幽霊と出立と神の王都
土竜退治を終え、後片付けを開始する。
「あーちょっとだけ、やりすぎちゃいましたか……」
「そうだねーいやーほんと、凄かったよあの魔法。まさかあの土竜を貫くとはね!」
「いえ、そもそも4属性複合魔法ってだけでも貴重なのにその前に唱えていた魔法それぞれもオリジナルって……しかも組み合わせとはいえあのレベルの魔法を即興で、魔法陣なのにあの速度……というかなんであんなに魔法をバカスカ撃てるのよッ!?」
アーネは素直に関心してくれているけれどフィーアはどうやらまだ自分の中で整理できていないようだ。
「あ、フィーア……その、あれは私にしか出来ないし幽霊族って種族特性というか、私のマナ変換効率100%オーバーだから。風属性とか得意属性ならむしろ150%とかで使えるし」
「ひゃっ!? いえもう考えるのは止めましょう……貴方の規格外具合はなんとなく察しましたから」
「あはは……」
「でも、それ幽霊族って、人族と精霊族のハーフってだけじゃ信じられないんだけど? まだ何か隠しているのではなくて?」
「うーん、どうでしょうね?」
「言いたくないなら別にいいけどね。いつか聞かせて欲しいわ」
そう言ってフィーアは抉れた大地の修復作業に戻る。
さすがに峠をこの大地は抉れ、林は薙ぎ倒されている状況を放っておくとあらぬうわさが立ちそうだし。
「いやーはっはっは。俺も盗賊なんて長くやってるからいろんな奴を知っているが、こんなとんでもないのは初めてだねぇ」
部下に指示を出しているハーンが声を掛けて来た。
彼には土竜の死体の処理をお願いしている。
ドラゴンの素材は滅多に出るものでもないし、私達では処分も換金もできない。
そこで盗賊の流通を使って処分してもらおうってわけだ。
「でもいいんですか? 確かに素材は倒した人に権利があるとはいえ、換金したお金をこちらが貰っても?」
「何、退治依頼を出したのはこっちだ。それに、2割はこっちで引かせてもらえるなら儲けも出るってものよ。そっちこそ、竜の素材だぞ? 本当に素材はそれだけでいいのか?」
ハーンは指差したのはアングラントの鱗数枚に、爪が1本。
これが素材としてのこちらの取り分だ。
「こちらは魔法使いがメインだしシャルクは必要ないと言っています。アーネはせっかくだからと斧と盾が作れそうな素材だけでいいそうですから」
「承知した。この素材は裏の市場に流すから通常より良い値で売れるはずだ。金は第二王子の情報を渡す時に一緒に渡せるようにしておく。受け渡しは神王都でいいんだな?」
「はい、神王都の宿屋のどこかに泊まっているはずです。貴方達なら場所くらい調べられるでしょう?」
「は、そこまで俺達に任せると? あんた達の居場所って情報を教えてくれるってのかい?」
「居場所を知られてまずい状況ではないですからね。まずくなったら場所くらい変えます」
「ちげぇねぇ。それにあんた達の力はよく見せて貰った。うちの連合には手を出さないように伝えておくよ。こっちの命が惜しい」
やれやれと手の平を上に掲げて去って行くハーンを見送り、作業の様子を見る。
フィーアは抉れた地面に地属性魔法を掛けて平にならしてくれている。
アーネとシャルクは二人で折れた倒木を片づけていた。
「師匠はっと……あ、居た」
師匠は特に何かするでもなく、馬車の方で眠っていた。
スヤスヤと寝息を立てているのを見ると、どうにも怒るに怒れない。
「まぁ寝て貰っているなら、明日働いてもらえばいいか」
今はまだ夜明け前、3人には動いてもらっている分、明日の昼間は休んでもらわなければならない。
睡眠が必要ない私がと思っていたが、師匠にも馬車を動かしてもらいましょう。
「さて、もうひと踏ん張りと行きますか!」
◆
やがて、地ならしと林の伐採が終わり、ハーン達に後処理を頼んだ後、私達は馬車を走らせて神王都へ向かった。
