洞窟の花
ヨルトの村から二時間ほど走ると岩場が見えてきた。
先頭を行くクロネが振り返り、一旦、止まるようにと手を上げた。
俺達はスピードを落として、ゆっくりと岩場の周りを回る。
「この辺じゃないかな?」
「うん、ちょっと探してみようか」
「あら、あそこにあるのがそうじゃなくて?」
リターナが見る方角に、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。
「あった! ね、早く行こ!」
「ちょ、ちょっと待てよ、竜を繋がなきゃだろ! あ、おい……!」
クロネはぴょんと竜から飛び降りて、そのまま洞窟に走って行ってしまった。
「ったく……」
「ふふ、元気な証拠ね」
リターナがクロネの乗っていた竜の手綱を岩に引っ掛けた。
「さ、私達も行きましょ?」
「そうだな」
洞窟の入り口は意外と広く、リターナと並んで入ってもまだ十分に余裕があった。
「おーい、クロネー……」
返事はない。
既に奥まで行ってるのかも知れないな。
中は薄暗く、少し湿っぽい空気と濡れた土の匂いが満ちていた。
所々に自生している光蘚のお蔭で、辛うじて視界が開けている。
手で壁を伝いながら進んでいると、急に岩壁の支えがなくなった。
「えっ⁉」
そのままリターナと一緒にゴロゴロと地面を転がり落ちた。
「あいってて……リターナ……大丈夫か⁉」
転がり止まりゆっくりと身体を起こす。
その時、二の腕に奇妙な感触があった。
「――スライムか!?」
咄嗟に振り返ると、間近にリターナの顔があった。
整った顔が淡緑色の幻想的な光に照らされている。
「暗いの苦手で……。ごめんなさいね、怪我はない?」
耳元で囁くように言われる。
リターナの息づかいや、舌の動く音まで意識してしまって思わず赤面した。
「い、いや! あは、あはは! 全然、大丈夫だよ。ほ、ほんとに暗いよなぁ、いてて……ポーション飲む?」
俺はポーションを作ってリターナに渡した。
自分もポーションを飲み干しながら、落ち着け……落ち着けと、気持ちを落ち着かせる。
ヤバい、どうしよう。意識しないようにすればするほど意識してしまう!
――というか、めちゃくちゃ当たってるんだが?
こういう時って、言った方がいいのか?
でも、わざわざ言うのも変だよな……。
『あのー、お胸が当たってますよ』
いや、違うな。
『胸、当たってんだけど?』
ちょっと、軽いか……。
んー、逆に、大人っぽく、
『危ないぞ、しっかり掴まってろよ?』
……いや、流石にこれは恥ずかしい。
そうこう考えている間も、リターナの凶暴な双丘は容赦なく俺の右半身を嬲ってくる。
――いかん、一人の紳士として言うべきだ。
これはリターナの為でもある。
「あの、リターナ、えっと……ひぎっ!?」
ちょ、いくら暗いのが苦手って言っても近すぎない!?
ほ……ほっぺた当たっちゃうし、体温感じる距離はさすがにマズい気が!?
「あら、ごめんなさい、近かったわね」
スッとリターナが離れる。
「え、いや、その……ははは」
急に右半身がスースーする。
さっきまでの人肌の温もりと、全てを包み込む聖母のような感触が恋しい……。
ちょっと残念だが、これでいいのだと自分に言い聞かせることにした。
「しかし、変な横穴に落ちちゃったなぁ……」
「どこか抜けられるといいんだけど……」
「クロネ気付いてくれるかな?」
「どうかしら、見つけたとしても、私達が落ちていると思うかどうか」
「呼んでみるか、クロ――」
リターナが俺の口を押さえた。
え? なに?
鼓動が激しくなる。
「大きな声は駄目。崩れるわ……」
俺の口を押さえたまま、リターナは顔を近づけて言った。
細くて冷たい、滑らかな指先の感触に、ますます心臓が早鐘を打つ。
薄暗い中、リターナの至極色の瞳の奥が玉虫色に揺らめいている。
内包する魔力が、光蘚の光に反応しているのだろう。
それは、しばらく時を忘れさせるほどに、美しい輝きだった。
「そんなに見つめないで、恥ずかしいから」
リターナの言葉で我に変えった。
「あ、ああ! ごめん! えっと、そうだ早く上に戻らないと……」
「ふふ、もう少しだけ楽しみたかったけど、早く行かなきゃクロネちゃんに怒られちゃうし……ね?」
そう言って、リターナが手を天に向け、
『自在光球』
と唱えると、小さな二つの光の球がくるくると螺旋を描きながら舞い上がり、目映い光を放った。
「おぉ! 明るい!」
「これで光源は確保」
くるっとリターナが振り返り、
「ここで待っててくれる?」と微笑む。
「え?」
次の瞬間、リターナの身体が消え一羽の黒い鳥が舞い上がった。
――変化?
