第十一話 転生しちゃった。<ミユ視点>
私、上総ミユ。
異世界に転生したら割と強い魔術師になっちゃいました。
「女の子だからこっちー」
『ぷる』
私は今自分の実の兄と、異世界生活をのんびり満喫してる。
本当はもっと魔法ドバーン! ドカーン! バビューン! とかやりたいけど――お兄ちゃんが一緒じゃないと意味ないもんね。
「わ、もう一回り大きくなった……湯気も美味しいのかな?」
『きゅる』
ユウ兄が初めて倒す――はずだった、スライムが仲間になった。
地道にアルバイトをして経験値を稼いでレベルを上げたユウ兄初めてのバトルだったけど……この子が仲間にならなかったら危なかったし。
大体ユウ兄は前から無理する性格が直ってない!
……今じゃ私の方が強いんだから、無理しないでほしいのになあ。
「スラスラはシャンプーする?」
『ぷるぷる』
飛び跳ねてシャンプーの泡から遠ざかる、洗顔料みたいなのはダメなのかな。
そう、私とスラスラは一緒にこの町の公衆浴場に入っている。
異世界に転生してきた人が普及させたらしいけど、ちょーいい仕事だよね……ほんと湯船に浸かれるのはありがたいよねー……。
そうして私は大体の身体を洗い終えて、いざ湯船につかる!
「はぁ~」
『ぷるる』
スラスラは湯船の淵でぷるぷると踊っている、かわいい。
「それにしても、まさか兄妹で異世界に来るなんてなあ」
異世界に来たことは驚いたけどちょっと嬉しいし――私の本当の願いが叶ったことが嬉しくて仕方なかった。
だって私は強い魔術師なんかより――
== ==
私はヒロインになれるはずなかった。
だって私は――お兄ちゃんの、ユージローの、主人公の妹だったから。
私の役回りは本来ならば、主人公の妹……たったそれだけで、主人公には妹がいるという設定の為の存在。
たまには本筋には影響しない程度に、ブラコンっぽい性格を生かして女の子にモテているお兄ちゃんの存在を引きたてる、そんなお兄ちゃんの家族風景を描写する為の存在でしかなくて。
それに――私だって、お兄ちゃんを、ユウ兄を好きになるなんてことなるはずなかったのだから。
確かにユウ兄が女の子にモテるのはなんだか面白くなかった。
でもそれは、自分の良く知る上でそこまで完璧でもない兄が、私と違ってモテモテなことへの嫉妬だっただけで。
お兄ちゃんのことを好きになるなんてこと、本当なくて。
でも、好きになっちゃった。
好きになっちゃいけないはずなのになっちゃった。
がんばるお兄ちゃんを見て、私のことを好いてくれるお兄ちゃんを見て、好きになっちゃった。
――そんなシナリオ用意されてなかったのにね。
『ミユ、俺はお前が好きだ』
『……ユウ兄っ』
『俺の本当に好きなのはお前だった――には悪いが、俺は自分に嘘はつけない!』
そう、ユウ兄はとあるギャルゲーのルートにおいて。
攻略中だったヒロインの女の子をほっぽり出して、私に告白をしてしまった。
『でも私たち……兄妹だよ?』
『そんなの知るか、妹だろうが好きになったんだからしょうがないだろ!』
『無茶苦茶だよ……』
『……とにかく、俺の気持を知ってほしかった。じゃあな――』
本当ならこのあとユウ兄は、そのヒロインと駆け落ちするはずで。
この家を去るからと言いたいことを言ったわけで――
そんなの、ズルいじゃん!
