幽霊と調査と王城潜入
「サラ殿下……そう言えば神王国の姫は各国に外交に出ていたんだっけ?」
「えぇ、第一王女のレイティア殿下は南の武王国へ、第三王女のウェルティル殿下は東の聖王国へ、そして第二王女のサラティエ殿下は西の魔導王国へそれぞれ外交へ出ていました。各国へは帝国を経由しなければならないうえ、馬車を飛ばしても一月は掛かります」
「そっか、それで、その第二王女様からどんな要件だったの?」
「はい、実は姫様方には王達が倒れたことは伝えていないのです。伝えた所で遠くにいるこの状況では心配を掛けるだけだろうと」
「ふーん……」
フィーアは嘘をつく様子もなく、ただ知っていることを語っているだけ。
宮廷魔術師団としても王城の者としてもそういう方針に決まったのだろう。
それでもこのきな臭さは、私が第二王子を怪しんでいるからだろうか?
「そのはずなのですがどこから聞いたのかサラ殿下が魔法ギルド経由で宮廷魔術師団宛に秘密裏に依頼を出したそうです。しかも私宛に」
「どうしてフィーアに?」
「私が深霧の森の魔女の元へ密命を受けて出て行ったことを知ったため、内部にいる宮廷魔術師よりは内密に事を進められるだろうという意図だそうです」
「そこは確認済みなのね。具体的な内容は?」
「第二王子の情報を集めておいて欲しい。あと数日の内に神王都へ戻る故その際に話を聞かせてほしい。と」
「ん? 数日? 一月は戻ってこれないって話じゃ?」
「どうやら方法は不明ですが魔導王国が力を貸してくれるそうです」
一月掛かる距離を数日で戻ってくる……魔導王国……興味があるな……魔法に関わることなら何か得られるものがあるはず。どうにかその方法を知る方法はないか……
いやそれよりもこちらの事情に詳しすぎないか? どこかにスパイでも潜り込んでいるのか……
むしろ王族ならそれもありかな?
「話は分かった。王女殿下の対応はフィーア達に任せるよ。こっちはこっちで王城に忍びこんで色々情報集めてくるから」
「大丈夫? と聞いてもしょうがないか。もとより私達にサポート出来ることはないし。王女殿下の件は任せておいて。私宛に来た依頼でもあるし」
「よろしく。それでいいですよね、師匠?」
先程から喋っていない師匠に声を掛けると師匠は顎に手を当てて考え事をしていた。
師匠は没頭すると周りが見えなくなるが、いつもと様子が違う気がする。
「師匠?」
「……」
「ししょー?」
「……え? なに、シャオ?」
「今の話聞いてました?」
「えぇ、王女殿下の件はフィーア達に任せるのよね? いいと思うわよ。王様達の方は貴方と私がいればなんとかなると思うし」
そこはちゃんと聞いていたんだ。
「あまりぼーとしないでくださいね?」
「ごめんなさい、気をつけるわ」
師匠の様子は気になるが一先ず現状の整理と方針は決まったので今日のところはそれぞれ床に就いた。
◆
その晩、私はフィーア達を置いて部屋を一人抜け出した。
「さて、予定通りに忍び込みますか」
宿屋の一階へ降りずに突き当たりの壁を透過で通り抜けて空中へ出る。
そのまま浮遊で地上へ降りて辺りの様子を伺うが人の気配はない。
宿屋から出ると誰かに見られるかもしれないからね。宿屋の裏から出ることにした。
誰にも見られていないな。よしよし。
「……コール、"暗幕"、"幽闇の衣"」
小声で呪文を唱えて魔法陣を発動させる。
幽闇の衣を発動するための魔法陣の燐光を別の闇系統魔法陣の暗幕で遮断する。
闇系統の魔法陣は黒の燐光のため夜では逆に見えづらく秘密裏に展開するのにちょうどいい。
暗幕は闇の魔素でカーテンを作って周囲から見えなくする魔法だ。
カーテンを作るため触ればわかるし風にもなびくため使いどころが限定されるが、別の魔法の発動を気取らせないためには有用だ。
幽闇の衣によって私の姿は周囲から完全に見えなくなった。
