9月5日 追記 アルミナ公邸で姫様と口喧嘩になり 一方的にぼこられる
流石はお医者さん。塗り薬縫って寝たら、痛みが大分引いた。
この調子で明日にはまあるい顔が少し丸くなくなってくれたらいいのだけれど。
とりあえず、記録しておくべき事柄だけ、しっかりとまとめておこう。
アルミナ公の屋敷に、ユキくんとピコちゃんを連れて謝りに行く。
向こうの執事に案内されて、中庭に行くと、多分初めて、アーマライト・アルミナ公を見た。
思っていたより若かった。もっと、眼鏡かけた気難しそうなおじいさんを想像していたのだけれど、眼の下に隈があって、全体的に精力に欠けた痩せた中年男性だった。
……、いや、それもどうか、なんだけれど……。
中庭のテラスに案内され、4人で卓を囲む。
アルミナ公は、日本語もエルフ語も堪能で、ユキくんやピコちゃん、それに僕との会話も全然問題がなかった。
話してみると、物凄く理知的で、とっつきやすい人だった。
僕の伴周りは、僕から聞いていたイメージで、僕の敵みたいなイメージを持っていたらしく、おっかなびっくりだったけれど、5分もしたら、仲良く談笑していた。
最上級貴族であるアルミナ公爵は獣頭人なんて普段あわないだろうと思っていたけれど、そもそも獣頭人の代表的存在であるユユキ・メルクリ族の御曹司のことは見知っていたし、若い時分にダークエルフ犯罪撲滅(ダークエルフを捕まえるのではなく、ダークエルフを利用して犯罪を犯す人間を取り締まるということ)の任に着いていたため、この褐色耳長族の性格を、よく理解していた。
途中で、僕のことをどう思っているのかという話になったが、「個人としての好嫌はない。人権は保障しても、公務に関わるのならば、その行動には枷をかけなければならないと考えている。誰もが高町観照のように義務なしに生きているわけではないのだから。表面だけ真似をして中途半端な融和主義に走る連中が現れれば、秩序をいたずらに乱すだけだ」という非常に良識あるまともな発言をしてくれて、僕も高感度アップである。
何より、頬が腫れてまあるい顔がさらに丸くなってるのを、スルーしてくれるだけで、十分ありがたい。
お茶が出てくる。うまい。おかしいな、僕の家も同じ葉っぱを遣っているはずなのに……。イオちゃんの淹れ方も問題ないと思うのだけれど。
後でここの屋敷のメイドさんに訊くと使っている水に差があった。そっかー、水か。
まあ、それはおいといて。
昔話を聞いた。
アルミナ公は、5年前に娘さんを流行病でなくされた。
当時の公の領地では、かなりの被害を与えたらしく、男でのほとんどがやられてしまい、農作物がまともに育てられず、あわや飢饉という有様だったが、公の仁徳ゆえか周辺諸侯の協力もあり、飢え死には出さずに済んだとか。
それでも、たくさんの人が亡くなって、領地はたくさんの不幸が覆っていた。王都にて悲報を聞くや、ダークエルフ犯罪撲滅のために奮闘していたが、御役目を一度退き領地へと舞い戻り、娘さんをまともに弔う時間も取れずに、公は必死に働いた。医者を四方から呼び、病人を保護し、食料をかき集めた。一人領地に残された娘さんが、趣味で世話をしていた庭園はどんどん荒れ果てていったが、それを顧みる余裕もなかった。
なんとか、すべてが落ち着いた時には、すでに死霊祭の時期さえ過ぎてしまい(僕達の感覚で言えば、四十九日何もしなかったようなものか?)公は、埋葬以外の、娘のためにすべき宗教的事柄をすべてできなかったということになる。らしい。
そのことを、決して恥じるつもりはないと言う。そんなことをすれば、亡娘の死を辱めることになる。
けれど、引きずっていないかと言えば、嘘になる。
そして、全てが終わって、抜け殻になる暇もなく、法務局からの局長就任要請。
自分にできることは何か? それを自らに問うて、死ぬその時まで役目を全うすることこそが、残された道だと悟ったのが、3年前のこと。
……なぜアルミナ公が僕なんかにそんな自分の半生を語ったのかはわからない。誰かに言いたかったのかもしれない。
たとえば、それを告白したところで、誰にも迷惑をかけないで済む僕のような存在を待っていたのかもしれない。
この世界に来てから、こういう場面によく出会う。
そして、何故ピコちゃんを見て、あんなに驚いたのかを言いたかったのかもしれない。
どうも、ピコちゃんの姿は、娘さんに本当に似ているんだとか。
むろん、娘さんは何年も前に亡くなっているのだけれど、もし、娘が生きていたらこんな風に成長していただろうな、と想像していたのとまったく同じ姿であったこと。それが、動揺をさらに誘ったらしい。
もちろん、胸に布切れ一枚巻いただけの姿で城内をうろつくような娘さんではなかったらしいけれど。
それで、思わず尋常でない眼つきで見つめて、追いかけて、その顔に触れようとしてしまったと。
ピコちゃんにエルフ語で何かを言って、ピコちゃんも、詰まりながら何か答えた。後でピコちゃんに確認すると「怖がらせるような真似をして済まない」との謝罪であった。
ピコちゃんは、まさか謝られるとは思っていなかったらしく、口ごもってしまいながらも自分も殴ってごめんなさい、と謝ることはできたとのこと。
まあ、一応落着かな?
