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4・クラブアスタロトにて



「速報です。昨夜未明、足立区竹の塚警察署内の

留置所で留置中の大宮詠一おおみやえいいち容疑者が射殺されているのが発見されました。監視カメラ等には外部からの侵入者は写っておらず、内部の犯行と見て…」


夕方のニュースの最中に飛び込んできた速報。

何度も同じ内容が繰り返されているのを紅苑ぐえんは膝を抱えて聞いていた。


床に置いていた携帯が長いバイブ音を響かせる。

通話をタップして、紅苑はまたテレビを見た。


「はい、」

「紅苑ちゃん!ニュース見た?」

「今見てるよ。それにさっき白生しろうが来たし、って電話遅くない?ニュース速報の方が早いじゃん」

「ちょっとバタバタしてて。ごめん。てか紅苑ちゃんすぐ引っ越して、ってのは無理だな。

今からすぐそこを出てホテルに避難して」

「わかったよ。声デカいんだよ」


携帯をソファに放り投げて寝室に向かう。

クローゼットの中にはもう荷造りし終えた

スーツケースが入っていた。


「エッチはうまかったんだけどな」


スーツケースを取り出しながらため息をつく。

詠一を守りきれなかったことがただただ悔しかった。


それにしても留置所内で殺るなんて。


サッと上着を羽織った紅苑はスーツケースを転がしてそのまま部屋を出る。

テレビを消すのを忘れたのを思い出したが、急いだ方がいいのはわかっていたので早足でマンションから離れた。



チェックインしたのは東京駅の近くのホテル。

この辺はホテルも多いし人も多い。

もし狙われてるのであれば人の多い所の方が安全だし、こんなにたくさんあるホテルをしらみつぶしに探すのも難しい。


シングルの部屋に入ってスーツケースを壁際に置く。

詠一のニュースの進展があるかもしれないので

紅苑はすぐにテレビをつけた。


速報!というテロップが画面の左上に大きく現れる。

その下にはほんの数時間前まで紅苑がいた

マンションが映っていた。


「うわー。間一髪」


紅苑のいた部屋に窓から銃弾が撃ち込まれていた。

数えきれないほどの銃声がした、とマンションの住人から通報があったようだ。


中にいたら確実に死んでいただろう。

テレビをつけっぱなしで来たことが幸いしたようだ。

誰だかわからないが狙撃したヤツらは中に紅苑がいると思って発砲したのだから。


「この部屋の住人は出かけていたようで、ケガ人は今のところ確認されておりません。

犯人は今も逃走中。周辺の方は気をつけて…」


ふう、と大きく息を吐いて、紅苑が携帯をポケットから出すと同時に着信があった。


「紅苑ちゃん!」

「もうホテルにいるよ。って今着いたとこだけど。メシ食ってうろうろしてたらこんな時間になった」

「良かった!」

「こちらこそありがとうね。蜂の巣回避。

命拾いした」


通話を切るとまたすぐに着信があった。

白生だろうな、と思って画面を見たらその通り

白生の名前が画面に浮かんでいた。


「はいはい。無事だよ」

「だろうな。てか紅苑ならあの部屋に万が一

いたとしても死んでないだろ」

「わかんないよ?窓の外から蜂の巣だろ?

