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第二十一話 一日の終わり

第二十一話です。


平吉は、相模屋で初めて朝から夕方まで店に立つことになります。


半日なら保てた集中も、一日となれば話は別。

店には、朝の顔、昼の顔、夕方の顔があります。


江戸の店の一日を通して、平吉が何を見て、何を取りこぼすのか。

今回は、相模屋の中で少しずつ削られていく平吉の一日です。

平吉は、相模屋の暖簾が上がるのを見ていた。


今日から半日ではない。


朝から夕方まで。


宗兵衛は、昨日そう言った。


三日、通いで見る。

飯は昼に残りを出す。

銭は出さない。

寝床も出さない。


それでも、平吉にとっては大きかった。


江戸に来てから、初めて一日を預ける場所ができた。


昨日までは、半日だった。


半日なら、腹が減っても我慢できる。

足が痛くても、終わりが見える。

失敗しても、日が暮れる前には店を出る。


けれど今日は違う。


朝から夕方まで。


江戸の店の一日を、最初から最後まで見る。


嬉しさもあった。


しかし、それより強いのは怖さだった。


半日だけなら隠せた粗が、一日では隠せない。


疲れた後に雑になるかを見る。


利助の言葉が胸に残っている。


平吉は、自分の手を見た。


昨日、一文を見た手。

木箱を運んだ手。

針の包みを置いた手。


今日は、その手が夕方まで持つかを見られる。


暖簾が上がった。


利助が平吉を見る。


「入れ」


「はい」


平吉は、相模屋の店先へ入った。



朝の仕事は、昨日よりも少しだけ早くできた。


針は小棚の上。

糸は下の段。

油紙は奥。

木綿針と絹針は混ぜない。


品の位置は、まだ全部は覚えられない。


だが、昨日よりは手が迷わない。


客が入る前に、店先の通り道を見た。


木箱が客の足にかからないか。

紙包みが袖に触れないか。

子どもの手が届く場所に針がないか。

定吉の走る道を塞いでいないか。


昨日まで、店先はただの店先だった。


今は、道に見える。


客の道。

定吉の道。

利助の道。

品が奥から表へ出る道。

銭が客の手から帳場へ行く道。


店にも道がある。


その道を塞がないことが、まず平吉の仕事だった。


利助が横から言った。


「朝は悪くない」


「はい」


「朝だけなら、誰でも少しは動ける」


「はい」


「昼を過ぎてから見ろ」


平吉は息を呑んだ。


朝に褒められたわけではなかった。


本番は、疲れてから。


平吉は、深く頷いた。



午前中、相模屋は忙しかった。


女客が針を買う。

若い男が紐を選ぶ。

年寄りが油紙を求める。

子ども連れの女が手ぬぐいを見る。


平吉は、昨日より少しだけ先に動けた。


ただし、勝手には動かない。


「こちら、寄せますか」


「木箱、奥へ回しますか」


「油紙、出しますか」


短く聞く。


利助が頷いた時だけ動く。


定吉が走る道に、荷が出ていればどかす。

客が帰った後の手ぬぐいは、利助に確認してから畳む。

針の包みは、子どもの手が届かない場所へ戻す。


小さなことばかりだった。


だが、その小さなことが重なると、利助の手が少し空く。


定吉が一度、平吉を見て言った。


「今日はちょっとましだな」


平吉は返事に迷った。


「ありがとうございます」


定吉は口を曲げた。


「褒めたわけじゃねえよ」


「はい」


「はいじゃなくて、そこ、糸が少しずれてる」


平吉は慌てて糸の包みを直した。


定吉は小さい。


だが、よく見ている。


平吉より店を知っている。


年ではない。

使えるかどうか。


平吉はそれを何度も思った。



昼前、宗兵衛が帳場から声をかけた。


「平吉」


「はい」


「これを利助へ」


帳場の横に、小さな木札が置かれていた。


品の控えらしい。


平吉は両手で受け取った。


木札には字が書かれている。


ほとんど読めない。


