アナタは私が守る
王都の南部にあるメインストリートは真直ぐ王宮に繋がる道であり、カンパネラ通りと呼ばれている。王都の名前と同じである祝鐘とは、王宮の象徴である大きな鐘の事を指しており、建国時から存在し、現在に至るまで、王族の結婚や出産、祭事など、めでたい事がある度、その女神の歌と言われる程、美しい鐘の音を王都に響かせるのだった。
この都出身であるレイヴァンに【勇者】が発現したと王宮に知らされた時も祝鐘は王都中に鐘の音が響き渡ったという。
またカンパネラ通り周辺は王都一番の商業地域となっており、年中無休で賑わいを見せている。シンドレア学院からもそう遠くはなく、学院の生達も休日に遊ぶ時や買い物をするとなった場合はここに来る事が多かった。
「人が、たくさん……」
今日も相変わらずの賑わいを見せており、多くの人が歩いていた。
コーデリアはその人の密集具合に少し驚いている様子であった。
「もしかして、ここに来るの初めて?」
普段からこれくらいの人数がいるのは当たり前であり、毎日のように、このメインストリートを通るイルミに取って驚く程の数ではなかった。
「うん」
「珍しいね。休日とか遊びに来たりしないの?」
学校のある日は、イルミのように自分の家から通っている学生以外、寮の門限があり、カンパネラ通りまで行くには、時間が心許なく、行くとすれば学校が休みの日が主流であった。
「休日は訓練をするか、討伐の任務に連れて行って貰っていたから」
どうりで強い訳だとイルミは感じる。きっと休日どころではなく、彼女は日頃から多くの訓練を積み重ねているのだろう。それは、レベル35という分かりやすい結果として出ており、『女神の加護』を持っているとはいえ、誰もが驚愕する程の異常な数値を叩き出すというのは、そういった彼女の努力の結果であると言える。
「イルミはよく来るの?」
「うん、ほとんど毎日」
「【遊び人】?」
能無し職で有名な特殊職の職名をコーデリアは言う。
「い、いや、そうじゃないけど……」
【遊び人】は他の職業とは違い定職に就かない人間に発現するジョブだと言われているが、働いていても【遊び人】がステータスに現れる事もあり、実態が掴めない、謎の多い職業である。
一説によれば、遊び人という名前の通り賭博場や風俗店によく行く人間がなるのではないかと言われている。
また、王都内に賭博場や風俗街は存在するが、イルミはまだ利用した事はなかった。しかし、【遊び人】という職業事態には興味がない訳ではなかった。
「さっきも言ったけど、僕のバイト先がここの近くにあるんだ。毎日のようにそこで働かせて貰っているんだ。そろそろ着くはず――」
「強盗だー!?」
「「――!?」」
イルミ達が向かう方角から男性の不穏な叫びが聞こえる。
よく見ると通行人を無理やり押しのけてこちらへと走ってくる男がいた。
イルミは撃退するため、携帯していた訓練用の短刀に手をかけるが、この武器で勝てるかどうかに迷う。
――相手の実力が分からない。
王都は大戦の英雄である【勇者】の故郷である事もあり、冒険家の都と呼ばれており、その名の通り冒険職の人間が多く存在する。
しかし、冒険者として大成せず冒険者崩れとなり、悪党職の組織に身を落とす輩も多い。今回のような目立った強盗はただの冒険家崩れや一般人の場合が多い。しかし、もし熟練の悪党職が相手ならば学生二人で倒せるか分からない。
――『垣間見る深淵』を習得していれば……
レイヴァンが使っていた相手のステータスを見る魔法をイルミは使用する事が出来ない。
しかし、やれるかどうか考えている間にも強盗はこちらに迫ってくる。
――やるしかないか。
少し危険ではあるが、逃げ足の速さを見てもそれほどの強くはなさそうであり、コーデリアと二人掛ならば勝てる相手だと判断したイルミは今度こそ短刀を手にし戦闘姿勢になる。
