勇者への道
互いの感情が発露させた激しい打ち合いとなる。
レオンもすぐには同じ行動を取らない。
今度こそ真正面からイルミの速さと戦闘技術を受け止め、最も自信となっている部分を打ち砕こうとしていた。
そしてイルミも動き回る事をせずに、さき程のように捕まらないように素早い攻撃に徹し、レオンの剣が届く間合いでその短剣を振るう。
一撃でも食らえば致命傷をくらう地獄の間合いでイルミは死線を幾度となく掻い潜っていく。攻撃が掠めるたびに肝を冷やし、斬撃の一つ一つに神経を磨り減らす。
しかし、異変はすぐに訪れる。
「どうした! 動きが鈍ってんぞッ!?」
その言葉から次第にイルミは押され気味になっていく。
レオンの言うとおり、明らかにイルミの動きが鈍っていた。
回復薬で和らげた痛みが再発しているのであった。回復薬はHPバーこそ回復させる事は出来るが、本職の【錬金術師】でもないイルミが作った回復薬程度では実際に疲労回復と多少の痛み止めの効果しか得られず、レオンにやられた傷は完全に治癒せず、イルミの体にしっかりと蓄積されていた。
――骨がやられてる……
ポッキリと折れてはいないだろうが、罅くらいは入っているようにイルミは自身の体を鑑みる。だが、引く訳にはいかなかった。
関係ない、もし魔物にやられたとすれば、そんなもの何の言い訳にもならない。
恰好の餌食となり、ただ食われるだけ。
――認めさせるんだろッ!
自分の実力を
可能性を
強さを
思いを
「うらあああああああっ!!」
言葉にならない感情を吐き出し、痛みを堪えながらイルミは想いを乗せた一刀を煌かせる。
「…………雑魚が」
熱くなった感情とは真逆の冷えた声がイルミの耳に届いた。
ガツン!! と、今までで一番大きな衝突音が響く。
「あ――」
力を込めた決死の一振りは、簡単に剣で合わされ、逆にその力を利用されて、短剣を大きく弾き飛ばした。
そして武器を失い無防備になったイルミに
「焦りで冷静さを欠いたな――」
冷酷な殺意がこもるレオンの剣がイルミに迫る。
『メンタルがまだ子供だ』
そんなルディアの言葉をイルミは走馬灯のように思い出していた。
「ぐッ」
しかしすぐに我に返り一瞬の判断で腕を差し出し致命部位への攻撃を即座にガードする。
――ミシイ
と、骨が軋む音と共に大きな鉄の固が追突してきたかのような衝撃が走り遠くへと飛ばされ背中から地面へと叩きつけられる。
「――がはッ!」
そのまま慣性に従ってしばらく転がり、うつ伏せになって倒れる。
――あ、体が、動かない……
何とかガードはしたものの着地に失敗し背中から叩きつけられたイルミの体はダメージの蓄積もあって、言う事をきかなくなっていた。
失格になっていないかの確認すら出来ず、必死に体を動かそうとする。
「何だよ、もう動けねえのか?」
――立たないと、立たないと、死ぬ。
戦場において、立つ事が出来なければ死が確定する。
「愚直な攻撃しやがって、気合で何とかなるとでも思ったのか?」
――やっと、見返すチャンスが来たのに……
「マジで動けねえみたいだな……チッ、つまらねえ幕引きだな。結局、こんなもんなんだよお前の実力は……」
レオンが近付いて来るのがイルミは分かる。
――動け、動けよ!