だが、数字らしい印は少し見えた。


一。

二。

十。


読みたい。


何が書いてあるのか知りたい。


だが、今は読む時ではない。


利助に渡すために預かったものだ。


平吉は木札を見つめすぎないようにして、利助へ持っていった。


「宗兵衛さんからです」


利助が受け取る。


「途中で読もうとしたか」


平吉の胸が跳ねた。


「読めません」


「読めるかどうかではない。読もうとしたか」


平吉は少し黙った。


「見たいとは思いました」


正直に言った。


利助は木札を腰に差した。


「預かったものは、まず届けろ」


「はい」


「読めるようになっても、勝手に読むな」


平吉は顔を上げた。


「はい」


「帳面や控えは、読める者ほど危ない。読めるから、見たくなる」


その言葉は、平吉の胸に刺さった。


字を読めるようになりたい。


帳面を読めるようになりたい。


それは、平吉の願いだった。


けれど、読めることと、読んでよいことは違う。


清次の控え。

宗兵衛の帳面。

客の包み。

店の木札。


すべて、文字がある。


だが、それを勝手に読む者は信用されない。


平吉は頭を下げた。


「覚えます」


「覚えるだけなら駄目だ」


利助は言った。


「手が伸びる前に止めろ」


「はい」


平吉は、自分の手を見た。


字が読めない今でも、見たいと思った。


読めるようになったら、もっと見たくなるのだろう。


文字は力だ。


しかし、力は持ち方を間違えれば、人の懐へ手を入れるのと同じになる。


平吉は、少し怖くなった。



昼になると、宗兵衛が奥から包みを出した。


「食え」


相模屋の残り飯だった。


昨日より少し多い。


白い飯ではない。

粟も混じっている。

冷えている。

だが、腹には十分だった。


平吉は店の裏手で、定吉と並んで食べた。


定吉は平吉の包みをちらりと見た。


「今日は多いじゃん」


「昨日よりは」


「昨日、客を怒らせかけたから少なかったんだろ」


平吉は言葉に詰まった。


「うん」


「うんじゃなくて、はい」


「はい」


定吉は少し得意そうに飯を食べた。


「相模屋は、失敗すると飯に出る」


「いつも?」


「だいたい」


「定吉も?」


定吉はむっとした。


「俺はもう失敗しねえ」


たぶん嘘だ。


だが、平吉は何も言わなかった。


定吉は飯を口に入れながら言った。


「最初の頃、俺は油紙と薄紙を何度も間違えた」


「似てるから?」


「似てるけど、触ると違う。なのに見た目で取った」


定吉は顔をしかめた。


「利助さんに、目だけで仕事をするなって言われた」


「目だけ」


「手でも覚えろって」


平吉は飯を噛みながら考えた。


目で見る。

耳で聞く。

手で覚える。


店の仕事は、体全部を使うのだ。


定吉は続けた。


「でも、触りすぎると怒られる」


平吉は思わず笑いそうになった。


定吉も少し笑った。


「難しいだろ」


「難しい」


「だから、俺の方が上だからな」


「はい」


「そこは、はいでいい」


平吉は少し笑った。


江戸に来て初めて、同じ年に近い者と少しだけ笑った気がした。


だが、その笑いも長くは続かなかった。


利助の声が飛ぶ。


「定吉、平吉。飯を食ったらすぐ戻れ。昼の後が雑になる」


「はい!」


二人の声が重なった。



昼の後、平吉はすぐに利助の言葉の意味を知った。


腹が少し満ちると、体が重くなる。


朝から立ち続け、荷を運び、品を見て、声を聞いていた疲れが出てくる。


足の豆も痛む。


腕も重い。


頭の中の店の道が、少しぼやける。


午前中は見えていた針と糸の位置が、一瞬わからなくなる。


油紙を出す時、奥の薄紙へ手が伸びかけた。


定吉の声が飛んだ。


「違う!」


平吉は手を止めた。


油紙は奥の右。

薄紙は左。


危なかった。


利助が見ていた。


「昼の後だ」


「はい」


「腹が入ると、頭が寝る」


