終.そして、ここから
この先続く私の人生はたぶんすごく長い。
どれくらい長いかというと、とてつもなく長い。ちょっとわからないくらい長い。最長で1000年とも2000年とも聞いている。
いや、これは吹かしすぎた。だが、ついこの前まで滞在していた友人の母国の王は在位だけでたしか200年だし、有名なこの王国の王都に住まう彼の者は王都在住だけで500年を超えていると聞いたし、つつがなく過ごせば1000年くらいは軽くいけるんじゃないだろうか。
そうはいってもまだせいぜい50年しか生きてないので、ほんとにそんなに長生きができるのかはわからない。想像もつかないこの先の長さを想像すると、とても気が遠くなるけれど。
なんとなく、生まれて物心がついた時から切実に何か探さなきゃと感じていて、それを父母に言うと「生きるってそういうことなんだよ」なんてとても思わせぶりなことを言われて、じゃあ、私が長生きな種族に生まれたのはこの何かを探すためなのかななんて考えたりもしていた。
その両親は、私がようやく一人前になったと判断したらとっとと離れてしまった。うちだけでなく種族的な性格なのかもしれないけれど、ちょっとあっさりしすぎなんじゃないだろうか。子供が心配じゃないのかな……ああでも、いい歳してあんまりべったりするのも気持ち悪いし鬱陶しいだけなのだから、不満なわけじゃないんだけど。
親とは、連絡を取る手段も決めて何年かに1回くらいは顔を見せ合おうと約束したことだし、それでいいと思うことにした。
その諸々の事情を経て、今、私は初めての親の庇護がない、完全自己責任の完全フリーな状況にちょっとだけ舞い上がっていた。
噂に聞く西大陸のレーゲンスタイン王国。この王国での種族バレは身の危険どころか生命の危険につながる。故郷とはまた違った意味で十分に気を付けなければいけないとわかってはいても、あこがれの西の王都へ一度行ってみたかったのだ。噂の大都会に憧れる乙女心に、種族の差はないと思うんだ。
両親は、小国がひしめく東の大陸に比べると人が多すぎるし、王国には精鋭と名高い騎士団も魔術師団もあって、とどめが魔王殺しの騎士まで現れるとか冗談じゃないと言うけれど、私はずっと行ってみたいと思っていた。
すごくすごく行ってみたくて仕方がなかった。
だから、親と別れてすぐに西へ船で渡り、この王都までやって来た。友人には「わけがわからん理由だが、せいぜい気を付けて行ってこい」と餞別も渡された。
……そしてやってきた西の王都は、想像を絶するすごさだった。
大都会すぎる。何百年も続く大国の都ってこんなに大きいんだと、呆気に取られた。城の大きさだけで私の出身の王国の王都を超えるくらいのサイズだ。いったいどこからこんなに集まってくるの、と思うくらいたくさんの人間もいた。人間以外の種族もいた。さすがに魔族はおおっぴらに見かけなかったけど、ちゃっかり隠れ住んでることはわかった。
運よく見つけた同行者に連れられ、入った宿屋でいろいろ聞いたら魔王の角が見られるとわかって、俄然テンションが上がった。騎士団のホールにあるとか、騎士団も覗いてみたいと思ってた私には大変都合がよかった。
危険なのにどうして騎士団なんか覗きたいのかと言われたら、だって気になるじゃないかとしか答えられない。これも乙女心のなせる業なのだから。だって、精鋭の、かっこいい騎士がたくさんいる騎士団なのだから。
到着した翌朝には、早速騎士団の本部へ行って見学を申し込んだ。受付のお兄さんはまあまあかっこいい人だった。そういえば運よく見つけた同行者の知人も騎士だったな、と思い出す。奥さんと同居人が強烈過ぎて空気だったけど。
受付で受け取った札を首から下げて、さて魔王の角か、どんなんだろうなとわくわくしながら入口の大きな扉をくぐると、正面にいきなりそれがあった。
見上げて呆然として、それから、ああ、あなたはここにいたんだとなぜか思った。だから私は魔族に生まれてきたんだと納得した。
わけもわからず涙腺が決壊して、だくだくと涙が溢れ出した。どうしてだろうと考える……間もなく、ふらふらと角に向かって歩いてぺたりと座り込む私は、あたりを行き交う騎士たちの注目をこれ以上ないくらいに浴びていたようだ。なんだこの挙動不審人物は、と振り返ると自分でも思う。
「あの、どうかされましたか?」
通りすがりの騎士にそう尋ねられて我に返り、慌てて立ち上がってぺこぺこと頭を下げる。
「いえ、すみません、なんでもないですなんでもないんです」
自分でも何が何だかわからないまま目をこすり、慌てて騎士団を辞去して、町をぐるぐると歩き回った。
──どうしよう、私が探していたのは、あの角の持ち主だ。
何故だかそう思う。角の持ち主……つまり、“魔王”は約束を絶対に破らない。だって彼は私の神様なんだ。約束通り、私を待っているはずだ。
ん? 魔王が神様? と何でそんな発想が出てきたのかがよくわからない。たぶんこれも乙女心のなせる技だろうと無理やり納得する。
とにかく、私は彼を探すことに決めた。
私の長い人生は、たぶんここから始まるのだ。




