Act:01《電脳世界の戦士達》Ⅳ
俺もゴーグルを装着し、三人それぞれが画面を見つめている。
画面には、ロード画面が表示されている。プログレスバーが右へ右へと前進を続けている。
これが全て塗り潰されれば、そこはもう、ゲーム世界だ。俺はエデになり、シズは燐緒になる。そしてコウイチもゲーム内の自分、アバターへと推移してゆく。
ロードが終わり、画面がフラッシュバックする。そして、光の中からバトルフィールドがその輪郭を現わしてゆく。
観衆の一人でしかない俺の視界には一軒の巨大な和風家屋が見える。これが今回のステージか。
「相変わらず、燐緒がプレイすると和風ステージ率高いよな。どんな裏技使ってんの?」
「知るかっ!」
シズはベンチに胡座を掻いて座っている。いつも通りに色気のないヤツだ。
その正面で手摺りに腰掛けているコウイチはちょっと顔が赤い。まさか秘密の花園でもチラ見したんだろうか……。スパッツ穿いてるはずだけどな。まぁシズのだし、あんまり興味ないけど。
――それにしても……。
「お前の服、このステージに似合わねえな~!」
俺と同じことを思ったらしいシズがぷすぷすクスクスと吹き出している。
「な、なんだよ! しょうがないだろ! エデや燐緒みたいに和風だとガンナーとして見栄えが悪いのっ!」
「けどさ、そのカッコ……。ひひひっ」
シズが意地悪に笑っている。ホント、いい性格してるよなコイツ……。
フィールドに降りた燐緒の恰好は前回俺と戦った時と同じ独特な戦装束。赤と黒の配色が目を引く忍べない忍び装束だ。和装……かどうかは知らないが、少なくとも伝統的な意匠は凝らしていない、言うなればなんちゃって和装。
ところが、コウイチこと【choro】(クーロと読むらしいがコロにしか見えん)の服装は、妙に近代的だ。何処かの国の特殊部隊といった黒いコンバットスーツという出で立ち。さらには、背中にはスコープ付きのライフル、腰元には拳銃や手榴弾などの重々しい武器。そしてボディアーマーの胸の辺りにはナイフが挿してある。
イメージとしては和風趣味の一風変わった要人の館へと忍び込んだ特殊部隊、といった感じか。ライフルが不気味に黒光りしている。
さて。戦況はまだ戦いとすら言えない段階だ。まだ二人は出遭ってすらいない。
最初の数秒だけは姿の確認のため、相手の外見が表示されるが、それもすぐに消えてしまう。
そうなれば相手を探すのは自分の感覚だけが頼りになる。
俺との戦いの時のように、あらかじめルールを決めておいて指定の場所で戦うということも可能ではあるが、今回は完全なランダムマッチ。ステージも選べなければポジショニングも選べない。
準備できることがあるとすれば、それはあらゆる戦局に挑めるよう、戦法や装備を整えておくくらいだ。
それ以外は完全なランダム。ゆえに、二人の顔色には緊張の色が濃い。シズなんて、さっきまで笑いこけていたとは思えないくらい静かだ。もはや別人に切り替わったかのよう。器用なヤツである。
一方、コウイチも一足遅れて戦いに集中し始めた。その時間差はというと、正直に言うとわずかなものだ。勝敗に影響するほどではない。それをコウイチがどう捉えるかはまた別の話だが。
観客である俺には、二人の位置は壁を透過して視ることができるが、対戦者である二人は、お互いの位置は全く掴めていない。これがこのゲームの特色の一つだろう。
レーダーのような便利なものは存在しない。視界にあるのは、操作キャラの背中とそこから見える周囲の風景のみ。このゲームでは、プレイヤーは自らの力で索敵をし、攻撃を仕掛けることになる。
それゆえに戦術は非常に幅広い。たとえば、一ヶ所に粘着し、探偵よろしく張り込み続けてもいいし、闇雲に探し回るのもアリだ。そして、姿を隠しながら周囲を窺うというのも有効な戦略の一つである。
選択肢は無限大。無数の作戦を取捨選択し、敵を追い詰めてゆくことがこのゲームの最も楽しいところであり、同時に最も困難なところでもある。
さて。
先に動き出したのは燐緒だ。手慣れた操作で歩を進めてゆく。その所作は意外と言うべきかどうかは不明だが、それなりに慎重だった。
壁沿いをポイントし、壁に張り付く。
そして、ゆっくりと顔を出し、周囲を窺うとすぐさま引っ込んだ。
訓練された軍人のような動きだ。そのうち、ジェスチャーとかアイコンタクトで指示を飛ばし始めそうだ。もっとも、一対一の戦いしか起こらないこのゲームではそんな機会は起こりえないのだが。
彼女が選択しているのは【移動】コマンドだ。
指定したポイントへキャラクターを動かすコマンドである。移動方法はウォーク、ダッシュ、ジャンプの3つ。
移動時間を短縮するため、ここでは当然ダッシュを選択している。
そして、壁に張り付くのは【行動】コマンドのひとつ。スニークだ。
スニークとは、壁や塀、物陰などに身を潜めるコマンドで、視認率を下げる効果がある。