「はい」


「その時に、手が勝手に動く。勝手に動いた手が間違える」


平吉は頭を下げた。


「すみません」


「謝るより、起こせ」


「起こす?」


「頭を」


利助は自分のこめかみを指した。


「声に出さず、順に言え。油紙は右。薄紙は左。針は上。糸は下。自分で自分を起こせ」


平吉は頷いた。


「はい」


それから平吉は、心の中で何度も唱えた。


油紙は右。

薄紙は左。

針は上。

糸は下。

客の道。

定吉の道。

利助の手。


昼の後は、朝より危ない。


朝は気持ちが張っている。

昼の後は、気持ちが緩む。


緩んだ時に、雑さが出る。


利助が見ているのは、そこだった。



午後、店に年配の男が来た。


手ぬぐいと油紙を買いに来たらしい。


利助が別の客に応じていたため、定吉が品を出す。


平吉は横で包みの紙を準備した。


男は少し急いでいるようだった。


「早くしてくれ」


定吉の手が少し焦る。


平吉もつられて焦りそうになる。


早く。


早く。


その言葉は、人の手を乱す。


定吉が油紙を取る。


平吉が包み紙を出す。


その時、平吉は見た。


定吉が取ったのは、油紙ではなく薄紙だった。


昼の後、平吉が間違えかけたものと同じだ。


「違う」


言いそうになった。


だが、昨日のことがある。


大きな声を出せば、客を驚かせる。


定吉を客の前で責めることにもなる。


平吉は、定吉の横へ一歩寄り、小さく言った。


「定吉、右」


定吉の手が止まる。


一瞬、むっとした顔をした。


だが、すぐに気づいた。


油紙は右。


定吉は何も言わず、右の油紙を取り直した。


客は気づかなかった。


利助は、別の客と話しながら、こちらを見ていた。


平吉は心臓が鳴っていた。


今のは、よかったのか。


余計なことだったのか。


定吉は客に品を渡し終えると、平吉の横を通りながら小さく言った。


「今のは、助かった」


平吉は驚いた。


「うん」


定吉が睨む。


平吉は慌てて言い直した。


「はい」


定吉は小さく笑って、奥へ走った。


平吉の胸が少し温かくなった。


人を助ける時も、声の出し方がある。


正しいことを、相手が受け取れる形にする。


昨日、宗兵衛に言われたことだ。


少しだけ、できたのかもしれない。



しかし、すぐ次に失敗した。


木箱を奥へ運ぶ時だった。


昼を過ぎ、腕が重くなっていた。


木箱は小さいが、ずっしりしている。


平吉は角を見ていた。


壁に当てないように。

客の前を横切らないように。


そのことばかり考えていた。


足元の小さな段差を見落とした。


つまずく。


木箱が揺れた。


落としはしなかった。


だが、中で品がかすかに音を立てた。


利助がすぐに来る。


「止まれ」


平吉は固まった。


利助が木箱を受け取り、中を確認する。


小さな櫛がいくつか入っていた。


一本、位置がずれている。


割れてはいない。


傷もない。


平吉は息を吐きそうになった。


だが、利助の声は厳しかった。


「落としてからでは遅い」


「はい」


「角だけ見て、足元を見ていない」


「はい」


「一つ見えるようになると、一つ見なくなる。そういう小僧は品を壊す」


胸に刺さった。


利助は続けた。


「荷を見る。足を見る。人を見る。道を見る。全部だ」


平吉は唇を噛んだ。


全部。


全部を見る。


清次が言っていた。


江戸で生きるには、目が足りなかった。


店の中でも、やはり目が足りない。


「すみません」


「謝罪は、品が無事だった時に軽くなる」


利助の声は低かった。


「品が壊れたら、謝罪だけでは足りない」


「はい」


「お前の懐では足りない品もある」


平吉は顔を上げた。


利助は、平吉の懐の銭まで知っているわけではない。


だが、今の自分では弁償できない品があることは確かだった。


自分の手が、払えないものを壊すかもしれない。


