第四十九話 呪(のろい)語<アイシア視点>
「やぁ。新魔王の篠文由紀さん」
滅んだ世界の地上の破片に座り込んでいたのは、かつて私が魔女として送り出した転生者だった。
私が破滅した原因、そして私の前任者たちの悪行が芋づる式にバレた理由の一つ。
そもそもの元凶は私に違いない、出来る範囲で彼女を最強設定にしたのは相違なかった。
でも彼女は転生後に強くなりすぎた、魔族適正が高すぎた、そして――彼への思いが強すぎた。
「…………」
声をかけても顔をあげる素振りもなければ、反応のひとつもない。
膝を抱えて座り俯いて、砕けかけた地上の地面を虚ろな瞳で見つめている。
私なんかに興味がないのか、それともすべてに興味を失くしてしまったのか。
ただ無視されているだけなのは面白くない、どうにかしてでも反応を引き出したい。
そう考えた私は、彼女の執着していた彼のことを持ち出すことにした。
「ユージローさんとは会えた?」
「っ!」
明確な反応。
顔を起こし、立ち上がり、私に視線を向けたことでこちらに関心が向いたことがわかる、そして彼女の先ほどまで虚ろだった瞳には――
「ユージを知ってるの!?」
「知ってるよ。というか私のこと覚えてない? 一応この世界にあなたを送り込んだ者だけど」
「……? あっ! 私をこの世界に転生させるとか言ってた魔女!」
「どうも、アイシアです」
「そう、だったかも。ええと、改めてユキです」
そうしてここに来て彼女と再会を果たす、こう話している分には普通の女の子という印象でしかなくて。
きっと転生後の彼女への印象も同じ感想を抱くものも多かっただろうと思う――表面上は。
「っ! それでユージのことを知ってるなら教えて、今どうしてる!? この世界にいる!? 生きてるの!?」
彼の身を案じ次々と飛び出す質問の数々、ただそれが私は――面白くなかった?
……うん? なんでだろう? 私らしくないな、それにこんな風に世界を滅ぼすまでやらかすのは私らしくない、もっとうまくやれていたのだから。
「私はこの世界でユージを探したんだよ! この壊れた世界を気が遠くなるぐらいに探したよ! それでも見つからなかったんだよ!」
熱量を帯びた、想いのこもった言葉が私に刺さる……本当になんでこんなにイライラするんだろう。
彼女が彼のことを想っているだけで、どうして苛立ちを覚えるのだろう。
「もし……会えたらどうする?」
「え? それは決まってるよ――」
私の質問は興味本位だった、そして彼女の真意を確かめる為だった。
彼女が転生してから経過観察をしていて、世界が滅ぶのをこの目で見た私は、彼女が何を思って行動したかもわかっているつもりだった。
わかっているからこそ、私は確認する必要があった――
「この手で殺してあげるんだ」
ああ、よかった。
ちゃんと私の”呪い”は一応機能していた。
「ユージのやつ私が100年以上待っても来ないからさー」
「100年も待たせるなんて罪な男だね」
「ほんとだよ! ちゃんと会って私の手で葬ってたげたかったのに! しょうがないからユージだけが生き残ればいいからって世界滅ぼしちゃったじゃん!」
無謀な賭けも甚だしいと思う、でもそれだけ彼女はユージのことを信頼していたのだろう。
ただ彼女は考えもしなかったのだと思う、少なくともこの世界での彼は凡庸な一人の人間でしかなかったこと、いくら勇者特権で蘇生出来たとしても世界ごと滅ぼされては生き残ることも出来なかったということ。
「ユージを殺す為に私は強くなったんだから! それで、ユージはどこ!? 今すぐ会いたい!」
彼女の想いは反転している。
前世彼を愛してやまなかった彼女に私を呪いをかけて、彼への愛を「怒り」へ「憎しみ」へ「殺意」へと置き換えた。
愛を糧に転生するはずだった彼女を負の感情を以て転生させ、歪んだ感情が彼女を強くした……強くしすぎた。
私の呪いはちゃんと作用している、前世であれだけ好きだった人を殺そうとしている。
狙い通りのはずなのに私はやっぱり面白くない、ただその意味がわからない。
「ユージローさんは死んだよ。よかったね、君が世界を滅ぼしたからユージローさんも死んだよ」
私は半ば投げやり気味に真実を伝えた。