相手が見えない時は逃げにくいよ」


紅苑は話しながら窓のカーテンを開けた。

すぐ前は壁だ。わざと見通しの悪いホテルにしたが細心の注意をはらっているのでさすがにここまでは追ってこないはず。

しかし念には念を、だ。


「新しい家は明後日から住める。住所は…」

「ありがとう。白生は仕事早いな」

「もう次が待ってるからね。勤め先も決まってるよ。せいぜいがんばって働けよ」


電話を切ると白生から紅苑の携帯にファイルが

送られて来た。

買って来たコーヒーのペットボトルを開けて乾いた喉に流し込み、その資料に目を通した。


一分遅かったらこのコーヒーは味わえていなかったかもしれない。


所詮、人生なんてそんなものなのだ。







銀座ではそこまで有名でもなく大きくもないクラブ。

どちらかと言うとこじんまりしているこのクラブアスタロトに紅苑は面接に来ていた。


こじんまりはしているが内装は煌びやか。

一歩足を踏み入れると現実世界を忘れそうだ。

案内された座り心地の良い椅子に座って、紅苑は店内をキョロキョロと見回した。


「お待たせしました。ママの梨香子りかこです」


まだ店が始まる時間ではないので梨香子は長い髪を下ろして大人しめのワンピース姿だった。

顔立ちはまさにアジアンビューティ。

他人に興味のない紅苑でも見惚れるほど美しかった。


このママならもっと大きな店を持てそうなのに。

そんなことを考えながら紅苑は立ち上がって深く頭を下げた。


川路紅苑かわじぐえんです。よろしくお願いします」

「紅苑さんね。ボーイ希望でよろしいですか?」

「はい」


穏やかな微笑みを浮かべながら梨香子は紅苑を

チェックする。身だしなみはキチンとしているし、声も通るし礼儀も正しい。

銀座のクラブのボーイにはチンピラのような男は相応しくないのだ。


「前職はなにをされてました?」

「ホテルマンです。と、言いましても三年間だけ

ですが」

「まあホテルマン。そちらからここへ?」

「はい。実は朝早いのが苦手でして」

「ほほほ。そうなのね」


紅苑は見た目も良い。しかも品がある。

梨香子が明日から来られるか?と聞くと、開店準備をしていた二人のボーイが目を丸くしていた。


梨香子が即決めするなど珍しいのだろう。目を丸くしていたボーイの一人を梨香子は呼んだ。


「明日から来てくれることになった川路紅苑さんよ。お仕事教えてあげてね」

「わかりました」


梨香子がワンピースをひらりとさせて椅子から立つ。

そのまま歩いて店の出入り口の方へ消えて行った。

残された紅苑は梨香子に呼ばれたボーイに深く頭を下げた。


「川路です。よろしくお願いします」

瀬戸せとです。よろしく。一応ここでは一番古いんだ。明日からだよね。とりあえず準備も教えたいから…そうだな、18:00には来ておいて」

「わかりました」


紅苑は瀬戸にまた深く頭を下げてクラブアスタロトを後にした。




紅苑がクラブアスタロトで働き始めてから一ヶ月が過ぎた。

紅苑たちボーイは出勤して開店の準備を済ませると本日の予約の確認をする。

この店はこじんまりしているのにVIPな客が多い。

しかし予約表には載っているのに紅苑はそのVIPな客に会ったことがなかった。


この日、初めての給料日だった。今時手渡しなのは珍しい。ママの梨香子から順番に直接給料をもらえるということは前もって瀬戸から聞いていた。


紅苑の番が来た。ノックしてオーナー室の中に入る。初めて訪れたその部屋は入り口とは別に奥にドアがあった。


「失礼します」

「おつかれさま。紅苑は初めてのお給料ね。

一ヶ月間ありがとう」


豪華な椅子に座っている梨香子に紅苑は深々と

頭を下げる。梨香子は礼儀正しいのを好む。

そつなく仕事をこなし、愛想も良く礼儀正しい

紅苑のことをとても気に入っていた。


「ありがとうございます」

「それと…紅苑に話があるの。少し時間を

いただけるかしら?」

「はい」


受け取った給料をスーツの内ポケットに入れて

いると梨香子が自分の座っている隣の椅子に

座るように手を伸ばした。


間接照明だけが灯るこの部屋は薄暗い。

それでも梨香子は紅苑の隅から隅まで見ているはず。

奥のドアに視線をやらないように注意して紅苑は梨香子の隣に座った。


「お客様の評判がすごくいいのよ。丁寧だし、

所作も美しいと」

「ありがとうございます。一生懸命仕事を

覚えようと動いてるだけなんですが」

「さすがは元ホテルマン。私も紅苑には期待しか

ないのよ」


梨香子が優しく微笑む。その美しい瞳の奥がキラリと光ったのが見えた。


「うちにはVIPのお客様が来られるのは

知ってるわね?」

「はい。予約表で確認してます」

「うちの店にはVIP専用のお部屋があって、一般のお客様とは別でそちらでゆっくりと過ごしてもらっているのよ」

「そうだったんですか」