夜通し作業をしていたフィーア、アーネ、シャルクの3人には馬車の後ろで休んで貰っている。
師匠には手綱を握って馬車の運転を任せて、私はその横で地図を確認していた。
「もうすぐ次の宿場町ですね。よろしくお願いします」
「まったく、師匠使いの荒い弟子ね」
「昨日結局何もしてないんだからしょうがないじゃないですか」
「私が本気出したら貴方達の出番なんてなくなるじゃない?」
「とか言ってサボりたかっただけですよね? 師匠があまり動きたくない人間だって、この3年でもう分かっているんですよ?」
「否定はしないわね。それよりも、貴方こそ良かったの? 昨日のアレ、見せてしまっても?」
「……師匠が懸念していることは分かっているつもりです。稀少な存在は物好きに狙われる。当時師匠が言っていた言葉です。幽霊族についてはハーフということでごまかせていますが、魔法についてはそうはいかないでしょうね。力を見せてしまっていますから」
「……分かっているのなら」
「師匠、私は『世界一の魔女』になります」
「え? えぇ、それが私との約束だものね?」
「私は私の手が届く所にいる人には手を差し伸べます。でも私の保身のために力を隠していては、いつか絶対に、後悔するんです。きっと」
「……それで?」
「戦うための力、自分を守るための力、人を守るための力……この3冊の魔導書はそれらを実現するために作った力です。そして土竜退治もフィーア達の依頼も、私の手が届くところにある」
「つまり、力を隠したくない、と?」
「目立つことは覚悟の上です。でも、隠れて人助けをしても、世界一にはなれない。人に、世界に認められてこその『世界一の魔女』ですから」
「そのためのリスクは甘んじて受ける、のね」
「はい」
「……ふぅ、分かったわよ。そもそも口出ししないって言ったのは私だものね。だけど、気を付けるのよ?」
「肝に銘じます」
◆
それから神王都へ着くまで特に問題もなく、予定通りの行程で進んでいった。
峠越えの日以降はアーネ達も体調を戻し、各宿場町も順調に通過。そして、
「見えてきましたよ。アレが神王都、アルバトロスです」
馬車に揺られて地鳴らしされた道を走っている時、フィーアが前方を指差した。
目の前に広がるのは大きな白い壁。それが横一杯に拡がる光景。
タルタスの壁とは広さも高さも比べ物にならない。
神王都アルバトロス。
アルリオン神王国の首都に当たる街であり、王城を始め主要な設備が整った有数の都市。
魔法ギルドの総本部は帝都アトランピアにあるが、各国で本部を首都に置いている。
総本部から各国の首都の本部へ、そして各街の支部へ情報が連携されるそうだ。
そうしたギルドの本部が設置されているほか、騎士学院や魔法学院も設置されている。
神王国はその名前の通り神を信仰しており、全ての神に対して敬意を払っている。
他の国は大抵が唯一神として一柱を崇めているのに対して、神王国は全ての神を信仰するのが自由だ。
そんな国だから試練の塔なんてものが出来たのかもしれない。
「さて、私達は冒険者として一般の門を通って王国内へ入ります。王家用の専用門も存在しますがそちらは今回使えません。事前に打ち合わせていた通りに」
「分かっている。私達は薬売りと観光が目的で神王都へ来た。あなた達はその護衛」
「よし、それじゃあ普段通りにね。おろおろすると衛兵に不振がられるからね」
とはいえ特に衛兵との間に問題もなく、私達は神王都の中へ入ることが出来た。
「案外すんなりと入れましたね」
「気にしすぎだったのかもしれません。第二王子を疑っているとはいえ、実際に私達は敵対しているわけではないのですから」
さて、ようやく到着の神王都、アルバトロス。
まずは宿屋へ向かって、ハーン達からの情報を待とうか。