『言い逃げなんて、ダメだよユウ兄』
『ミユ……?』
『私も……好き、本当は好きだったけど、兄妹だったから、しょうがないから、だから諦めてたのに――私もユウ兄が好き!』
こうして私たちはギャルゲーのデータに存在するシナリオデータを無視し、プログラムでさえも書き換えて……ほんのひとときの間結ばれた。
でも、イレギュラーな事態だけに私たちの愛を確かめ合ったあとに物語などあるはずもなく――バグという形でそのギャルゲーは強制終了したのだった。
そうして、そんな私たちが自分をギャルゲーの一キャラクターだと知るのは――ゲーム攻略後のスタッフクレジットが流れてる頃のこと。
* *
「ようこそー」
「……えっ」
私は気づくと暗い部屋の中で、一部分だけがスポットライトで照らされた場所にいた。
「どもども、女神さまアイシアです」
「女神さま……?」
と言って自分で拍手をしている――銀髪灼眼の美少女がそこにはいて、喋りの雰囲気抜きにすれば天使かと思うぐらいで。
「なんとなくくじ引きであなたが新しい転生者に決まりました、拍手~」
「て、転生者?」
「うんうん。ギャルゲーのサブキャラクターとして生涯を全うしたあなたに、ワンチャンス! ということで」
「生涯を全うした……」
私は思い出していたんだ。
私が、ユウ兄の妹で、そんなユウ兄は――ギャルゲーの主人公で、私はその妹で。
そんなギャルゲーという世界のサブキャラクターでしかないのが私だったはずで。
そしてプレイヤーがこのギャルゲーをクリアしたことで、ユウ兄ともども私たちは――死んだ扱いになる。
もう開かれることのない私たちのゲーム画面、同じように私たちが喋ることももうなくなったはずで。
事実上死んだ私が、どういうわけか転生出来るってこと……?
「うーん、ちょっと人手不足してるのは異世界方面だけど。現代方面もちょっとあやしいなー、よし現代方面にしよう」
「あの……ユウ兄は!」
「ユウニイ? 問い合わせばわかるかもしれないけど、今はちょっとわかんない。ごめんね」
「そ、そですか……」
ユウ兄は今どうしているのだろう、今もゲームの世界で死んだままなのかな。
それは――いやだな。
だから私みたいに転生してくれたらいいな、と祈る。
「あなたには現代に転生して、蔓延る悪を倒してもらいたいと思います!」
「悪を倒す?」
「現代には認識されてないだけで魑魅魍魎から、単純な悪の心を持った人間までなんでもあれ! 転生先としては十分人手不足なんだよね」
「は、はぁ」
転生ってことは、ギャルゲーのサブキャラでしかなかった私が本当の人間になれるってこと……なんだ。
「そこで、転生特典というものを進呈しようかと。何か希望はあるかな?」
「希望かぁ」
「なんでもいいよ、女神さまにまかせなさーい」
……この女神さまが私の兄を知っていなさそう、ということはユウ兄はたぶん現代には居ないのかな。
そっかぁ、でもしょうがないよね、私たち死んじゃったんだもんね……選べない、もんね。
「じゃあ、強い魔法使い・魔術みたいのになりたい……かな」
本当はユウ兄と一緒にいたい、ユウ兄と一緒にまた生きたい――ユウ兄と今度こそ生まれ変わって恋したい。
「なるほどなるほど女神さまには願いはお見通し、願いを叶えましょうとも! それでは行って――」
「え」
たぶん女神さまが私を現代に送ろうとしたその時、すんでの差で私の身体が光はじめ――
「え、ええええ――」
私は消えてなくなった。
* *
――そのあとミユが知らずに女神さまが呟いていたのは。
「あらー、後輩に先越されちゃったかー。まぁ後でちょっとからかってやろー」
その後輩とはきっと女神オルリスのことなのだろう、ご愁傷さまで。
「まぁ、心から願ってもいないことを女神さま叶えないのですよ――だから結果オーライ?」
まるで彼女は本当にミユの心を見透かしたように。
「あー(棒) 転生特典は言われたものもあげてしまったー、これはやってしまったなー(棒)」
わざとやったような口ぶりで――
「それも後輩のせいにしちゃお」
天使なのに小悪魔的に微笑み、割とゲスいことを呟くのだった。




