人生の転換期
人生の転換期と言われて、何を思い浮かべますか?多くの人はきっと、結婚あるいは離婚、新しい土地での暮らしなど、色々思い出したいときや思い出したくないときを思い浮かべるでしょう。
私の転換期は、小学校四年生か五年生の頃、「自分が男だと気付いたとき」でした。
今まで自分の体を女だと勘違いをしていたわけではありません。ある日突然、「自分は男だ」、そう気づいてしまったのです。
なんの前触れもありませんでした。嫌なこともありましたし、楽しいこともありました。でも、そのどれもがトリガーではなかったのです。
まずスカートを履かなくなりました。小学校は制服だったのですが、体育ズボンで登校することになりました。特に何も言う人もいず、先生にはなんだか珍しい目で見られていただけでした。
その次に髪を切りました。余裕で背中が隠れる長さでしたが、バッサリと切って肩より少し短いショートボブになりました。男として近付いていく自分が好きでした。でも、同時に嫌いでもありました。
見える視界も変わりましたし、考え方も変わりました。口調も、歩き方も、人との付き合い方も。自分が自分でなくなっていく感覚が、心地よかったです。自分を書き換えられていると実感できる時間が。
でも、この転換期は、自分の人生を壊してしまった入り口とも言えます。そう言えるのは、きっとその頃の自分は思いもよらなかったでしょう。自分らしく生きて、これからが楽しくなっていくと信じている素敵で純粋な人間でしたから。
そんなもの、結局ただの夢でした。
私が小学生の頃から、LGBTQという言葉は世に出ていました。丁度、これから知られていくぞという年代だったのではないかと思います。私はずっとTである、トランスジェンダーだと思っていました。自分の体の性別と、自分の思っている(心の)性別が一致しない人間。ずっとその枠組みに入っていると思っていました。
そんな人生の転換期はある形で落ち着きました。それは、トランスジェンダーではなくなったことです。トランスジェンダーといいますと、どうしても性別違和と被せてしまいがちですが、違いはあると思います。私的には、病院で診断を受けたかどうかですね。
私は自分をトランスジェンダーではなく、クエスチョニングと表すようになりました。ちょうどQにあたるものですが、自分の性別が分からない、決めたくない、大まかにはそんな人たちを表します。
自分はそれで満足していますが、世の中にはLGBTQという言葉があっても、そんな枠組みにも入らない、入れない、入りたくない、入らなくてもいい。色々な人がいます。
だからどうこうというわけではないですけれどね。とりあえず、私の正体はこれです、という感じで締めさせていただきます。