早い話が、見つかりにくくなるというわけだ。これはプレイヤーの力量とは関係なく、純粋なステータス値として設定されている。
つまり、相手キャラクターの索敵能力が低ければ、相手プレイヤーにはその姿が一切見えないのだ。
これもこのゲームの特徴の一つ。なにせジャンルはアクションゲームではない。リアルバトルシミュレーションゲームだ。
パッドで操作キャラを直接動かすというわけではなく、ポインターで対象を指定して、コマンドを実行する。言うなれば戦略ゲームだ。
だからこそ行動には緻密さが求められる。
電脳ヴァーサスにおけるプレイヤーの技量とは、反応の速さでもなければ、反復した経験値でもない。
適切な状況判断能力だ。
そういった面があるからこそ、このゲームはEスポーツとして一世を風靡している。
新ジャンルの確立となったわけだ。
そして燐緒はというと、物音ひとつ立てずに廊下を渡り終えた。
建物はなんとも雅な雰囲気で、燐緒のいる回廊の外周には一本の立派な梅の木と綺麗な丸石が敷き詰められている。まるで庭園だ。
ひらひらと舞い降りる梅の花びらに身を掠めながら、燐緒は再び回廊の角へと差し掛かった。
燐緒がスッと、顔を出す。その視線の先には、一見すると何もないように見える。だが……。
燐緒はしばらくして顔を引っ込めた。そして、なにやら歯を食い縛ったあとに、廊下を引き返し始めたのだった。
なので俺もディスプレイを操作し、画面を拡大する。すると、見えた。……糸だ。
壁と廊下を囲う柵の間に、一本のワイヤーが張ってあったのだった。
間違いなく罠だろう。【行動】コマンドのひとつ、トラップだ。ワイヤーが引っ張られると発動するタイプの間接攻撃である。
あまり大きな規模だと設置が困難なので、仕掛けられたタイミング(開戦直後なので大がかりな殺傷性の高いトラップを仕掛けるだけの時間は存在しない)から考えても危険性は低いだろうが、それがどんなトラップであれむざむざ引っ掛かってやる義理などない。燐緒の行動は現実的だった。
また、トラップが発動した場合、それがきっかけになって索敵されてしまう可能性もある。お互いに敵を見つけていない状況で情報を与えるのはあまりにも不利だ。そういった面でも、燐緒は思っていた以上に冷静だったと思う。
その冷静さを現実で生かせば良いのにとも思ったが、それはさすがに言わないでおいた。というより、言えば言い返されるのは目に見えているからだ。どう考えたってゲーム技能を現実に生かしていないのは俺のほうだと断言できる。
それはさておき、choroのほうへ目を向けると、燐緒が引き返したトラップの先、襖の向こう側に潜んでいた。
もしかしたら攻撃型のトラップではなく、索敵型か妨害型だったのかもしれない。動きを封じたうえですぐさま打って出ていけるような位置にchoroがいたからだ。このシチュエーションを読み切って回避したのなら、燐緒の判断能力はかなり高いものだろう。俺は内心舌を巻いていた。野生の勘って恐ろしいモンだよな……。
さて、そんなこんなで戦闘は密やかに進んでゆき、戦況は緩やかに決しつつあった。
燐緒、というよりはプレイヤーのシズが悔しそうに顔を歪めている。その正面では、choroことコウイチが笑みを浮かべている。
燐緒は健闘したと言えるだろう。だが、それが失敗だった。
燐緒はついにchoroを発見できないまま、戦闘を終盤まで進めてしまったのだ。
そして周囲には無数のトラップ。気づけば袋小路に立たされていた。
渋面の燐緒を、choroがスコープ越しに見つめている。
勝敗は決した。あまりにも地味な幕引きだ。だが、それほどにchoroの戦術がうまく嵌まったと言えるだろう。
ライフルの放つ甲高い銃声がバトルフィールドに轟き、《K.O.!!!》の文字が終幕を告げる。
「くっそーーっ!!」
「ふっ、僕の勝ちだね」
「生意気だぁ! コロ助のくせにっ!」
シズの右ストレートがコウイチの顔面にヒットした。惨い。
暴れ始めるシズを羽交い締めにして宥め冷ますまでに所要した時間は実に20分に及んだのだった。
◆ようやく本編らしくなってきました。
そんなわけでゲーム説明とかいろいろ入りました。ここからあれとかこれとか書きまくるぜ!
……と言いたいところですが。
実は今現在まだ全然書けておりません。すみません。
act:02に関しては、まったりとお待ちください。
あと、そういえばコメディシーンは『俺ガイル』の影響も受けまくっています。もう本当にすみません。
◆予告。
ついに始まったアトランティスカップ in 世古浜。そこでは、市大会らしからぬ強豪が名を馳せていた。
大暴れする戦場の覇者にカエデたちは太刀打ちできるのか。
「このあたしが、本当の戦いってものを教えてあげる。見物料は、アンタの命よッ!!」
次回、《シロとクロの境界》!!(予定)




