第四十八話 幼馴染、死す。<ユキ視点>
後日談でエピローグで、物語の終盤のこと。
私は彼と二人歩きながら話していた。
幸せも絶頂期、これから続くはずの未来にどれほど胸を躍らせていたか、よくかんがえてほしい。
『これからも私の彼女でいてね! ユージ!』
『ああ、好きだユキ』
ずっと結ばれたい人と結ばれた。
今まで自分が振り振られ、別れ別れられ……この時は幸せで忘れようとしていたこと。
どういう理由か私は彼が色々な子と付き合ったことを知っていて、その度に傷ついたことも覚えていた。
だからやっと私の番、私が幸せになる時間だった。
そうして私と彼と二人で口づけを交わした――
= =
「え」
そこで話は終わってしまった。
これからの二年生になった交際後の日々は?
たぶんあるはずな彼との結婚と、いつかは子供も授かっちゃったりして。
で、子育てとか仕事とかしながらも幸せな家庭を築いて老後を迎える――そんな未来設計まで私の中では出来ていたのに。
でも、残念だけどギャルゲーのヒロインというキャラクターはそういうものだった。
私も彼も、誰かが描いた物語の登場人物でしかなかったんだ。
夢から覚めたように、私は自分がギャルゲーのヒロインという架空の存在だったことを自覚する。
そのギャルゲーのストーリーには女の子の間の自分と男の子の間の彼との日々しか、そこには記録されていなかった。
あると思って疑わなかった続きは、未来は存在していなかったんだ。
「あぁ……」
また一人になる、ということ。
でもすべてを覚えている私は本当は知っていたことなのだと思う。
すべてを覚えているはずの私でも、彼と私じゃない子と結ばれた時間もすべて平等なこと――実際は一年間を繰り返してきたこと。
”その前”のことは知識や記憶でしかなく、”そのあと”はあったとしても後日談として「末永く幸せに暮らしました」程度のもの。
正しく、明確に、確実に表現されているのは私と彼とそれ以外の子とのそれぞれ一年間ずつだけ。
ふと気づくと目の前には映画館のスクリーンのような大画面があって、それからスタッフクレジットが流れ始める。
私の視界は固定されていて、そして体は身動き一つ取れない。
悲しいはずなのに、辛いはずなのに、世界の理不尽さを呪いたいはずなのに、それを上回る諦観・無気力さ。
どうにもならない、どうすることもできない、だからさっさと諦めた方が楽になれる――そう促されているようだった。
……ギャルゲーというものが出来るのには多くの人が関わってるんだなぁ、とか。
そういえばこんなことあったなぁ、あんなことあったなぁ、というクレジットの流れる横に映し出される回想シーンを見て思ったり。
なんてことを眺めながらエンドロールが終わり、目の前の画面はというとゲームはタイトル画面に戻っていた――私がヒロインで、彼が主人公だったギャルゲーのタイトル画面だった。
『はー……寝よ』
そうして”ゲームを終わる”の選択肢を”このゲームのプレイヤー”が押した時点で世界が終わる。
つまり、私というゲームのキャラクターでしかない存在は”セーブデータ”の中で静止する、行動も出来なければ思考も出来ず、私のすべての時が止まる。
”プレイヤー”がゲームを起動しない限り、永遠に止まったままの世界にいる私は――そこで死んでしまったかのようだったんだ。
私の心はゆっくりと着実に冷えていく。
時が止まってしまってからどれぐらい経ったんだろう。
ゲームを終えてから世界は真っ暗のまま、それでも私は眠ることも出来ず意識を持ち続けてる。
手足の感覚もあって、自分の顔に触れて人肌もあって、生きているのに死んでいるような今は苦痛でしかなかった。
たとえ生きていたとしても、ギャルゲーのヒロインという記号でしかない私に未来はなくて……思い描いた夢もデータでしかなくて。
「ユージ……」
ユージはどうしているのだろう。
私の家族だった人たちも、友人たちも……ほかの子たちも、今はどうしているのだろう?
みんなこんな感じに一人で暗闇の世界にいるのかな? 同じ場所にいさせてくれたっていいのにね。
この時が終わる日が来るのかな、ふっと意識が途切れて私が終わる日が来るのかな――死ねる日は来るのかな。
ああ、ユージと一緒に死ねたら良かったのに。
キャラクターだった頃の設定の優等生っぽさは残っていて、ついみんなを心配する風をしてしまったけど。
実のところ、今の私にとってユージ以外割とどうでもよかった。
だから未来がないのなら二人で終わりに出来たら良かったのに。
なんだか、悔しいな。
真っ暗の世界はいきなり終わった。
声の主はにこにことして小さく手を振る白いドレスに身を包んだ女性。
『ようこそー』『どうもどうも……私は、そう女神アイシアです☆』
スポットライトのような光に照らされる私と、目の前にいる謎の女性が今の世界。
彼女は銀髪で赤い目をして高校生女子だった私と同じぐらいの容姿をしていた、そんな彼女は”女神アイシア”と名乗る。
「ここは……」
色々聞きたいことがあった気がした、けどだいぶどうでも良くなってしまった。
それでも”たった一つのこと”の為に情報を探ろうとするものの――
『まぁそれは重要じゃないのでいいとして。転生決定おめでとうございます!』
「え、ええ……」
あっさりと私の疑問は切り捨てられてしまう、それでも確認したい情報の一つにあった私が”死んでしまった”状態なのを再確認した。
加えて彼女『”あの世界”の住人は誰かに思い出してもらわない限り死んだままだね』とも話す。
女神だからか分からないけど、私がゲームのキャラクターの一人であることを認識しているようだった。
え……”転生決定おめでとうございます”?
