては訪問してきた王子や王女にも同じ態度を見せる。
その態度に不愉快に思う者も多いのだ。本人はそのことをたびたび注意されているが、変える様子はさっぱりない。
国でも有数の本人の武力も相まって、その力に魅了されて支持者が増えていることも、またゴライアスお兄様を傲慢にさせる原因となっていた。
流石に今回そのようなことをすれば洒落にならない。ようやく待ち望んだルルイエ王国の船がやってきたのだ、ここで他国に向かわれても困る。
「レーナの心配もわかります。ルルイエ王国の船の歓迎にて、大袈裟に言えば国の存亡がかかっているといってもよろしいですからね」
ゴライアスお兄様とは反対側、私の隣に立つスルドルお兄様が穏やかな物言いで賛成してくれる。狐目の少し狡猾そうに見える少し痩せている男性だ。第二王子であり、第二継承権を持つ。
ゴライアスお兄様よりも頭がまわり、文官に人気があるので、武官に人気のあるゴライアスお兄様とは極めて仲が悪い。血で血を洗うとまではいかないが、何かにつけて争っている。
「く、国の存亡などと、大袈裟だろうがっ! たかが帆船3隻の船長だぞ!」
「やれやれ、兄さんはわかっていないですね。良いですか? 北大陸でも貿易国として我が国を含めた南部地域は、多大な利益をあげて強い力を持っていました。金は一番の武力なのですよ」
「そんなことはわかってる。それが貿易ができなくなって、我が国は窮乏している。だからこそ、貿易の再開のためにも、ルルイエ王国とかいう国が手に入れた航路が必要なのだろうが!」
「わかっているようで、わかっていないのではと僕は不安を覚えているのですよ。まさか航路を手に入れるために威圧的な態度を取るのではと。まさかとは思いますが」
冷淡な態度で肩をすくめるスルドルお兄様に、なぜか焦った顔になるゴライアスお兄様。その様子から威圧する気満々だったのではと、私も疑惑の表情を浮かべてしまう。
「相手を怒らせて、他国に逃すようなことは止めてくださいよ? その結果はどうなりますか? 他国がルルイエ王国との貿易で利益を上げると、貿易を行えない我が国との差は大きくなります。十年後には滅亡するかもしれませんよ? 兄さんが受け継ぐはずのガルドン国がね」
スルドルお兄様はゴライアスお兄様を馬鹿にしたように鼻で笑うと、お父様へと向き直ると頭を下げる。
「というわけで父上、僕に接待役をご命じください。ゴライアス兄さんでは失敗することは火を見るよりも明らかです」
「……駄目だ。スルドル、お前が横でフォローせよ。ゴライアスはこの国の王となるものだし、ルルイエ王国を歓迎するのに、王ではなくとも第一王子が接待役をするというところに、歓待されていると理解してもらう必要があるからな」
相変わらずゴライアスお兄様に甘いお父様だ。でも、その話は正論でもある。歓待役が第一王子というところが肝心なのだ。悔しいが認めざるを得ない。
「畏まりました。ゴライアス兄さんをフォローすることに全力を尽くします」
ため息をつきつつも、スルドルお兄様は素直に頷く。今の国の現状を見て、内部での争いを本気でするつもりはないのだ。
ゴライアスお兄様は、その言葉に勝ち誇った表情へと変えて、腕を組んで尊大に胸を張る。
「まぁ、任せておけ! 山海珍味を集めてド肝を抜かしてみせるわっ! ガハハハ。それに航路もしっかりと聞き出してみせるから、楽しみにしてるのだな。では、父上。準備をする必要がありますので失礼します!」
部屋に響き渡るほどの高笑いをして、ドスドスと足音を立てて、部屋から出ていく。バタンと扉が閉まると、足音が遠ざかっていった。
「………なにかおかしくないか? ゴライアス兄さんの態度? 高慢に振る舞っているが、どこか焦りがなかったか?」
「たしかに……言われてみれば、少し顔が引きつっていたような……よくスルドルお兄様は気づきましたね?」
「そりゃあね。仲が悪いということは、相手のことをよく知らないとできないもんなんだ」
けだし名言ですねと、私が苦笑をするとお父様が眉根を押さえる。
「馬鹿な発言をさせないように気をつけろ。ゴライアスはあれで軍に人気があるからな。恥をかかせないように」
「わかりました。では」
お父様の困った言葉に、スルドルお兄様も頭を下げて立ち去ろうとするが、扉がノックされる。少し焦ったような音だ。
「失礼します。急ぎご連絡がありまして」
「うむ、入れ」
私たちが顔を見合わせて、何事が起こったのかと扉を注視する。失礼しますと、入ってきたのは薄っすらと汗をかいた兵士であった。微かに息切れを起こしており、その手に持つ紙きれがなにかが起きたのかを教えてくれる。
「何用だ?」
「はっ、へ、陛下。その、ゴライアス王子は何処に?」
お父様の執務室に来たのは、ゴライアスお兄様に会いにきたらしい。慌てたように部屋を見渡して戸惑った顔になる。きっと居場所を聞いて急いで来たのだろうが、ちょうど出ていってしまった。
「なんだ、ゴライアスになにか用か?」
「はっ! 治安上のご報告がありまして」
あぁ、王都の治安のトップはゴライアスお兄様だ。納得したが、それでもゴライアスお兄様まで伝えなければいけないほど重要案件なのだろうか?
「良い。余が聞こう。報告せよ」
「はっ! こちらであります」
お父様へと兵士は素直に紙きれを手渡す。すぐに目を通すと、お父様は嫌なものをみたかのように顔を苦々しくする。
「父さん、なにがあったのでしょうか?」
「これを見てみよ」
疑問に思い、スルドルお兄様が訪ねると、紙を手渡してくるので、横から内容を覗き込む。そして、お父様が顔をしかめた理由がわかった。
「ルルイエ王国の船員がスリを捕まえたですか。しかも集団をですか」
これは困ったことになりました。スられた船員が捕まえたらしい。
「船員のいざこざはよくあることだが、時期が悪い。まったく困ったものだ」
「まぁ、兄さんの目に入らなくて反対に良かったですよ。良いタイミングとばかりに、この船員を尋問でもしそうですしね」
信用のない言葉だが否定の言葉は出て来ずに、代わりにお父様がこめかみを揉みながら、私を見てきた。
なんというか、だいたい予想できる視線です。
「歓迎している王国の船員だ。レーナが迎えに行き、陳謝してこい」
予想通りの言葉だった。ここは第三継承権を持つ私なら、これ以上の謝意はないですからね。
接待役ではなく、船員のいざこざを解決する………。随分と差をつけられる扱いです。お兄様たちはルルイエ王国の使者の歓待役。私はというと………。
「わかりました。それでは騒動をおさめに向かいます」
それでも、ここでハンカチを噛み切るよりはマシだと渋々と礼をして、ため息混じりに私も執務室を出るのであった。




