街中の広場で
夜の街は静かで、メインストリートの方に目を向ければ、まだ明かりが点いており、人通りがあるが、リディアはそんなメインストリートとは、逆の方向、より人気の少ない道へとコーデリアを連れて行く。
二人とも寝巻きから着替えなかったため、それを隠すためフード付きのコートを羽織っているため、一見するとかなり怪しい絵面に見える。
何度か小道を曲がりながら少し進むうちに小さな広場に出た。
「ここだよー」
「…………!!」
目を見張った。
リディアに連れてこられて来た広場ではイルミとルディア向かい合い戦闘を行っていた。
イルミが短刀を手にし、素手のルディアに向かって走り出した。そして、短刀の小さな振りでルディアに当てに行くが、全ての斬撃を避けられ、弾き落とされる。右手から左手、左手から右手へと、短刀を持ち替え、時には殴打や蹴りを見せ、狙いを悟らせないように動き、ルディアの懐に飛び込んでいく。
とてもレベル1とは思えないアジリティを見せるイルミだが、一撃を与えられない。
ルディアに全ての攻撃を受け切られてしまう。
そして、ついにイルミが痺れを切らし、僅かに大振りをした瞬間、イルミの胴体にルディアの拳が叩き込まれた。
苦しそうに鳩尾を押さえ蹲るイルミに何か喋りながらルディアが近付いていく。
「――っ!」
トドメを刺そうと近付いていると思いコーデリアは止めに入ろうとするが、
「待って。大丈夫だから」
リディアに腕を捕まれ止められる。しかし、イルミにもしもの事がある訳にはいかないコーデリアは手を振り払って、イルミの元へ向かおうとするが、不思議と体が動かない。
冒険職期待の新星であるコーデリアがただの街の酒場の女性店員に純粋な力のみで捕まって動けなくなっていたのだった。
そして、近付いたルディアはイルミにトドメを刺す事なくリディアの言うとおり、ただ手を差し伸べるだけで大事はなかった。
ようやくコーデリアが落ち着いたのを見て、リディアも手の力が緩める。
「……アナタ達は――何者なんですか?」
達というのは広場でイルミと戦っていた双子の兄ルディアを含めた質問であった。
ここ数日間イルミと過ごしたコーデリアは、彼がただのレベル1の冒険者ではない事を認め始めていた。そんなイルミを容易く相手取っていた彼の動きはリディアと同じで、明らかに街の酒場の店員の動きではなかった。
「アナタ達の学院の先輩冒険者だった者かな。今はただの酒場の店員だけど」
「先輩? シンドレア学院の生徒だったんですか?」
「そう。私の両親がイー君のお爺ちゃんにお世話になっててねー。私が『磨精の加護』、ルディアが『武神の加護』を持って生まれたから二人とも当然のように冒険職を目指したわ」
『磨精の加護』は魔法系のジョブや技能の熟練度にボーナスがつき、『武神の加護』はアタッカー系のジョブや武器系技能にボーナスがつき、どちらもコーデリアが持つ『女神の加護』と同じくらい稀な特性であった。
「自分で言うのもなんだけど、私もルディアも他を寄せ付けないほど優秀だったわ。私達の【賢者】【拳聖】になった最年少記録はもう誰にも抜かれないでしょうね」
「【賢者】と【拳聖】……!?」
コーデリアが驚くのも無理もなかった。自分と年齢が10歳も変わらない彼女達が、コーデリアが目指している【聖騎士】と並ぶ、最上級冒険職の人間である事は、にわかに信じられない事実であった。
「どうして、そんな人達が酒場で?」
「んーまあ……ちょっとね……」
困ったように笑うリディアに話しにくい内容なのだと感じたリディアは話を変える。
「じゃあ、イルミと知り合ったのは何時からなんです?」
「あ、やっぱり知りたい? イー君の小さい時の話。イー君はねー今も可愛いけど、昔はもっと可愛いかったんだよー」
イルミの話になって今まで一番嬉しそうに話だすリディアに少し引き気味にコーデリアは話を聞く。
「もう十年以上前かな、イー君がお爺ちゃんに連れられて来たんだけど、泣きながら私達に「強くなりたいんです」って。どうしてって聞いたら「勇者になりたいから」だって。レベル1から上がらないって聞いて何の冗談かと思ったけど、イー君は本気だったわ」
広場に見えるイルミは鞄から漁った回復薬を呷り、再びルディアと向かい合っていた。
「私達はまだ学生だった頃から、ほとんど毎日、ああやってルディアは格闘と武芸、私が魔術と勉強を一日交代でイー君に教えているの。あんまりイー君の成長が早いから、負けないように、優秀だったけど、頑張るのが苦手だった私達まで努力する破目になったわ」
おかげで誰よりも強くなったけどね――と笑いながら言う。
「ここ数日間、イー君と一緒に居たら分かるでしょ? あの子がどれだけ本気で、頑張っているのか」
「それは……はい」
自分も努力はしてきた。祖母のような、父のような、強く誇りある聖騎士になるために。しかし、イルミの努力は自分の努力とはまるで異質であった。レベル1でも強くあろうとする彼の努力は、ともすると狂気じみているようにコーデリアには思えた。
悪党職に手を出しているのが良い例である。
そんな彼の「強くなりたい」という真っ直ぐな気持ちと、「勇者になりたい」という強烈な想いは、その執念は、一体どこから来ているのか。
「あの、リディアさん、イルミが【勇者】に憧れてる理由を知っていますか?」
「ん? お爺さんに憧れてるからって聞いてない?」
「いえ、それだけではない……気がして」
ただの憧れだけであそこまで頑張れるのか。自分と同じように祖父に憧れたというだけで。少なくとも、きっと自分は祖母への憧れだけで、同じ状況に立っていたら心が折れて立ち直れなかっただろう。
「んー、イー君が言ってない事を私からは言えないかな、でも、きっとアナタがパートナーだって言うのなら話してくれるはずよ」
「そう……ですかね」
「ま、イー君のストイックさはちょっとだけ異様に感じるかもしれないけど、でも成長を見届けたくなる子でしょ? 純粋で一途に強くなりたいって望むあの子の姿を見たら、なんか応援したくなっちゃうんだよね」
「それは……そうかもしれないですね」
彼の頑張りを、夢を蛮勇である少し前まで思っていたコーデリアの考えもイルミと一緒にいる事によって少しずつ変わっていくのだった。
「さて、案内もしたし、私は帰って寝ようかな」
とリディアは家へ帰ろうとする。
「私は……もう少し残ります」
「そっ、帰り道分かる?」
「大丈夫です」
おやすみなさい――とリディアを見送った後、コーデリアは広場のいるイルミに目を戻す。相変わらずルディアに攻撃を簡単に去なされている。しかし、それでも何度も果敢に向かうイルミの姿にコーデリアのイルミへの想いが再び揺れ動くのだった。