『ということで! ギャルゲーの実質メインヒロイン、最後の選択肢として生涯を全うしたあなたにワンチャンス!』
そんなことよりも、なによりも本当のところ私は彼女に聞きたいことがあった、女神様なら知っているかもしれないであろうこと。
それを聞かないと私にとっての転生なんて意味がないことだったから――
「ユージは、どこにいるんですか」
本名は上総ユージローだけど、女神様ならそんなことぐらいなら分かるはずと思った。
ここはどこで、私がどういう状態で、そして――彼が、ユージが今はどうしていているのか。
『……いるよ、あなたが転生する予定の世界に』
「っ! 良かったです」
私が転生する予定の世界にユージがいる……!
それが聞けただけで良かった、本当に良かった、たったそれだけで私にとっての”転生”が”生きること”の意味があるのがわかる。
それなら未来の無い世界で一緒に死ぬより、次の世界で一緒に生きられる方が良いに決まってる。
ああ、よかった来世でもユージに会えるんだ――
『妙に冷静だよね、君。どうして?』
そう言われてもあんまりそう意識したことはなかった。
ただ全部思い出した今はもしかしたら冷めているのかもしれない、ユージへの気持ちは昔のままだけどそれ以外への関心はあまり持てなかった。
「私、覚えちゃってるんです。これまでのこと」「だからユージが、色んな女の子と付き合ってた記憶も。創作世界の、そのギャルゲーというものなら納得だなぁって」
というかメインヒロインとか言われてもピンとこない、たぶん最も優れた五人みたいなニュアンスというか同率一位みたいな。
私がギャルゲーのヒロインだと認識するのは早かったけど、もうそう認識出来なかったらユージ結構な色男になっちゃうし、それはちょっとあんまりね。
毎回別の存在に近い、違う彼が色んな女の子と行き合っていたというのなら、仕方ない……うん、仕方ないこと。
「それで死んだ私が女神様の力で今度はどこかに転生するって、ことでいいですよね」
文字通り捉えればそういうことになる。
ただこの時までにどうして私なんかを女神様が呼び出したのか、についてもう少し考えるべきだったと思えて。
そしてこの時の女神様の顔が――にこにこ顔を崩さないながらも、どこか面白くなさそうな物言いで、どこか異様な雰囲気を出していたこと、色々な違和感の正体に気づくべきで。
……いや考えて、気づいただけでもどうしようもなかったのかもしれない。
『そーですか。では話が早いですね、面倒なので色々こちらも省くとして。あなたには勇者として転生――出来ません。というのも定員が一杯なんで』
え?
そもそも私は勇者に転生予定だったのとか、どれはどうでもよくて。
じゃあ”何に”私は転生するの? となるわけで。
『実は私女神だけでなく――あくまで魔女も兼任してるんだよね』
それってどういう――
『さあ! 次の世界であなたにやってもらう役柄は”幼馴染”なんかじゃありません』
幼馴染なんかじゃない……?
『魔王です!』
魔王……魔王!?
それって魔族の王ってことで、人類に対するなら敵のボスってこと?
『それで言ったよね? 転生先には、あなたの幼馴染で思い人で恋人だった――ユージローという御方がいるって』
彼女の言った”幼馴染なんかじゃない”というところ、嫌な予感がする。
『ユージローさんが勇者として活躍するあの世界はとびきり強い人もいるので、いっそ最強設定にして送り出してあげます』
「えっ」
ユージが勇者としている世界に魔王として転生……!?
ちょっと待って、それは待って!
『いやあ! これでかつての思い人とは勇者と魔王の敵同士! それも圧倒的な力量差を持ったまま!』『転生後あなたと彼は殺し合う関係になることでしょう!』
「そんな……!」
転生して一緒に過ごしたかっただけ、それがそんなに良くなかったのだろうか。
高望みしすぎたんだろうか。
内心で私とユージ以外どうでもいいなんて思ってしまったから罰が当たってしまったのだろうか。
『そして女神権限で、あなたの”完全記憶能力”は封印させてもらうからね』
「やめ、やめて……!」
畳みかけるように彼女は私を追い詰める。
記憶を封印するのなら私のこの思いも消えて――
『あ、でも”裏技コード”で曖昧だけど、その人への思いに関しては残しておくね! 誰かもわからない相手が無性に気になるあの感じ!』
「もうやめて!」
『その思いの強さが、魔王として生まれたあなたにはどう作用するのか――楽しみだなぁ』
どうして私はそうなるんだろう。
どうして彼女は私にそこまでするのだろう。
前世で彼女に私は何かしたのだろうか……心当たりがないところが、見透かされてここまでされる原因を形作っているのだろうか。
それにしたって、それにしたって――
『それでは行ってらっしゃい――様もとい魔王様♪ せいぜい思い人ごと世界を滅ぼさないように気を付けてくださいね♪』
こんなことになるなら私一人で死んだほうがマシだったね。
ごめんね、ユージ。
そうして彼女は私を送り出される、大好きだったあの人に対する敵として。
何もかもを忘れて、そして秘めたる思いだけが――反転する。
「いやああああああああああああああ」
そうして私は魔王の娘に転生する。
お久しぶりです、とりあえず最新話を書いてみました。
次の更新は早めに出来るようにがんばります。




