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村防衛の時

前回闘熊が鶴居村に現れてから五日目。一般的に闘熊は五日周期で縄張りを徘徊して獲物を狩る。つまり今日、鶴居村に闘熊の群れが襲いにくる。


兵舎の休憩室で翔は目を覚ます。身体中にまだ疲労が残っており、全快とはとてもじゃないが言えなかった。


(今、何時だ?)


時間が気になった翔はベッドから降りて、事務室を覗く。そこには剣の手入れをする黒木の姿があった。黒木は翔に気づくと手を止め、


「翔くんか、体調はどうだ?」


「まだ体が怠いですけど多分、大丈夫だと思います」


「そうか、なら一度宿に戻って準備を整えるといい。闘熊の襲撃まではまだ、時間があるはずだ」


光希に顔を見せとくか、と翔は考え答えた。


「じゃあ、宿に戻ります。また、後で‥‥」


翔は兵舎を出るとそのまま宿へと向かった。その途中、何人か農作業をしている村人と出会う。


(まだ避難はしないのか?)


そんな疑問を持つ翔だが、あまり気にしていてもしょうがないので軽いあいさつだけして通り過ぎた。


村に突如、鐘の音が響き渡る。


「早く避難しないと」


「待て待て、まだ家に嫁さんがおるんじゃろ」


「きっともう避難しとるはずだ」


一時の静けさが嘘のようにざわめきだす。


(魔物‥‥‥? とりあえず、鐘の鳴った方角へ行くか)


翔はそのまままっすぐと進んで行く。


しばらく走ると、翔は前方にいる闘熊の存在に気づいた。闘熊はこちらに気づいておらずどこか別の方角をジッと見ていた。


(何を見ているんだ?)


闘熊の視線の先には泣きじゃくる小さな子供がいた。今にも襲いかかろうと身を乗り出している。


「ちくしょう!!」


翔は大声で叫びながら闘熊に突っ込んで行く。闘熊は翔の存在に気づき、子供から注意をそらす。


(よし、あとはこいつを‥‥)


互いの距離が五メートルほどまで翔が迫ったところで、闘熊が翔に飛びかかり、五メートルもの距離を一瞬で詰めた。翔は爪による横薙ぎを転がることで回避する。翔と闘熊がにらみ合う。


(想像よりかなり速え。‥‥‥使うしかないか)


翔はチラッと泣いている子供を見る。


(逃げれねぇし、な)


闘熊は拳を握り、両足で走って来る。


翔は目を瞑り心を落ち着かせると、


「集中しろ‥‥‥よし、集──」


「”天”」


技を使おうとした翔の後ろから人が飛び出すと、翔が反応するより速く闘熊へ一撃を決める。鋭い切り上げをわきに食らった闘熊は地に膝をつけた。好機とばかりに首に刀を刺す。


「光希っ!!」


闘熊の死体を黙って見ていた光希は翔の方に向き直る。


「翔、こんなところにいたんだ」


「あぁ、兵舎から宿に戻ろうとしていたところだ」


「ふーん、今の状況理解してる?」


「いや、何も知らない」


「そっか、じゃあ軽く説明するね。北の塀が破られて何体かの闘熊が村に侵入したんだ」


「全部じゃないのか?」


「うん、ほとんどの闘熊は南の正門で戦闘中」


「北からと南から‥‥南の戦闘は陽動か!」


「正解だよ。で、僕は今、北から侵入した闘熊を狩ってるんだけど‥‥‥」


光希が言い淀む。


「どうしたんだ?」


「翔、君は技を覚えたのかい?」


「えっ? まぁ、一応な」


光希の表情が明るくなる。


「よかった。一つ頼みがあるんだ。北から侵入した闘熊の残りを翔に任せたい」


「はぁ!?」


翔は荒っぽく声を上げる。


「やっぱり、気にしてるかな?」


「お前が死ぬって言ったんだろ!!」


翔は光希を問い詰める。翔もこの時間がもったいないことはわかっていた、しかし止めることはできなかった。光希は頭を下げる。


「ごめんね。あの時は翔の覚悟を試すつもりだったんだけど‥‥‥帰ってきたら謝ろうとは思っていたんだよ」


(‥‥‥えっ?)


光希の言葉に翔はその場に立ち尽くす。


どこからか人の悲鳴が聞こえる。翔はやるせない気持ちになるが、


「今は‥‥こんなことしている場合じゃないっ!!」


翔はそれだけ言って悲鳴のした方へ足を向ける。


「うん、わかった。後で話そう。ここは頼んだよ、翔」


「‥‥‥正門は任せた」


二人は背を向けて、互いの道を駆ける。



翔は全力で走った。迷いも、悲しみも、怒りも全てを忘れ走る。俺は俺の役目を果たす、翔はただそれだけを考えた。


(たしか、ここら辺から聞こえたはず‥‥)


翔は目を走らせ、辺りを警戒するが人影すらない。妙な静けさが翔に緊張感を感じさせる。


翔は不意に、自分の正面に宿を見つける。翔は胸騒ぎがして、宿に入ろうとする。


その時、宿の中でガラスが割れるような大きな音が響く。


(くっ、まずい!!)