そうそう、公の領地はセンチペドだった。
お土産に持ってきたのはセンチペド産のお酒。
またやらかしてしまった。
僕が一人顔を赤くしていると、「自分の領地なのに、この酒を飲んだこともなかったな」と笑ってくれた。
なんでも、男手がなくなって働き手が不足しているため、よそからの男手の誘致のPR活動として、酒造りを始めたのだとか。
公の提案ではなく、領地の女達が自発的に始めたんだとか。
なんつーか。どこの世界も女性はたくましいわ。
公は中庭を眺めて、この庭は娘が世話をしていた庭園を真似て作ったのだと、少し恥ずかしそうに言った。
センチペドの屋敷に帰れば、もっと大きくて、綺麗な庭があるんだ、と口にした。
ユキくんが、気を利かせてピコちゃんにそれを説明。
ピコちゃんから「行ってみたいな」という言質を取る。
公にピコちゃんの台詞を教えると、「ぜひ来てくれ」とのこと。
センチペド酒の原料になる農作物の収穫が近いのだとか。
ピコちゃんは、戸惑っていた。自分のようなダークエルフが、公爵なんて身分の人間の家に呼ばれていいのだろうか? 本気でそれを心配していた。
偶然、エルフ語で「行け」という単語を知っていた僕は、自分家のメイドのピコちゃんに命令した。
『ピコちゃん Go!』
頷いてくれた。
これですべてが決着である。
あとは、法務卿の夏季休暇に合わせてセンチペドを旅すれば、それでいい。
よかったよかった。
姫様については、まあ。
何故か、公の家に来ていた。
それだけ。それで、怒られて、ビンタされた。
理由は、まあ、プライベートなので、誰かに見られるかもしれない日記には書かないでおく。
まあ、どうでもいい理由。
※※
公の中庭には、テラスが二つある。
一つは、先ほどまで僕達がいた方。今は、アルミナ公とピコちゃん二人きりにしている。お互い、打ち解けたようなので、しばらく放っておいてもいいだろう。
そしてもう一つ。
実はアポなしで来た客が重なっており、こちらで待ってもらっていたと言う。
なんと、公の客ではなく、僕を待っていたという。終わるまで待たせてもらうと、居座っているとのこと。
僕に用があって、そんなワガママな娘は、一人しか思いつかない。
ユキくん連れて来てみたら、やっぱりそこに姫様がいた。
イリス・グラスフィールド王女殿下
半年ぶりに見るその姿は、少し顔色がよくなったように見える。
「お久しぶりです姫様」
「座りなさい高町観照」
……あれ? もっと感傷的な再会を想像していたのだけれど……。
とりあえず、言われた通りに、椅子にかけると
「違う。何故王族を前にして椅子に座る」
……え、床に座れっての?
「でないと、あなたの顔に背が届かないのよ、無駄に大きいのだから」
はあ……?
床に片膝ついて、面と向かう。
その顔を、姫様の眼を見て、気付いた。
あ、この人怒ってるわ
ビンタが飛んできた。
クリーンヒット
すってころりん、転ぶ。
痛いというよりも、衝撃で眼がぱちくり。
「なんで私に会いに来なかった!」
……えー。いや、ほら、僕達の立場考えたら、下手に会ったら周りがいぶかしむじゃん? やっぱりグルだったのか? って。大人しく国王陛下の判断を待つのが、一番賢いわけで……。
「言い訳なんてしなくていい! お前が考えることくらい私にわからないわけないだろうが!」
なら、何を怒っているのだ。ご丁寧に、腫れてない方の頬を叩いてくれたけれども。
「でも、だからって!」
姫様は、なんか怒ってる。
「私の部屋を爆破しといて! なんで謝りにこないんだ馬鹿!」
ああ、ホビット忍者流火遁の術のことだな。
……なに、爆破したのって姫様の部屋だったの?