頭の中では必死に体を動かそうとするが、ついてこない。
「……本当に終わりだ、『レベル1』――」
トドメの一撃をいれて決着をつけようとする――が
「ああ?」
倒れるイルミにレオンの間に一人の少女が割って入り立ち塞がった。
「大丈夫、イルミ?」
その抑揚の少ない声は、この三週間の間に何度も聞いた声であった。
「リア……」
どうにか、自分のパートナーである少女の名前を呼ぶ事が出来る。
「コーデリアだと……? チッ! シャミアの奴、負けやがったか」
ここへコーデリアが戻って来たという事は、つまりはシャミアとコーデリアの戦いに決着がついた事に他ならなかった。
コーデリアの頭上に表示されているHPバーは半分をかなり下回っており、激しい戦闘が繰り広げられていた事を彷彿させる。
「退けよコーデリア。俺とそいつはまだ決着がついてねえ」
「退かない。イルミは私が守る」
「いいから退けよ!!」
「退かない」
コーデリアはレオンの前に立って一歩も引かずにイルミを庇う。
ピンチに颯爽と駆けつけ、その身で敵から仲間を守る。
地面を這う事しか出来ないイルミは目の前に立つ少女の背中を見上げる。
その力強く安心を与える背中は、まさに誇り高き【聖騎士】そのものであった。
それなのに、僕は……?
不様に地を這い蹲って何をしている?
結局リアに助けられるのか?
見返すんじゃなかったのか?
これじゃあ、何も変わらないだろ!
僕が目指した勇者は! 英雄は! こんな時どうする!
ここで立ち上がれなくて【勇者】に成れる訳がないだろうがッ!!
「あ?」
コーデリアを睨みつけていたレオンの視線がその背後に移る。
「……退いてくれ」
「え?」
コーデリアが後を振り向くとイルミが震える足を踏ん張り立ち上がっていた。
「退いてくれ――リア」
コーデリアの肩を掴み、そのまま入れ替わるようにイルミはレオンと対峙する。
「駄目イルミ。もう限界が来てる、それ以上は――」
「下がってろ!!」
「――――ッ!?」
自分へ向けられたイルミの怒号にコーデリアは驚く。助けようとした相手から理不尽な激を飛ばされたコーデリアは当然のように混乱する。
「怒鳴ってごめん……でも、これだけは譲れない、これ以上、僕は君に助けて貰う訳にはいかないんだ」
「イルミ……?」
コーデリアがいなければ立ち上がる事も出来ずにレオンに負けていただろう。既にそんな事を言える立場ではないのをイルミも分かっていた。しかし、それでも――
「ここで立ち向かえなかったら、僕は僕じゃなくなる。ここで勝てないようなら、僕は一生勇者になんてなれない気がするんだ」
【勇者】になるのは甘くない。
それが、どれ程の険しい道かは勇者である祖父の話を聞いたイルミにもハッキリとは分からない。ただこんな所で躓いているようでは勇者になんて成れる訳が無い――ここがイルミにとっての分岐点であった。
勝つか負けるか。
勇者になれるか、なれないか。
その二択。
「あともう一つゴメン。君の武器を貸してくれない?」
所持していた短剣はレオンに弾き飛ばされ行方不明となっていた。
「……分かった――でも負けないで、イルミ」
「うん、絶対に」
イルミの決意を感じたコーデリアは後押しの言葉と共に自らの剣を差し出し、言葉と一緒にその剣を受け取る。
「はっ! 女の影に隠れてばかりの弱虫野朗かと思ってたが、テメエもちゃんと男だったんだな! 見直してやりてえ所だが、それはただの蛮勇っていうんだよ、『レベル1』!」
ゴウッ――と、風が吹き、再び『シル・フィード』をレオンは発動させる。
HPバーが瀕死状態のイルミに対しても、徹底的に、抜かりなく、骨の髄まで、叩き潰すというレオンの想いが目に見えるようであった。
「僕は君にも謝らないといけない」
「何がだよ?」
「今までけして手を抜いて戦っていた訳じゃない。それでも、100%の実力じゃなかった」
「本気じゃなかったとでもいいたいのかよ?」
イルミは首を振る。
「違う。紛れもなく本気で戦った。ただ、僕が一番得意な武器は――『片手剣』なんだ」
「だから何だって言うんだ……よ――」
レオンは話の途中で目を見開く
「は? おい、何だよそれ! そんなスキル、俺は知らねえぞ!?」
イルミの持つ剣はレオンと同じ『シル・フィード』の風が巻き起こっていた。しかし、レオンと違うのは、風以外にイルミの剣は――真紅に燃える炎を纏っているのだった。




