レグルス皇国
王都に着いた俺はその光景に目を瞠った。
立派な建物が無数に建ち並び、道には大勢の人が溢れている。
だが、驚くべきはその多様さだった。
メンブラーナやエイワスの王都と違い、ここでは人と獣人、そして魔族らしき者までが普通に歩いている。
目の前の売店では、薄紫色の肌色をした青年が店主と話をしていた。
「驚いたな……あれは鬼人族じゃないのか……?」
「驚くのも無理はないわね。エイワスじゃ鬼人族なんてお目にかかれないもの」
リターナがクスッと笑う。
「私は嫌いかなー、あいつら態度デカいんだもん」
クロネが鬼人族を指さした。
「指さしちゃダメよ。彼らはプライドが高いから」
「ふーん、めんどくさ」
どうやらクロネは興味を失ったようだ。
「さぁ、急ぎましょう」
「ちょ、王城は向こうだよ?」
俺が遠くの高台に見える城を指さすと、リターナは小さく首を振った。
「私に伝手があるの。普通に行っても、門前払いを喰らうだけよ」
確かにそうだ。
俺はまた、自分を過信していたのか……。
しかも、ここはレグルス。
例えリンデルハイム家の名を失っていなくとも、その名前は意味を持たない。
「クライン?」
クロネが俺の袖を引っ張った。
「あ、ああ、ごめん。いや、ほんと俺って……。悪いリターナ、世話になる」
「何を言ってるのかしら? 私はクラインに賭けてるの。貴方をサポートするのは当たり前のことだし、自分の目的の為よ」
リターナは微笑み、「さ、こっちよ」と人混みの中に進んで行く。
「大丈夫大丈夫、何かあったら私が全員ぶっ飛ばしてあげるから」
クロネが俺の背中を叩いて、あっけらかんと笑った。
「そ、それはやめてくれ……」
俺とクロネはリターナの後を追った。
* * *
――メンブラーナ郊外。
その建物の中には、テーブルや椅子、絨毯はおろか、ランプの一つも無かった。
何も無い殺風景な部屋に、見るからに裕福そうな十数人の紳士が集まっていた。
普通に考えれば貧民街の、しかも、ボロボロの空き家の中に居るような人達には思えない。豪華なシャンデリアの下で、高級ワインでも酌み交わしているほうがしっくりとくる。
だが、水の一杯さえ出ない埃まみれの空き家にもかかわらず、紳士達は何ら気にする様子も無く雑談を交わしていた。
「――静粛に」
紳士達の視線を集める男、道具屋のバロウズが発した言葉に、部屋は静まりかえった。
バロウズは普段と違い正装である。
片眼鏡に龍の細工が施されたステッキを持ち、その表情は威厳に満ちていた。
「諸君、先日少し話をした通り、このメンブラーナに一生に一度あるかないかの商機が訪れる」
どよめく紳士達に向かって、バロウズは両手を広げた。
「我々は商人だ。自らの利を第一とし、己の責任の下に商いをする。かつて、エイワス王国一の大商人と言われたアームヘルム・ロズワイルドは言った。『まず稼げ、大義は後からついてくる』とな――」
そう語るバロウズは、集まった一人一人の目を覗き込む。
欲望をかき立てるような挑戦的な瞳に、一同は思わず息を呑んだ。
「この話に乗るも降りるもお主らの自由。だが、このゲームの席数は限られておってな……」
場がざわめき立つ中、一人の男が口を開いた。
「途中参加は認めないと?」
「いやいや、全てが決まった後でも良いのであれば、むしろ大歓迎だ。その代わり、発言権はないと思ってくれ」
「な……」
場が一段とざわめく。
その時、一人の男が大声で捲し立てた。
「信用できねぇ! 一生に一度の商機なんぞ、そう簡単に訪れるわけねーだろ! 皆、騙されるなよ! こいつは自分の計画に皆を巻き込みたいだけなのさ!」
若い男だった。
くっきりとした目鼻立ち、その目には野心が透けて見え、全身から若者特有の溌剌とした気を放っていた。
「そうだそうだ! 危険な橋を渡ることはない! 皆、帰るぞ!」
男に呼応するように、数人の若い男が声を上げて部屋を出て行く。
何人かの紳士がその後に続いた。
バロウズが若い男を見ると、男はうっすらと笑みを浮かべていた。
部屋に残ったのは約半分の紳士達、それと声を上げた張本人……。
バロウズはやれやれと短く息を吐いた後、
「さて、茶番は終わったかの?」と、若い男に問いかけた。
「ええ、これで十分です」
と、白い歯を見せて笑う男。
「お前さん、名前は?」
「これはこれは、バロウズ殿。申し遅れました、私はウォルフ商会のウォルフ・シュタイナーと申します、以後、お見知りおきを――」
すると紳士達の中から、
「あれが……」
「まだ若いな」と、声が聞こえてくる。
「ほぉ、君がウォルフ商会の……はて、一匹狼だと聞いておったが」
「ははは、違います。組むに値する者がいなかっただけのこと。利があるのなら魔族とでも手を組みましょう」
穏やかに返すウォルフ。
だが、その瞳の奥には挑発の色が見え隠れしていた。
「なるほどなるほど、さすが、新進気鋭のウォルフ商会、若さに頼った物言いよ。だが、ワシは一向に構わんが、君は買わなくてもいいものを買ってしまったようだな」
部屋に残った紳士達は、冷たい目をウォルフに向けていた。
ここに集まっている紳士達は、それぞれが長年に渡りメンブラーナ領で商会を構える筋金入りの商人達。
縄張り意識の強い商人達は、よそ者と無礼な新参者を嫌う。
ましてや、ウォルフのように、自分の力を誇示するような行為を軽率に行う者と組みたがる商人はいない。
「こ、これは、少し口が過ぎました、皆様、どうかご無礼をお許し下さい……」
すぐさま頭を下げて謝罪したウォルフに、バロウズは感心した。
(ほぉ……この若さでそれができるか。はは、先が楽しみじゃな)
切り替えの早さは商人にとって生命線である。
下手なプライドや思い込みで商機を失うのなど、商人として下の下。
成功するには、常にベットできる状態でなければならない。
目の前の若者は、首の皮一枚でどうにかチップを手にしたのだ。
バロウズはウォルフから目線を外し、皆に向き直った。
新たな商いが始まるとき、それは商人にとって最大のチャンス。
なぜならば、商いの枠作り、言わばルールブックの作成に口が出せるからだ。
これは当然、後から来た参加者には与えられる事の無い権利――。
「さて、諸君――、始めようか」
人懐っこい笑みを向けるバロウズ。
その瞳の奥には、かつて『千里眼』と呼ばれた頃の輝きが戻っていた。
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