「ご丁寧に私のお気に入りの服とか下着を狙って灰にして! お、お前からもらった手紙も半分くらいなくなったんだぞ!」
そんなこと言われても。
いや、こういう時に思春期の女の子に何言っても無駄だ。
ほら、ユキくんは流石、物陰に隠れて、我関せずの精神だ。
ああ、僕もそこにいたい。
しかし、どこに責任を求めるとなれば、やっぱり僕が責任者なのだろう。
「王女殿下、申し訳ありませんでした」
「うるさい! うるさい! 少しも悪いとは思ってない癖に! また小娘の癇癪が始まったとか思ってる癖に!」
よくわかってるじゃないか。いやいや!
「思ってないですよそんなこと」
「だったら、私があんなさびしい思いしていたのに、どうして助けに来なかった!」
それを言われると、言い返せない。
まあ、理由はお腹を刺されて生死の境を彷徨っていたことと、僕も反逆者の汚名を着せられて表だって動けなかったからなのだけれど。
この子も、理由を聞きたいんじゃないだろう。
「姫様、ごめんなさい」
「うるさい! これが他の娘だったら、全部放り出して駆けつける癖に! 知ってるんだからな! 私だけ特別扱いしやがって!」
それも言われると、言い返せない。 確かに僕は姫様を特別に思っていた。
一番たくましくて、どんな時も僕より一歩上を行ってる人だと。
だから、夏の間も姫様の命の心配はせず、勝利するための準備を整えていた。
でも、僕よりも10も年下の女の子なんだよな。
「姫様、ごめんね」
「今だって、私の怒りが収まるまで平謝りすればいいと思ってる! 頭も撫でてくれないし!」
撫でられたいのかよ。
「オークやホビットの姫は、頭撫でてやった癖に! 全部知ってるんだからな!」
なんで知ってる……。
よっぽどうっぷんが溜まっているらしい。
しかし、ぶつけられる身としてもなんと言うか、突然ビンタされて、罵倒されて、困ってしまってワンワンワワン状態なのだが、犬の通訳さんは柱の陰で尻尾を丸めて隠れているのです。
「タラシ! 大食い! バカ! メタボ!」
個人の肉体的特徴をバカにするのはやめて欲しい。
「私のことなんか 本当は嫌いなんだろう!」
僕も、疲れていたのだろうか。
そこまで言われて、ついカチンときてしまった。
「姫様。好き勝手言うのはそこまでにしてください」
「……え」
姫様が、冷や水ぶっかけられたような顔になった。
そう言えば、途中で遮って反論なんて、したことなかったな。ええい、ままよ。
「全部、あなたの御命令ですよ」
「……それは、わかってる。なら、それに見合う結果を出せ」
「何度も言うけれど、僕は剣祖でも神様でもないんですよ。勝手に期待したければすればいい。けれど、実力以上のことなんてできませんよ!」
「だったら、私に期待させるような思わせぶりな態度するな!」
したことねーよ
「したことねーよ」
「した! いっつもしてた! お前にとっちゃ子供一人騙くらかす程度のことなのかもしれないけれど、私にとっては!」
「だから!」
思わず、怒鳴ってしまった。
「僕が! いつ! あなたに! そんな騙くらかして、利用してやろうなんて態度取ったんです! いつだって本気だったわ! いつ! あなたのこと嫌ったってんです!」
ああ、馬鹿。子供相手になんでムキになってこんなことを……。しかし止まらない。
「だったらカンテラ! 私のこと好きか?!」
「す……、そりゃ、まあ」
……ああ、馬鹿。なんで僕は逡巡してしまった?
「即答できないのか!」
「好きですけど」
「声が小さい!」
「好きですけれど、何か問題でも?!」
時間が止まる。
あー、勘違いさせたかな。
姫様は、なんか半泣きになってる。
「それは、ラブ? ライク?」
ど、どうしよう。
「人類愛かな」
もう一回ビンタされた。
プンスカ怒りながら退席した姫様。
テラスで大の字で倒れている僕。
さかさまになった視界では、向こう側のテラスから、何事かとこちらを覗いているアルミナ公とピコちゃんの姿。
「カンテラさん、今のはいくらなんでも姫様が可愛そうなのです」
ユキくんの声が柱の後ろからした。
そうは言うけれどもさあ。
後で聞いたら、「アルミナ公にグーパンしたメイドの主カンテラは、話を聞いたイリス王女殿下が乗り込んできて、御手により制裁される、顔を晴らしたカンテラは、恥じて一か月程屋敷にこもる」という話でまとめられたとのこと。
こうしてダークエルフ暴行事件は、うやむやになった。




