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ルリ母さん

「怖い人……?」


 ルリに言われたとおりにカウンターに座ると、コーデリアはまだルリの怒声に怯えていた。


「怖くない……とは言えないけど、ホントに優しい人だよ」


「ま、怒るとすんげえ怖いけどな。マジに怒った時なんて魔王なんて目じゃないぜ?」


 二つのコップを持って現れたルディアが二人の会話に加わる。


「そうそう、ルリ母さんを本気で怒らせたら、腕利きの冒険家だろうが、王様だろうが、勇者だろうが、関係なく正座だもん」


 今度は水の入ったボトルを持って来たリディアがルディアの補足をするように会話に加わる。そして「どうぞ」とリディアがコップに水を注ぐ。


「ありがと」


 と御礼を言う横でコーデリアは軽い会釈(えしゃく)をする。


「「ごゆっくり~」」


 そっくりな満面の営業スマイルでルリに怒られる前に離れていく。わざわざ一人で済む作業を二人掛(ふたりがかり)で行っている所を見るとイルミとコーデリアの事が気になって仕方ないようであった。それに気付いているイルミは苦笑を浮かべる。


「ルリ……母さん?」


「あー、あの二人の本当の母親なんだよ。まぁ、ここに来る人達はルリさんの事を皆そう呼んでるんだけど」


「ふうん……」


 それからコップに入った水に口をつけ、そして何かを考えるように黙り込むのだった。


 沈黙が続く中、イルミが視線を感じて振り向くと、双子の二人が何やら、ゴチャゴチャと二人でジェスチャーを飛ばしているのが見えた。何を表しているのか分からないが、イルミとコーデリアの中をわけありの関係と勘違いしているため、もっと話を盛り上げろとか、そういう意味だろうとイルミは思う。


 二人のいらぬ気遣いに心の中で溜息を吐くが、確かにこのまま何も話さないのもよくない。折角コンビ仲を深めるために一緒にいるのだ、何か話をしなければ。


「そういえば、リアはどうして【聖騎士(パラディン)】を目指してるの?」


「私の家は【聖騎士(パラディン)】の家系だから。私もそれに倣って」


 サスフィール家というのは、王都の名門貴族であり、建国当時から王都を【聖騎士(パラディン)】として守護していた一族である事は有名な話であった。


 この事をイルミは知っていたが話の種として蒔いたのだった。


「お婆さんに憧れを持ってるって、おじ……学長が言ってたのは?」


「小さい私の面倒をよく見てくれたのがお婆様だった。お母様もお父様も忙しかったらから。その時にお婆様から聖騎士の在り方を教えて貰った」


「へぇ」


 自分と同じだとイルミは思う。祖父の英雄譚を聞いて【勇者(ブレイバー)】を目指した自分と。


「お婆さんにはどんな事を?」


 これは純粋な興味だった。【聖騎士(パラディン)】であった、自分の祖父の話にも出てくる、コーデリアの祖母が一体どんな心持ちであったのか。


「大切なのは人々を守る事、もっと大切なのは自分自身が強くある事――そう、お婆様に口酸っぱく言われた。聖騎士の仕事は民を守る事、でも、それを成し遂げるためには誰よりも強くある必要があるから」


「それがリアの強い理由?」


 冒険職専門の学校であるシンドレア学院。生徒達誰もが強くなるために鍛錬に鍛錬を重ねている。そんな強者(つわもの)の卵達が集まる中、既にその殻を破り、他の追随を許さない彼女の強さの理由。その根源。