「ねえ、リア――」
簡単な連携の確認をしようとコーデリアに声を掛ける――が
スッ――と、イルミの目の前に細く白い腕が横に伸び、白銀の長い髪が揺れた。
「アナタは――私が守る」
そう言ったコーデリアはイルミと同じように腰の位置にあるホルダーに刺し、携帯していた訓練用の長剣を抜き、一人、強盗へ向かって走り出した。
「リア!?」
連携もへったくれもないコーデリアの行動に驚き、一足遅くイルミも動き出す。しかし、反応が遅れたせいで、イルミが追いつく前に強盗とコーデリアが相対してしまう。
「退けえええ!!」
強盗は血走った目で懐に挿してあった小刀を構え、リアに向かって走っていく。その目は、なりふり構わない、人を殺すのも厭わないといった様子が見て取れた。
「退かない」
気が狂ったような強盗に対し、少しも怯んだ様子がないコーデリアは向かってくる強盗に対して剣を両手に持ち、中段に構え、小刀を振り被った強盗が間合いに入った瞬間――
振り切った。
「ガフッ!?」
相手を薙ぐように、剣の質量と遠心力と腕力を使い力任せに強盗を横に吹き飛ばした。
強盗の小刀なんかが届きようもない圧倒的リーチとスピードそして実力差でコーデリアは強盗を撃退したのだった。
イルミが助太刀する間もなく、コーデリアが全てを終わらせてしまった。
ノビている強盗を尻目にイルミは真っ先にコーデリアの元へ向かった。
「リア! 何も言わずに先行したら危ないだろ!」
イルミにしては珍しく声を荒げる。
確かに実力はそれ程ではない、ただの強盗のようにも思えたが、それでも万が一もあった。何より連携を取れるようになろうという話ではなかったのだろうか。
それなのに何故かコーデリアはイルミと連携を一切計ろうとせずに強盗へ向かって行った。それに対し、イルミは憤るのだった。
「でも、私はアナタを守らないといけない」
何食わぬ顔でコーデリアは答える。
「それは分かるけど、君が危険な目に会ったら元も子もない、一緒にいるのは連携のためじゃなかったの?」
【聖騎士】というのは人々を、民衆を、仲間を守る事を目的とした職業である。そのため、コーデリアが自分を守ろうとするのは分かる。しかし、イルミに対するそれは仲間としてではなく、依頼人などに対する行動であった。
「そう、私がアナタを守るための連携」
「それは連携じゃない。それに、一方的に守られる関係をパートナーとは言わない」
パートナーではなく、保護対象、もっと言えば、足手纏いである。
イルミがそこまで言っても、コーデリアは首を傾げて納得がいかない様子である。
「……でも、イルミ――レベル1しかない」
「…………!!」
「戦うのは危険、だから私が守らないと」
――あーそうか……
学院を離れていて忘れていた。自分がどういう立場だったのかを。
あの場所で自分が周囲からどう思われているのかを。
「ごめんリア。やっぱり僕らは一緒に行動する必要があるみたいだ」
「うん……?」
自分がずっと言っていた事を、改めて謝られながら言われ、少し戸惑うコーデリア。
「君にはもっと、僕の事を知って貰う必要がある。もちろん僕も君の事を知らないといけない」
「うん」
これも改めて言われるまでもなくコーデリアは分かっている。ただ、イルミからすれば彼女はその重要性を少しも分かっていなかった。
「……とりあえず僕のバイト先に行こうか」
この時に、イルミはある決意を固めていた。しかし、兎にも角にも三週間後にある模擬戦大会を勝たなければいけない。
それには自分の実力を知って貰う必要がある。
けして保護対象なんかではなく、一人のパートナー、相棒であると。
イルミはレイヴァンの言葉を思い出していた。
【勇者】になるためには周囲に自分を認めさせる必要がある。
――リアに僕を認めさせる
学院で最も強いこの少女の本当のパートナーになるために。




