8月30日 ジンさんとお別れの挨拶 デミトリにメイドの給料について相談
おそらく平成26年8月30日
剣暦××年7月30日
朝早くに、ジンさんが家を訪ねてきた。
今日で僕の家に来るのは最後だとのこと。
明日の夜には、城で他の4名の案内人と一緒に契約をするため、今から王城に待機するそうだ。
「しばらく会えなくなるが、いつでも手紙をよこせ、俺の任地は魔女郵便の届く地区だから」
とのこと。なんか、大泣きしてさっぱりしたのか、今日はサバサバした別れだった。
念のために何年くらい行くの? 10年くらい? と確認を取ると、長くて2年だ、と呆れられた。お前、期間も考えずに賛成してくれたのか? と。
正直なところ、2か月くらいで帰ってくると思ってた。
ジンさんに正直に言うと、「それはお前が国境顔パスで、ヨロイダチョウを乗り回すからだ」と笑われた。
さみしくなる。来月にはリーヨンちゃんの件でオークの国に行くが、会えるかどうかもわからないし、とぼやくと、ジンさんは真面目な顔で
「わからないじゃない。来たら、会うんだよ。どうにかして」
……そんなキャラだっけ?
とりあえず、明日の夜が過ぎた時点で、ジンさんと僕の契約は切れる。特に必要な書類もないとのことを伝えに来てくれた。
餞別に、一昨日レミィちゃんからもらった酒瓶の中で、一番美味しそうなのを渡す。
ジンさんは、珍しいことに、穏やかに笑って、「行ってくるよ、カンテラに恥じない仕事をしてくる」なんて言ってくれる。
ちょっと、ジンさん、あなたまでカンテラ様モードになってやしませんか。
見えなくなるまで見送って、「さみしくなるなあ」とはぼやいて見たけれど、屋敷に戻ると10人のダークエルフメイドが、どたばたと屋敷の大掃除をしていた。
メイド長に昇進したイオちゃんが、生き生きと指示を飛ばしまくってる。
首尾を訊くと、あまりよろしくないとのこと。
この元殺し屋の少女達は、炊事洗濯掃除何をやらせても平均以下で、自分でやる方が早い、とイオちゃんはぼやいている。
でも、少し楽しそうだ。それを指摘しようと思ったけれど、またいらぬことを言って怒られてはいけないので頑張ってねと言って、部屋にこもる。
と、思ったら、メイドのコムちゃんとサイちゃんが、僕の部屋の机からベッドからひっくり返して大掃除の最中だった。
ど、どうしよう。
とりあえず、デミトリの執事部屋に避難(デミトリは自分の部屋は自分で掃除するのでメイドが突撃してこない)
デミトリの淹れてくれたお茶をずずずと飲んで、ほっと一息。
あんまりさみしくは、ないようだ。
※※
11人のメイド達が屋敷中をひっくり返す中、安全地帯でお茶を飲んでいて、ふと思い出す。
「そう言えばデミトリ、彼女達のお給料なのだけれど、相場ってどれくらいかわかる?」
「一般的な商家の小間使い程度でよろしゅうございますか」
「よろしゅうございます。デミトリの勘定に任せる」
経営なんてさっぱりわからないから、デミトリに僕の全財産を預けて、運用してもらっている。よくわからないから、デミトリとイオちゃんの給料も、自分達で相場分くらい取っておいてと丸投げ。
わからないことは、わかる人に訊く、でこの人生やってきた。
で、僕の異世界人生でこういうことに一番詳しそうなのがデミトリだったのだから、仕方ない。
僕は、異世界人だから、何に巻き込まれるかわからない。いつ、無一文で放り出される破目になるかわからない。だから、いざという時に自分を守る分くらいの蓄えは勝手に準備しておいてと、常々家人には伝えている。
どうやら、デミトリもイオちゃんもそんな気がないようだけれど。
二人とも、賢いくせにたまに頭の悪いことするから困る。
おっと、話がそれた。
「デミトリ、相談なんだけれど、家の財産ってあとどれくらい残ってるの?」
家宰は、眼を丸くした。
「だ、旦那様が経済に興味を持たれた?!」
失礼な爺さんだなあ。
「いやね、支払いする給料が10人分、一気に増えたでしょう。払えるのかなって」
「旦那様、そういうことは先に相談していただいてから雇用していただけましたら」
はい、ごめんなさい。でも、行き場のないダークエルフを家で雇いたいと相談した時、ノリノリで賛成したよね。
「悪かったって、……で、どうなの? ぶっちゃけ、僕って収入ないじゃん。たまに王様からのおつかいで報償でるけれど」
「そうですね、ざっと説明しますと、数か月に一度の国王陛下からの依頼で諸国を見聞し報告することで、報償を得ておりますが、それなりの額が出ておりますし、旦那様はその体型に似合わず粗食です。メイドを10人程度雇っても、このサイクルならば、今の暮らしを続けていくことに支障はありません」
「この世界の人件費って、安いのね」
「正直、服と食事が支給されて寝泊まりできれば、問題ない連中ですからね、ダークエルフは」
「安く買いたたかれるってこと?」
「金で物を買うという発想に乏しいんですよ」
「……ほう。そう言えば、レンちゃんは旅してる時も、おやつとか自分では買わないけれど、僕と半分こする時は食べてたなあ」
「いえ、それは違う意味かと」
「??? まあ、いいや。適度に、面倒見てあげてよ。僕を一度殺そうとして、二度命を助けてくれた人達だ。差し引き一回、恩があるから」
「はは……。ところで旦那様」
「はいな」
「明日、フレデリカとミシェールを、連れてきてもよろしいでしょうか」
「えー」
「そこをなんとか」
「……えー」
フレデリカさん、まだ国境警備隊に帰ってなかったのか。
そして、ミシェールさんか、なんか、合わす顔ないな。
「ちなみにデミトリさ、ミシェールさんって何歳なの?」
「先日16になりました。もう結婚のできる年齢でございます」
「いや、そういう情報はいらないから」
「ちなみにフレデリカは」
「いや、そっちはもう知ってる18でしょ」
「いつの間に」
「鞭で叩かれながら訊いた」
……あ、やっべ。
「……鞭で? 旦那様、それは一体どのような状況でございますか?」
それ話すと長くなるんだよなあ。
どこから説明したら、納得してくれるだろうか。
「ほら、僕が国境線で捕まって拘置所に入れられた時の看守長が、フレデリカさんで……」
「フレデリカは囚人にムチを振っていたのですか……?」
「いや、違う! 僕が一回脱獄して、ジンさんの荷物とか、必要な情報を得るために舞い戻ってきた時に」
「脱獄?!」
「あ、言ってなかったっけ」
そういや、デミトリには必要な話しかしてなかったな……。
仕方ない。時間もたっぷりあるし。
デミトリに、7月末から、僕が何をしていたのかを、物語ることにした。
「まずは僕がホビットの国にたどり着いた時のことなんだけれど……」