「私は強くない」


 しかし、彼女は自分の強さを否定する。


「まだ私は全ての人を守れる程強くない」


 それは彼女の目標の高さであり、覚悟の重みであった。


「でも、だからこそ、初めて守ると誓ったアナタを――私は絶対に守らないといけない」


 今、全てを守れなくても、彼一人だけは守る。


 その命に代えても。それが彼女の聖騎士としての誇りだから。


 その誇りを受け止めつつも、イルミはやんわりとコーデリアに釘を刺そうとする。


「……リア。君の言う事は分かった。でも、やっぱり、その関係はパートナーとは呼ばないよ。僕のお爺ちゃんは、君のお婆さんに守られていただけなんて聞いた事がない」


「イルミのお爺様? シンドレア学長?」


「僕もリアと同じで【勇者(ブレイバー)】のお爺ちゃんに昔の話を聞いているんだ。その話の中に君のお婆さんとの話もあった」


「うん、私も聞いたことある」


「じゃあ、君のお婆さんは僕のお爺ちゃんを守るだけの対象だと言っていた?」


 コーデリアは首を横に振る。


「肩を並べて戦っていたって聞いた、でも――」


 コーデリアは続ける。いつもの淡々とした口調で、悪意のない心で――言い放つ。


「イルミはイルミのお爺様とは違う」


「…………っ!!」


 その言葉にイルミは今度こそ怒鳴り声を上げそうになる。


 それはイルミが一番言われたくない事であり、一番分かっている事であった。つまりは図星だった。祖父のようになりたいと思う反面、祖父のようには絶対なれないと思ってしまう葛藤の中で、常に(もが)きながら生きているイルミにとって、祖父とは違うというコーデリアの言葉はイルミの心の急所を見事に貫いていた。


「分かってる……分かってるんだ……そんな事は……だから――!」


「おら飯だ、テメエら!」


――ドン!


 と、イルミが我慢出来ずに叫ぶのを止めるかのように大皿に乗った超大盛のパスタが出される。


「あと喧嘩すんなら店出てやりな。それともアタシが叩き出してやろうか?」


「……ごめん、ルリさん」


「辛気臭いのもお断りだ。アタシの飯を食う時は笑って食え、それがアタシの店のルールだ。知っているだろ?」


「は、はい」


 その返事を聞いてイルミに向けてニッと白い歯を見せる。


「それと、そこの銀髪のお嬢ちゃん」


「コーデリア・サスフィールです。よければ、リアと呼んでください」


「アンタ、サスフィールとこの娘か。なるほど銀髪はアイツの遺伝かい」


「父を知っているんですか?」


 意外な所に父親の知人がいることにコーデリアは驚く。


「ま、昔の話だね――それはおいといてだ、リア。イルミとどんな関係かは知らないけどね、レベルだけじゃなくて、もう少しコイツの普段を見てから判断してやってくれないか?」


「今、その最中です」


「そうかい。じゃあ、しっかり見てやってくれ。本当にコイツは、爺さんのようには成れないボンクラなのかどうかをね」


「……はい」


 他の生徒達と違いコーデリアは、イルミを見下しているという訳ではない。イルミのレベル1という客観的な事実だけを見て強くないと、この世界の誰もが持つ判断基準でモノを言っているだけだ。


 それなのに、なぜ目の前の女性がこれほどまで、彼に期待するような事を言うのかコーデリアには(はなはだ)疑問であった。


「ま、きっとアンタの想像以上にやる奴だよ。それを今から見ていけばいい」


「る、ルリさん……!」


「つっても、まだまだボンクラなのは確かだけどね」


「る、ルリさん……」


 上げて落とされるイルミ。ただ、ルリの言葉は、イルミに祖父のようになれるかどうかで、迷っている暇さえなかった事を再び思い出させる。


「さっ、とりあえず飯を食いな! 冷めないうちにね! それと、何かの相談つってたな?」

「あっ、そうでした。実は――」


 この店に早めに来た理由を話そうとするイルミの横で、コーデリアが手を合わせた後に、パスタを一口食べると


「美味しい……」


 と、イルミと出会ってから初めて感情らしいモノを口にした。


 それを聞いたルリが


「だろ?」


 と、器量の大きさを感じさせる笑顔で答えるのだった。

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