事件
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます……」
部屋の中に、か細い女性の声が響く。
着いた屋敷でさっそく主人に出迎えられた二人は、広くて綺麗な応接間に通された。
しかし、その主人の顔を見て、ルミナスは、はじめ、目を逸らしそうになってしまった。
頬はこけ、目の下には何十ものクマができ、顔の至る所に皺がある。先ほど名前と年を伝えられたが、年相応の溌剌とした雰囲気が、その声にはなかった。
「霊を自分たちのところに呼ぶわけにはいかないのだからそれは構わない。……で、息子の霊が出るとのことだったが」
「あ……はい」
ぶっきらぼうなアトラスの口調に怯えたように居住まいを正す女性を見て、ルミナスは内心頭を抱えていた。
(そういえば、人見知りだとか言っていたわね……)
どうやらそれは依頼人にも発動してしまうようだ。現に、今の彼の顔は馬車の中の時よりも数倍恐ろしいことになっている。これでは悪い噂が流れてしまっても仕方がないだろう。
「あの子は半年前、四つになったばかりのころに……私が目を離していた時に来た馬車に、ひ、轢かれて……」
声を震わせた女性の悲痛な叫びは続く。
「あの時、私が目を離していなければ……ここに幽霊となって出るのも、きっと、私っ、を、恨んで……」
「何故断言できる」
「……え?」
涙を拭いている女性の顔を見据えて、アトラスは怒っているような声を出した。
「人が死後もこの世にとどまるのは、色々な理由がある。あなたを恨んでいるという可能性もなくはないが、四歳児がそこまで思っていたとは考えにくい。何か別の理由があるのかもしれないだろう?なぜ恨んでいると決めつける?」
本人はただ不思議に思っているだけなのかもしれないが、それは詰問に近かった。
(アトラス様……そんな言い方をしたら、ますます怯えられると思いますが……)
そう思って女性のほうを見れば、彼女はより一層肩を震わせ、言葉を失っていた。
(ほら、やっぱり………)
ため息をつきそうになりながら何かフォローをいれようと、口を開きかけたとき。
(……ん?)
ある違和感に気が付いた。
女性は言葉の代わりとでもいうかのように目に感情をのせていた。
そこまではいいのだが、その女性の瞳に映る感情が、何か、怯えとは違うような気がしたのだ。
(……恐怖?)
そう、それは恐怖に近かった。最初はアトラスの言い方が悪かったのかと思ったが、何か違うような気がする。
それはまるで、長年隠していた自分の秘密を暴かれてしまったかのようなーーーーーーーー
「違うわ!あの子は私を恨んでいるのよ! だってあの子、私に向かって、『どうして、どうして』って繰り返し言うのよ?!もう、もう耐えられない!」
ぜーぜーと息を吐き、彼女は頭を抱えた。
その剣幕に、さすがに一瞬ひるむ。クマだらけの瞳は、もう少しで正気を失いそうなほどに暗かった。
「……分かった。早速浄霊を開始しよう。その幽霊がよく出る場所と時間を教えてくれ」
静かに、女性に語り掛けるようにアトラスは言った。
落ち着いた声に追いすがるように、彼女はばっと顔を上げた。喜びと恐怖をないまぜにした瞳が、二人を見る。
「俺たちは浄霊屋だ。受けた依頼はやり遂げる」
「……」
目の前の女性の、闇のような瞳がルミナスに向く。
ルミナスは、安心させるように微笑んだ。
きっと、霊を浄化するのはルミナスの役目なのだろう。それはとても怖いけれど、自分はやるしかないのだと、ルミナスは思った。
(この人を救わなきゃ)
このままにしておいたら、彼女はきっと壊れてしまうだろうと思った。それは、つい最近まで色々なことで虐げられていた少女だからこそ分かる、苦しみだった。
「大丈夫です。私たちが、きっと浄霊しますから」
再び安心させるように、不幸少女は微笑った。