実際世界が滅んだあと、認識出来た生物反応は元ギャルゲーヒロインにして転生者で魔王の娘にしてこの世界最後の魔王こと篠文由紀だけだった。
彼女ほど彼が強くなれたなら彼だけは生き残れた可能性はあったかもしれない、ただそれには時間も経験も足りなかった。
「……っ! そ、そうなんだ」
「嬉しい?」
「嬉しい! いやぁほんとはこの手で殺したかったんだけどね、私が世界を滅ぼしたことで死んじゃったのなら殺したも同然、うん!」
「……そう」
言葉だけなら嬉々として語っているようにしか見えない、異常なことを喋りつつけているようにしかみえない。
ただ話す度に私は気分が悪くなっていく。
いや私の行動が間違ったとは思っていない、思った通りのことを彼女は口に出している、それでいいはずなのに。
「……じゃあ、なんで泣いてるの?」
「え?」
そう、彼女は私が彼の名前を出した時から涙を流し続けていた。
嬉しそうに語りながら、時には笑いながら、怒りながらも涙だけは流れ続けて目は真っ赤になっていた。
感情と言葉と思考は一致しているはずで、それなのに身体だけが悲しみを訴えているかのように見えてならなかった。
「あれ、おかしいな。嬉しいことのはずなのにな、あんなに憎い人を殺せて幸せなはずなのにな」
私の彼女にかけた呪いは不十分だった。
――彼女は殺意を抱いているはずの彼の幼馴染でいようとしている、それが私はとても気に食わない。
「ああああああああ」
ついに決壊する、言葉を紡ぐ余裕もなく知らない感情に押し流されるように彼女は泣き続けた。
……それにしても、どうしてこんなに彼女のことが気に食わないのだろう、どうして私は彼女篠文由紀のことが嫌いなのだろう?
というか私は――どうしてユージローのことが気になっているのだろう?
転生前に会ったわけでもない、ユージローのことは知らないはずだった。
ユージローを想っている、そしてユージローも妹のミユほどじゃないけど彼女のことを想っているのが、なぜか私は嫌だった。
もっと言えばユージローのことを好きな転生者・転生者候補が嫌いだった、だから中原蒼もモンスターに転生させてユージローに倒させる……はずだった。
でも結局はユージローへの想いを持って、そしてこの世界でも彼に中原蒼は攻略された……それも嫌だった。
何十年差の転生でようやく出会えてユージローと楽しそうにする姫城舞も許せなかった。
……そこまで思った理由、私の感情の意味が分からない、理解ができない、だから疑ってしまう――もしかして、私も”呪い”のかかった側だったとしたら?
そんなことはないはずだ、相手が思い浮かばないのだから。
「……」
ついに泣き続ける座り込んだ彼女の横に私も座り込む。
私の疑問も解けそうになかった。
どれぐらいの時間か日か月か年か、彼女は泣き続けた。
それでも時間が解決したのかもしれない、いよいよ泣き止んだ彼女はぽつぽつ言葉を漏らす。
「なんで私はユージのことが嫌いで、憎くて、殺したくて仕方ないんだろう」
「さあね」
そこで会話が途切れて、数日が経つ。
私が反転させたことで置き換わった感情への疑問、しかし彼女特有の”完全記憶能力”も封じているのでその理由も思い出さないはずだ。
だから認識としては「殺したい相手のいる世界に魔王の娘として転生させた」ことになっているはずだった。
それから二人しかいない世界だからこそ何もすることのない私たちは、彼女と数日置きに何かを話した気がした、私からかもしれないし彼女からだったかもしれない。
彼女の魔王の頃の話だとか、私の魔女としての話だとか、女神としての話だとか、その中での話題の一つだったのかもしれない、特に印象的でもないので覚えていない、時間を凌いだだけの印象しか残っていない。
「ちょっと思い出したことがあるんだけどさ」
「なに?」
特に仲がいいわけでもない、むしろ私は一方的に理不尽にも嫌っている彼女相手に永遠の暇をやり過ごす為の一会話でしかないはずだった――
「私、前世ギャルゲーのヒロインだった……のかも?」
「っ!」
私のかけた呪いの一つ彼女の”完全記憶能力”の封印が溶けかかっている……? 確かに私の天界人としての能力がはく奪されたのだから、効果がなくなったからかもしれない。
なら私のかけたもう一つの想いが反転したままなのはどうしてだろう?