その怖さが、改めて胸に落ちた。


「次から、木箱を持つ時は一息置け」


「一息」


「急げと言われても、一息置け。品を壊せば、急いだ意味がなくなる」


平吉は深く頭を下げた。


「はい」



夕方が近づく頃、平吉の体は重くなっていた。


半日とは違う。


一日立つというのは、体のどこかが少しずつ削られることだった。


足。

腕。

目。

耳。

頭。


全部が少しずつ遅くなる。


だからこそ、雑になる。


利助の言葉の意味が、体でわかった。


疲れた後に雑になるかを見る。


まさに、それを見られていた。


最後の客が帰り、店先が少し落ち着く。


定吉が品を戻す。


平吉も手伝おうとした。


だが、もう頭がぼんやりしている。


赤い紐を青い紐の隣に置く。


それはよい。


だが、木綿針の箱を絹針のそばに置きかけた。


利助が言う。


「違う」


平吉は手を止める。


「すみません」


「疲れているな」


「はい」


「疲れた時に間違える場所を覚えろ」


平吉は顔を上げた。


利助は言った。


「元気な時の帳面だけつけるな。疲れた時に崩れるところを覚えろ」


平吉は、その言葉を胸に入れた。


元気な時の帳面。

疲れた時に崩れるところ。


人は、元気な時だけでできているわけではない。


疲れた時に何を間違えるか。


それも、自分の帳面に書かなければならない。



閉店の支度が始まった。


暖簾を下ろし、品を奥へ入れる。


平吉は、木箱を持つ前に一息置いた。


足元を見る。

角を見る。

人の道を見る。


運ぶ。


今度は、つまずかなかった。


利助は何も言わなかった。


だが、何も言われないことが、今日の終わりにはありがたかった。


宗兵衛が帳場で帳面を閉じる。


「平吉」


「はい」


「一日立って、何を知った」


平吉は、すぐには答えられなかった。


一日で知ったことは多い。


昼の後は頭が寝る。

疲れた時に手が雑になる。

品を壊せば謝罪だけでは足りない。

正しいことは小さく伝えることもできる。

店には一日を通した波がある。


平吉は、言葉を選んだ。


「朝の自分と、夕方の自分は同じではないと思いました」


宗兵衛の目が少し動いた。


平吉は続けた。


「朝は見えていたものが、昼の後には見えなくなりました。疲れると、手が勝手に動きました。木箱の角を見て、足元を見落としました」


利助が黙って聞いている。


「だから、疲れた時に何を間違えるかを覚えます」


宗兵衛は小さく頷いた。


「それを覚えているうちは、まだましだ」


平吉は頭を下げた。


宗兵衛は包みを出した。


昨日より、さらに少し大きい。


「飯だ」


「ありがとうございます」


平吉は両手で受け取った。


「銭は出さん」


「はい」


「寝床も出さん」


「はい」


「明日も来い」


「はい」


その一言に、平吉は深く頭を下げた。


宗兵衛は続けた。


「ただし、明日は今日より疲れている」


平吉は顔を上げた。


「今日一日立った疲れは、明日の朝にも残る。二日目の一日は、一日目より崩れる」


平吉は息を呑んだ。


そうか。


今日が終われば、今日の疲れは消えるわけではない。


明日へ残る。


道中もそうだった。


歩いた疲れは、翌朝の足に残った。


店も同じだ。


「明日は、疲れを持ったまま店に立てるかを見る」


「はい」


利助が言った。


「今日は早く寝ろ。軒下探しに歩き回って、明日動けないなら意味がない」


平吉は一瞬、言葉に詰まった。


寝床。


それが問題だった。


銭は十五文。


木賃宿に泊まれば八文ほど消える。


だが、寝不足で明日相模屋に立てなければ、この三日が崩れる。


銭を惜しむか。

体を守るか。


また、銭を使うべき時が来ているのかもしれない。


宗兵衛は帳面を閉じた。


「そこまでこちらは知らん」


「はい」


冷たいようで、当然だった。


相模屋はまだ平吉を奉公人にしていない。