近くの桶に張ってあった水を覗いてみるが姿は映らない。完璧だ。
「さて、ミッション開始」
小声でつぶやく。
音までは隠し切れないため、できるだけ声は出さないでいく。
大通りを堂々と浮遊して中枢区へ向かう。
足音が聴こえると誰かに気取られる可能性もあるし基本は浮いて移動する。誰かに見られる心配もないしね。
今の私は誰とぶつかろうが、何かに遮られ様が通り過ぎるし気づかれないし見えない。
実際幽霊が居たらこんな感じなんだろうなとも思うわけだが。
中枢区へ近づくと衛兵が見回りをしているが、そんなものは気にしない。
どうどうとすれ違い、通り過ぎて門へたどり着く。
門は閉まっているが、関係ない。
門をすり抜けて中枢区へ足を踏み入れる。
事前にフィーアから聞いてはいたけどなかなか広いな。
中央に大通りのような道が伸びてその先には外からも見えた王城がそびえ立っている。
左右の道の先には屋敷が点々と建っており、あれが貴族達の別荘や邸宅らしい。
興味はあるがひとまずは王城へ忍び込んで王様の様子を見に行かなくては。
まっすぐ王城に進むと流石に衛兵の数も増えてきた。夜遅くにご苦労なことで。
王城の門が見えたがフィーアに教わったことを思い出す。
『正門から入っても王達の寝室にはたどり着けないわ。迂回して使用人用の扉を使って。そして後は階段を見つけたらそこを登って。そしたら最上階の一つ下が王族の私室になっている。私室のある階には必ず衛兵が警護してるからすぐ分かるわ。王様と妃様の部屋は昇って右奥、王子の部屋は右に行って少し行った部屋だけど、後は探してね』
言われた通りに迂回すると表の綺麗な門とは別に小さな扉があった。
何度も使われているのか少し錆び付いた鉄の扉のようで、流石に施錠されている。
まぁ、私には関係ないけど。
スッと扉をすり抜けて王城の中に侵入する。
中は暗いが灯りをつけては本末転倒なので着けずに移動する。
この身体になってから暗いところでもまったく見えない訳じゃないけどもやはり不安が残る。
今度暗視の魔法を作っておこうか。
そんなことを考えている間に階段を見つけたので登っていく。
確か衛兵がいる階だったよね。
何階か登っていくと階段の上で衛兵二人が警護していた。
この階のようだ。
衛兵の横を通りすぎて右側へ曲がる。
まずは分かっていると王妃と王様の部屋から調べよう。
一番奥の部屋へたどり着いたが扉の前に衛兵は居なかった。
床に臥せっている王様達の部屋にしては警備が薄すぎないか?
少し違和感があるが、あまり時間をかけるわけにはいかない。
さっさと調べてしまおう。
スッと扉を潜ると大きな天涯付きのベッドが二つ。
あれが王妃と王様のベッドか。
さて、さっそく憑依して状態を診させて……
と近づくとベッドの隣で誰かが座っていた。
暗くてよく分からないが体格から男の人のようだ。
まずったなー誰かいるとは……
ここは出直して王子の方から調べるか。
そう思って踵を翻して出ていこうとした。
「誰だ、そこにいるのは?」
「?!」
え、今声を掛けられたの、私?! 見えないはずよね?
「答えないか。我が王を殺しに来た暗殺者か? それとも不逞にも宝物でも盗みに来た盗賊か?」
声は座っていた男から聞こえた。
振り返ると男は立ってこちらへ歩いてくる。
やはりこちらの姿が見えているようだ。
やがて、月明かりが照らす部屋の中央へやってきた男の素顔が見えた。
金髪碧眼の絵に描いたような高身長の美形。
身に付けているのは寝巻きではなく綺麗に着飾った装飾品の数々。
こんな夜中に、王様の部屋にいる身なりの良さそうな男に、心当たりは一つしかなかった。
「あなたは……」
「私か? 私はアルリオン神王国第二王子、ウィリアム・アルリオン。私が名乗ったのだ。賊よ、貴様も名乗るがいい」
例の第二王子、その人であった。




