10月4日 ドワーフの国 ホビットお姉さんの問いかけの答え
おそらく平成26年10月4日
剣暦××年9月4日
ドワーフの国バーンスタイン
領土北方に広がる荒野
ホビットの国から、ドワーフの国に入った途端に急激に緑の量が減ったような気がする。
雑草がそこいらにひっそりと咲いて、踏み固められた道を、乗合馬車がゆっくりと進む。
ホビットの国からドワーフの国への越境は、すごく簡単だった。
すでにホビットの国の国境基地で印可をもらっていたので、信頼してここでは簡単にハンコをもらう。
国境警備基地に入る前に、ホビットのお姉さんとは別れを済ませている。
忍者が、公共施設の玄関から入るのは、流石にまずい。
振り返らずに、行ってください。そうユキくんに言ったそうだ。
結局、僕とどこで出会ったのか思い出せない。
ここでお別れなので、恥を忍んで教えてもらう。
なんのことはなかった。一年前、彼女がまだ忍になることを志していない時。
彼女は元々薄墨の村の出身ではなく、別の村の行商人の娘だった。で、ある日、行商人である親の仕事を手伝って草原の国に来た時、城下町で迷子になった。
たまたま出くわした僕とジンさんが、彼女を親御さんのところに連れて行った。
それだけのことだった。
どこが御恩よ、もう。
……なんで忍者になったんだろう。ミッショデゴザルとか叫んで建物を爆破する黒装束が、ホビットには受けるのだろうか……?
せめて「クノイチデゴザル」とか言い出すことがないことを、祈ろう。
※※
国境を越え、ドワーフの国に入る。
ドワーフの国は主要道路をすべて乗合馬車が網羅しているので、ここからは馬旅である。馬車と言うけれど、なんか荷車に屋根つけただけで、乗り心地はそんなだが、歩くよりはずっといい。(国境警備基地に一日一回食料などを運ぶ便のようだった)
出発地であるドワーフ国境警備基地から乗り込むのは、僕達だけ。
御者さんの話では、この路線を乗り継いで行けば、三日もせずに着くと言う。
ありがたい。楽をさせてもらおう、と早速荷台でごろん。
ごろん、と寝転がっていると、遠くの方を見ていたユキくんがなんか言いだした。
「カンテラさん、先ほどのお姉さんが、国境の向こうからこっちを見ているのです」
「嘘ぉ?!」
慌てて飛び起き、その方角を見るが、荒野が広がっているだけ。
「どこ?」
「あっこです。手を振っているのです」
僕の視力では、全然見えない。ユキくんやお姉さんには、見えているのだろうか。
「ユキくん、目ざといね」
「それが取り柄なのです」
「の割にはよく迷子になるけれど」
「それは言わないお約束なのです」
とりあえず、見えているかどうかわからないけれど、手を大きく振ってみた。
見えているといいのだけれど。
もう、見えないだろうなというところで、腰を下ろした。
「しかし、ホビットというのは、いや、ドワーフもホビットも、エルフも。それに何より獣頭人も。この世界の人達はどうしてこんなに義理がたいのかなあ」
「人はお互いに助け合わねば生きていけないのです。だから、誰かに何かしてもらったことは、大事にしなければならないのです」
さらっと、強いことを言う……。
「それに、あのお姉さんはカンテラさんに特別恩義を感じていたのです」
さらっと、妙なことも言う。
「義理がた過ぎるきらいもあるけどね」
たかが、道案内した程度で。第一例によって例のごとくホビット語なんて喋れないから道案内もジンさんにしてもらったのに。
「カンテラさん」
ユキくんがこっちを見ていた。
「どしたの?」
「『どうしようもないくらい、真っ暗なところに一人で立つと、本当に辛い。そういう時、ほんの少し明るい火が見えるだけで、大分救われる。人の心もそういうもので、僕はそのほんの少しでも明るい何かでありたいと思う』」
……。
「あの、お姉さんにとっては、見たこともない国でたった一人、道に迷う。助けようとしてくれる人がいるだけで、嬉しかったのだと思うのです。恩義なんて、そんなものなのです」
うーむ。
「ねえ、ユキくん」
「はい」
「その台詞、ジンさんが、教えたの?」
「はい、お酒が入ると、よく口にしていたのです。カンテラさんが言ったとか……」
「言ってない! 言ってない! そんな格好つけた台詞! この完全ギャグ生命体であるカンテラ様が言うわけないじゃん!」
「そうなのです?」
ジンさん……、なんてことを言ってるんだ……?!
まさか、レンちゃんも言い触らしたりしてないだろうな……。
馬車は、南進する。