寝床まで面倒を見る義理はない。


平吉は、飯の包みを抱え、店を出た。



江戸の夕方は、相変わらず騒がしかった。


しかし、今日の平吉には、その騒がしさが少し遠く感じた。


目が疲れている。


耳も疲れている。


足も重い。


包みの飯はありがたい。


だが、寝る場所を探さなければならない。


明日も相模屋へ行く。


今日より疲れた体で。


平吉は懐の十五文を思った。


木賃宿に泊まれば、八文。


残り七文。


痛い。


痛すぎる。


だが、軒下を探し歩いて眠れなければ、明日、手が雑になる。


品を壊すかもしれない。


相模屋から追い返されるかもしれない。


銭を守って、明日を失う。


それは、違う。


平吉は足を止めた。


使う銭もある。


江戸への道中で知ったことだ。


草履に八文使ったから、江戸へ来られた。

茶に一文使ったから、道を聞けた。

煮込みに五文使ったから、江戸の手前を歩けた。


なら、今夜の寝床も同じかもしれない。


明日、店に立つための銭。


平吉は、木賃宿の方へ歩き出した。



宿は混んでいた。


入口で、宿の女が平吉を見た。


「また来たのかい」


以前泊まった宿だった。


「はい」


「飯なし、雑魚寝。八文」


やはり八文。


平吉は懐に手を入れた。


十五文。


ここから八文。


残り七文。


胸が痛い。


だが、払った。


「お願いします」


女は銭を数えた。


「荷は抱いて寝な」


「はい」


中に入ると、汗と藁の匂いがした。


前と同じ匂い。


だが、今日の平吉には、前ほど嫌ではなかった。


屋根がある。

横になれる。

朝まで、道を歩き回らなくていい。


八文は痛い。


しかし、明日のための八文だ。


平吉は隅に座り、相模屋の飯を食べた。


冷えている。


だが、量はあった。


ありがたかった。


食べ終えると、荷を抱えて横になる。


紙片は開かない。


人が多すぎる。


暗すぎる。


その代わり、頭の中で帳面をつけた。


相模屋、一日。

朝は動けた。

昼の後、頭が寝る。

油紙、間違えかけ。

定吉を小さく助けた。

木箱、段差で揺れる。

品は無事。

疲れた時に崩れるところを覚えろ。

飯、もらう。

木賃宿、八文。

残り七文。


七文。


少ない。


だが、明日相模屋に行ける体を買った。


そう思うしかない。


平吉は目を閉じた。


江戸は、銭を食う。


道も、店も、夜も、全部銭を食う。


けれど、使う銭を間違えなければ、明日につながる。


平吉は荷を抱え直した。


明日も相模屋へ行く。


疲れを持ったまま。


七文を持ったまま。


まだ奉公人ではない自分の名を、少しでも暖簾の内側へ置くために。


第二十一話 了

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第二十一話では、平吉が相模屋で初めて一日を通して働きました。


朝は動ける。

けれど、昼を過ぎると頭が鈍り、手が勝手に動き、見えていたものを見落とす。


平吉は、店の仕事が「覚えれば終わり」ではないことを知ります。


油紙と薄紙を間違えかける。

定吉の間違いを小さく伝える。

木箱を運ぶ時に、角ばかり見て足元を見落とす。


その中で利助から言われた、


「疲れた時に間違える場所を覚えろ」


という言葉は、平吉にとって大きな教えになりました。


元気な時の自分だけが、本当の自分ではない。

疲れた時、焦った時、腹が減った時にどこが崩れるのか。

それもまた、自分の中の帳面に書かなければならないことでした。


そして平吉は、翌日のために木賃宿へ八文を払います。

残りは七文。


銭は減りました。

けれど、明日相模屋に立つ体を守るための八文でもありました。


次回は、残り七文という厳しい状況の中で、平吉が相模屋での二日目の一日勤務に挑みます。


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