翔は中に入ろうと慌ててドアを引っ張るが、ドアには鍵がかかっていた。仕方がなく翔はドアを蹴り破る、と同時に二階から何かが落ちてくる。


「香奈?」


二階から飛び降りた香奈は着地による怪我で顔を歪めていた。


「翔‥‥‥助けて」


そう言った香奈は自身が破った窓を指差す。そこには香奈を見下ろす闘熊の姿。


(このまま戦ったら、香奈がやばい)


すぐさま香奈に駆け寄ると、軽々とお姫様抱っこをすると一目散に逃げる。翔も薄々は気づいてはいたが、この世界に来てからかなり身体能力が向上している。いくら翔が体力があるとは言っても人を簡単に持ち上げることはできなかった。


翔の耳に闘熊が迫ってくる音が聞こえる。


「チッ、しょうがねぇ」


香奈を投げるように下ろすと、反転して闘熊と向かい合う。闘熊も翔の前まで来ると立ち止まり翔を睨みつける。


「香奈、どっかに隠れてて」


翔は闘熊から全く注意をそらさずに言う。少しでも隙を見せれば死ぬことを翔は感じていた。いつでも戦えるように両手に電気をまとう。


翔は闘熊の爪を使った切り裂きをバックステップで避け、闘熊と間合いをとる。闘熊の攻撃も一度では終わらず爪で翔に突きを仕掛けるが、翔は態勢を低く落とし躱す。


「おらっ!!」


無防備になった闘熊の腹に電気を帯びた右ストレートを打ち込む。が、闘熊は後ずさりすらすることなく翔と視線を合わせる。


(やばっ)


後ろに逃げようとする翔だが手遅れで闘熊に両手で抱きしめられるように拘束される。翔の足が地面から離れ、骨の軋む音が響く。


「あっ、くっ‥‥そぉぉ」


(肺が‥‥‥潰れる)


「翔!!」


目の前で行われる凄惨な光景に香奈が耐えきれずに飛び出す。痛みにもがく翔も香奈が出てきたことに気がつく。


(‥‥まだ、死ねない!!)


「くっ‥‥‥”放雷”っ!!」


翔が言霊を紡ぐと、体全身から電気がほとばしる。翔に密着していた闘熊は突然の攻撃に反応できず、白目を向いて気絶する。


「ふぅ、何とか一体、か‥‥‥」


翔は刀を抜刀すると、一撃で意識のない闘熊を仕留める。


「翔!! 大丈夫なの?」


香奈が翔に駆け寄る。


「あぁ、多分な。骨は折れてはいないと思う」


「そう、よかった」


ホッと胸を撫で下ろす香奈。


「香奈はすぐ、どこかに隠れて。俺は他の闘熊を倒すから‥‥」


香奈に背を向ける翔。


「そんな!! まだ、戦うの?」


香奈は翔の腕を強く掴む。振り返った翔と香奈の目線が交わる。


「‥‥‥ごめん」


翔は素っ気なくそう言うと、香奈の手を振り払い走り出す。


翔は後ろからすすり泣くような声が聞こえたが、振り返ることなく進み続けた。



何もない田舎道を走り続ける翔。どことなく心に後ろめたさを感じ、心に重い罪悪感が湧く。


(‥‥‥これで、いいんだ)


不意に翔は辺りの静けさに違和感を覚える。


(こんなに探し回っていないんだったら、もういないのか?)


香奈と別れてから闘熊の声どころか、人の声すら聞いていなかった。


(‥‥一度、正門に行ってみるか)


南の正門へと進行方向を変える。





光希はほぼ一人で正門を守っていた。光希が駆けつけた時、立っていたのは黒木と数人の兵士のみで他の兵士は地面に転がっていた。対する闘熊は二十を超え、絶望的な状況の中、光希のみは諦めずに戦い続けた。光希の奮闘のおかげでどうにか闘熊を一桁まで減らす。が、度重なる技の使用と、見方を気遣いながらの戦闘で光希の体は限界だった。


「ちょっと‥‥‥やばいかな」


刀を構えながら後ずさる光希に闘熊三体が襲いかかる。


「光希くんっ!!」


光希の後ろから黒木の叫び声が聞こえる。


「遅いね」


加護の力を使い闘熊の間を通り抜け、すれ違いざまに横腹を切る。


光希が立ち止まると、すぐに別の闘熊が殴りかかってくる。


「くっ‥‥」


光希は躱しきれず、後ろに跳ぶことで勢いを殺す。しかし、転がった先にもまた別の闘熊が待ち構えている。


「キリがないよ」


紙一重で攻撃を避け続ける光希だが、回避の瞬間に血だまりに足を滑らせ、


「あっ‥‥」


前のめりに倒れる。一体の闘熊が馬乗りになり、光希に爪を突き立てる。


光希は死を覚悟して目を瞑った、が予想していた痛みはこず、ゆっくりと開いた目には闘熊の手を抑える翔の姿が写る。


「”放雷”」


翔は闘熊へ一気に電気を流しこむと、あっけなく闘熊は意識を失った。


「なんで、翔がいるのかな?」


「暇だった‥‥からかな」


他の闘熊たちが一斉に二人に向かってくる。


「翔! 一旦、下がるよ」


「了解」


翔と光希は黒木と数人の兵士のいる場所まで後退するが、闘熊たちが追ってくる。


「さすがに、あの数は‥‥‥何か牽制になることはないかな?」


(牽制‥‥‥それなら)