「ふとした時にエンディングを見たんだよ、それでちょっと思い出したことがあるんだ」
そして彼以外への関心も執着もなかったはずの彼女が私という個体、初めて少しでも意識を向けたかもしれない。
「アイシアって名前の子がゲームの中にいたし、エンディングのテロップにもいたんだよ。で、アイシアそっくり」
あまりに突拍子のないことで、彼女としても世間話の延長線上で大した意味などなかったかもしれなくとも、私はそれを聞き逃すことは出来なかった。
「え……?」
私が……ギャルゲーにいた……!?
いや、でも、他人の空似かもしれない、名前がたまたま一致しただけかもしれない、偶然に違いない。
「金髪留学生と一緒にいてさ、金髪留学生の方はオルリス? って言ってギャルゲーのヒロインだったと思う」
「っ」
別人のはずなのに、聞いているだけで何故か胸がざわつく、居心地が悪い、冷や汗が止まらない。
「アイシアはそれを隣で見た的なキャラクター、でもなんとなくだけど」
「ちょ」
それ以上、それ以上言うな、私に関係ない人間の話でもそれ以上――
「私がいたギャルゲーに出てきたアイシアはユージのこと好きだったんじゃないかな」
元天界人だからこそ呼吸をしなくてもいいはずなのに、病気だってしないはずなのに。
一瞬息ができなくなって、胸が痛むような錯覚――
「オルリスが好きな相手だからって諦めてたように見えたかな」
トドメだったと思う。
オルリスは後輩女神だったはずだ、そこまで関わりのなかったけど私の後任になったらしい、だけでその名前がどうして出てくるのか。
『私はヒロインになりたかったんだよ、ユーさん』
覚えてないはずの、知らないはずの、私の記憶のようなものが一瞬脳裏をよぎる。
それ以外蘇ることもない、思い出すわけでもない、なのにどうしてここまで衝撃を受けてしまうのか。
ユーさんって誰だ、私の声でその名前を呼んでいる、そして目の前にいた人の顔はそのままユージローさんだ、あれおかしいな……。
そのあと彼女が「あ、関係ない話長々としてごめんね。話してたらやっぱ面と向かってユージ殺したかったなぁ……」などと言ってまた泣き出したのを聞く余裕もなく、思わず目を瞑り目の前が真っ暗にして逃避した。
ここまで自分がねじ曲がってしまったのは何故なのか、誰のせいか。
私の感情はどこから突き動かされていた? 誰に影響を受けていた?
私は、何者だ?
「…………え」
ちょっとした時間差だったのだろう、”私に似た誰か”のことを思い出したのもついでのことで、彼女が本当のことをすべて思い出すまで時間はかからなかった。
「私……え……ユージのこと嫌い……えっ……そんな、わけ、ないのに……どうして……なんで……」
私が篠文由紀にかけた呪いが解ける、反転していた想いは元に戻り現状を改めて認識するようになる。
「私が世界を滅ぼした……ユージを殺した……?」
彼女は涙を流し続けながら思わず手で真っ青な顔を覆う、粗い呼吸が言葉に混ざりはじめた。
絶望するかつての魔王であり彼の幼馴染にして彼女だった篠文由紀を横に見る。
私はこれが見たかったんじゃないか、この表情を期待して転生させたんじゃないか、なのにどうして気分がちっとも良くないのか。
「どうして……なんで、なんで!? いやああああああああああああああっっっ!」
絶望と後悔が入り混じった彼女の絶叫が世界に響き渡る。
それから彼女は私に激昂し――なかった、それより先に自分の魔法を以て自殺を図ろうとした。
しかし強くなりすぎた彼女は自分を殺すには至らず、私に致命傷を与えることもなく、巨大魔法によって完全に砕けきった地上が粉みじんになって、地面を失った私と彼女は落ちていく。
終わってしまった終わりのない世界を永遠に落ち続ける。
そこで彼女とははぐれてしまった、二度と会えないだろうし、私と彼女は二度と死ぬことも出来ないのだろう。
そうしてこの世界の私と彼女はお互いを視認できなくなったまま、一人無限の時を何もない空間で生き続けることになった。
「どこで私は間違えた……?」