嘘だろ?
リ、リターナの職能は一体……。
変化を使えるってことは賢者?
……い、いやまさか、流石にそれはないだろう。
四大貴族家出身の俺でさえ、賢者に会ったことなど一度もない。
最後の賢者と言われた、アルハザード・アヴドゥルが死んだのが170年前。
どこかで賢者が生まれれば、すぐに噂が聞こえてくるはずだが……。
「クライーン……クーラーイーン……」
――クロネの声だ!
ハッと我に返り、上を見上げる。
すると、上から一本のロープが垂れ下がってきた。
やった! これで上に戻れるぞ……。
ロープを引っ張って感触を確かめた後、ふと足下にリターナの着ていたローブがあるのに気付いた。
今、上はどういう状況なんだろうか……。
俺はローブを手に取り首に掛ける。
ふんわりと良い匂いに包まれながら、俺はひたすら上を目指した。
*
上に上がると、クロネが引き上げてくれた。
「ったく、クラインはそそっかしいわね」
「はは……ありがとう」
今回は何も言えないな……。
「あれ、リターナは?」
「向こうで待たせてる、ん」
クロネがリターナのローブを渡せと手を伸ばした。
「あ、ああ、はい」
「リターナが着替えるまでここで待ってて、覗いちゃ駄目だからね!」
「わかってるよ……」
薄闇の中をしばらく待っていると、二人が戻ってきた。
「ふふ、おかえりクライン」
「いや、ははは……」
「ほら、二人とも行くわよ」
洞窟を進むと開けた場所に出た。
円形に広がった空間の中央には泉があり、その中心に置かれた女神像の彫像が、天井に空いた穴から射し込んだ陽光に照らされ、美しく輝いていた。
泉の周りを囲むように、オレンジ色の花が咲いている。
「これは……すごいな」
「美しいわね……」
「ねぇ、見てみて、このお花。タタ爺のところに飾ってあったのと同じ」
クロネがオレンジ色の花を俺に見せた。
「本当だな、確かにあった気がする」
「あら……これを見て」
リターナが女神像を指さした。
「ん?」
見ると、女神像の足下に『我が剣は最愛の妻クローディアと共に ~タタ・W・ダンテリオン~』と彫られていた。
「これは……女神像ではなく、タタさんの奥様の彫像なのかもね」
「奥様を先に亡くされたのか……」
剣の道を志した者が、その剣を置くというのは並大抵の事ではない。
レベルキャップに到達したのならわからなくもないが、それでも、ある程度のレベルになった者は、生涯を通して剣の道を極めようとするものだ。
ましてやタタ爺の強さを考えれば、相当な剣士だったことは想像に難くない。
「病気だったのかな……」
クロネの耳がしょんぼりと下を向いている。
俺はそっと背中に手を置き、
「何か……きっと、どうしようもない理由があったんだよ」と声を掛けた。
*
洞窟を出て、竜の手綱を解きながら、
「仕方ないことなんだろうけど……、何だかやるせないよな」と俺はため息交じりに言う。
「何かできることないのかな……」
そう呟くクロネの肩に、リターナがそっと手を置いた。
「お土産持って、帰りにまた寄りましょう? タタさんもきっと喜ぶわ」
「……うん、そうだよね。よーし! もっと強くなってタタ爺をギャフンと言わさなきゃ!」
「「え?」」
クロネは竜に飛び乗ると、「行くよ!」と声を上げて竜の腹を蹴った。
勢いよく竜が走り出す。
「あ、おい! ったく、ほんと自由過ぎるだろ……」
「ふふ、さぁ、行きましょう?」
「ああ」
小さくなっていくクロネの背中を見ながら竜に乗り、俺はリターナと笑みを浮かべながら竜を走らせた。
それにしても……リターナは一体、何者なんだろうか。
横目で盗み見ていると、リターナがクスッと笑った。
俺は慌てて照れ笑いを浮かべて誤魔化した。
――今は考えないでおこう。
例えリターナが賢者だとしても、もうしばらくは……何も知らないままでいたい。
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