翔は両手を大きく横に開き、やや低めに構えると呼吸を整え、


「”放雷”っ!!」


翔の手から電気が大気中に放電される。突然の不可思議な現象に警戒し、足を止める闘熊。


「それが、翔の技か」


「あぁ、循環じゃなく放出に重点を置いた技だ。ただ──」


翔の額が汗で濡れていた。


「体力消費が‥‥激しいんだね?」


「そう、放雷は後一回撃てるかどうかだ」


光希が首を傾げ、


「放電は、? まさかもう一個覚えたの?」


翔はわずかに口元をほころばせ、


「もちろん」


「さすが翔、だね」


闘熊たちは警戒しながらも次第に距離を詰めてくる。


「悪いけど翔には手を貸してもらうよ」


光希は刀を握り直し、右足を引き体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げる。


「何をすればいい?」


「僕が隙を作るからその間にどんどん仕留めて」


「わかった」


翔は左手の人差し指と中指をくっつけ、半身になって構える。


「行くよ」


光希は闘熊の集団の真ん中に飛び出すと、


「”陽”」


光希の前方に刀が弧を描き、闘熊たちを切り裂く。


「翔!」


光希が翔に合図を送ると、翔は指先に力を込め、


「”集雷”」


翔が全ての力を指先に集中させると、指先から激しい音を放ち、空気中に放電する。


集雷は一点集中の攻撃。放雷と同じく、放電しているものの放出範囲が極めて狭いため、消費は放雷よりかなり少ない。


翔は光希によって足を切られ膝をついている闘熊に向かって駆ける。翔は、翔の存在に気づいた闘熊の大振りな引っ掻きを軽く躱すと、首元に指先を当てる。


一瞬だった。翔が闘熊に触れたと同時に闘熊の心臓は止まり、絶命した。


翔は闘熊が固まっている場所に視線を向けるとすぐにそこへ走り出す。


「”水”」


翔に注意の向いていた闘熊たちに光希が後ろから、流れるような動きで闘熊の数を減らす。


一瞬、光希に意識が向いた闘熊たちを翔が、


「”集雷”」


力を込め直した指で一気に三体を葬る。


「これで‥‥全部か?」


肩で息をする翔が光希に確認するように言う。


「いや、まだ‥‥一体いるね」


光希の視線の先には他の闘熊より明らかに大きく、傷のある闘熊がいた。


「‥‥‥群のボスか?」


「多分ね。翔はどのくらい余力ある?」


「放雷三発に集雷二発。正直もう限界ギリギリ」


「翔も、か。僕ももう技は使えないかな‥‥」


「俺は集雷一発で最後だ」


ボス熊がこちらに向かって走り出す。


翔と光希は左右に分かれて挟み込むようにボス熊に接近すると、光希がボス熊に仕掛ける。ボス熊の連撃を光希は紙一重で躱し続けるも、避けるので精一杯で攻めあぐねていた。光希にボス熊の注意が向いているにも関わらず、翔は隙を見つけれずにいた。


(くっそぉ‥‥‥隙がねぇ。光希もかなり消耗してるし‥‥)


翔は二本の指を揃え、構える。


(っ‥‥駄目だ。この一発を外したら終わりだ)



ボス熊の右ストレートを体を横にずらして避け、右からくる爪をしゃがんで回避。かがんでいる光希に飛んでくる蹴りを刀で受け止める。


「ぐはっ」


光希の口から血が溢れ出る。


「光希!!」


翔は光希から気をそらすため咄嗟にボス熊の横腹を蹴る。ダメージは無いものの、ボス熊の標的は光希から翔に変わる。


ボス熊の拳を翔は腕を交差させ、守るも受けきれずに後ろに飛ばされる。


(まずいっ!)


翔は立ち上がろうとした時、自分の右腕が折れていることに気づく。ボス熊は地面に倒れている翔にとどめを刺そうと腕を振り上げる。


「”真一文字”」


声が聞こえた直後、翔の後ろから刃が飛んでくる。刃を受けるために両手を使ったボス熊は、翔に対して完全に無防備だった。


「”集雷”っ!!」


全ての力を込めた指突をボス熊の心臓に打ち込む。


翔は身体中にあるあらゆるエネルギーが体から抜けていくのがわかった。


(これで‥‥‥勝っ───)


翔は力なく倒れるボス熊を尻目に、意識を手放した。

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