紅苑は感心したように微笑む。ピュアで素直な子だ、と梨香子は目を細めた。


「この奥にドアがあるでしょ?」

「あ、本当ですね。気づきませんでした」

「まあ。そういうおっとりしているところも良いわ。

この奥のお部屋がVIPのお客様のお部屋。

中ではもちろんお酒もお召し上がりになるから

ボーイの仕事もあるの。次回のご予約から紅苑にもこちらを手伝ってほしいのよ」


紅苑が何度も瞬きをする。梨香子は口に手を当てて、可愛いわね、と言って笑った。


「僕にできるでしょうか」

「紅苑を見込んで頼んでるのよ。私の目に狂いはないはず。大丈夫よ」

「はい。がんばります」


梨香子が壁際に置いてあるチェストの引き出しから書類を出してくる。

ここで働く時にサインした書類とはまた別のものを紅苑は梨香子から渡された。


そこにはVIP専用で働く約束事のようなものが記載されており、それに伴う手当なども記載されていた。


「他言しないこと…」

「それが一番大切なことなの。VIPのお客様は

政治家の方とか、普段大変なお仕事をされている方が多いの。息抜きに来られるから、ここで聞いたことなどは絶対に他言しないで」

「わかりました。必ず守ります」


愚痴とかもおっしゃるから、と梨香子が笑ったので紅苑も笑い返した。

その書類になんの躊躇もなく、紅苑はサインしたが、破った場合はどうなるか、は記載されていなかった。



その二日後。出勤してから掃除や準備を済ませた紅苑は予約表を確認する。

21:00より【バングル社様】と書いてあった。


「よっしゃ」

「紅苑」

「あ、瀬戸さんおはようございます」


紅苑の指導係をしていた瀬戸が予約表を見ていた紅苑の前にやって来た。高身長の瀬戸を紅苑が見上げると、瀬戸は少し恥ずかしそうに笑った。


「ママから聞いた。VIPに入るんだろ?」

「はい。ドキドキしますけど」

「大丈夫。こことやることはおんなじだから。

それに俺も入るし」

「え!瀬戸さんと一緒ですか。良かった」


瀬戸は紅苑のことを可愛い弟を見るような優しい目で見ていた。紅苑も一緒に入るのが瀬戸だったので心から安心していた。



21:00の少し前。紅苑は瀬戸とともに店の外に出てバングル社が来るのを待っていた。

ほどなくしてエレベーターから五人の男が降りて来た。


「いらっしゃいませ」


そう言って頭を深く下げた瀬戸に合わせて紅苑も同じようにする。

バングル社は全員年配の男だと思っていたが、中に一人だけ若い男がいた。


「どうぞ」


入り口から入ってすぐに右手に伸びる通路がある。

この先はオーナー室しかない。表向きは、だが。


瀬戸が先頭を歩いてそのオーナー室へ向かう。

紅苑は一番最後に歩いて行った。


瀬戸がオーナー室の中のドアを開けると、中から肌色の暖かそうな光が溢れた。

バングル社の五人はそこに吸い込まれるように入って行く。紅苑はここでも一番最後に入ってドアを閉め、さらに鍵をかけた。


VIP専用の部屋は一般の客が入っている店よりも

落ち着いた内装になっている。

しかし造り的には同じで、座り心地の良い椅子とテーブル。そしてキャストの女性もいる。

紅苑は瀬戸と二人で店と同じ動きをするのだが、客の人数が少ない分楽だった。


「H.Oもがんばってくれてたんだがね」

「仕事以外もキッチリしないと、それがいずれ

仕事にも影響して来ますからね」


キャストの女性たちはわからない話でも微笑んで頷いている。

この部屋に入るキャストも毎回同じなのだろうか。


バングル社の五人はしばらくわけのわからない話をしながら酒を飲んでいたが、ただ一人若い男だけはあまり飲んでいないようだった。


「ソフトドリンクをお持ちいたしましょうか?」


灰皿を交換に行った紅苑がその若い男にだけ

聞こえるように小声で話しかけると、男は大丈夫、と言って微笑んだ。


具合が悪いわけではない。単に酒が強くないので少しずつ飲んでいるだけなのだろうか。


紅苑はそれ以上何も言わずに新しい灰皿を置いてその男のそばを離れた。


「H.Oの後継に就任したA.Kは適任だな」


少し白髪の混じった髪をキレイに固めている男がそう言うと同時に若い男の肩がほんの少し震えた。


部屋の隅に紅苑と並んで立っている瀬戸はそれに気づいていない。

紅苑が視界の端でその若い男を見ていると、

何かを耐えているようにも見える。

そして耐えきれず肩が震えてしまっているような感じだった。


「私もそう思ってましたよ」

「私もです。A.KはH.Oと違ってプライベートも

大丈夫。それにしてもH.Oは女癖も悪かったみたいですね」

「H.Oの女はまだ見つかっていないようです。

本当にとんでもない」


若い男以外の四人は盛り上がっている。

わけのわからない話に瀬戸はあくびを噛み殺していた。






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