鶴居村の時
陽が今、まさに沈もうとし、辺りを朱色に染めている。そんな中、翔、光希、香奈の三人は鶴居村の門に辿り着く。
門は木製で見張りはいない。村自体は木の塀で囲まれていて様子がわからなかった。
「おーーい」
香奈が突然大声を出しながら、力強く木の門を叩き出した。
「これで‥‥開くのか‥‥?」
数秒後、ギイギイと鈍い音をたてながら木の門が開かれる。
「これは‥入っていいってことだよね?」
光希は少し躊躇い、村へ入ろうとする香奈に確認する。
「うん、基本的に誰でも入っていいはずだよ」
翔と光希は顔を見合わせながらも、門をくぐる。
だだっ広い敷地の中、ポツポツとある木造建築の家。家の周りにある広い畑とそこで働く人々が目立った。
(農村か‥‥少しだが、家の感じが昔の日本と似てるような‥‥)
「香奈じゃないか、買い出しはどうしたんだい?」
西洋風の鎧をまとった男が香奈に声をかける。その風貌はまさしく中世の騎士だったが、兜をつけていなかった。
「黒木さん! その‥‥‥」
突然言い淀む香奈に首を傾ける騎士。
「実は、途中で魔物に襲われて‥‥」
「なにっ!? ‥‥護衛の奴らはどうした?」
香奈は騎士から目線を逸らす。
「多分‥‥全滅です」
「‥‥‥そう、か。わかった。その後ろの二人は誰だ?」
騎士はそう言って翔と光希を指差す。騎士は品定めをするように二人に視線を送る。
「僕はただの旅人です。今日、たまたま森で香奈さんに会ったので、同行させていただきました」
膝を折り、明らかに下手にでる光希。
(光希は七雄の一人のはずだろ? 何で隠したんだ?)
翔は騎士と目が合う。心の中でぼやきながらも翔も光希と同じ態勢になり、
「彼と同じく旅人で、森で香奈さんと会いました」
いきなり態度を変えた二人を見て、香奈が思考が追いつかず硬直していた。しばらくすると、香奈は慌てて、
「えーと、彼が光希さん、こっちが翔さん。森の中で魔物に襲われていた私を助けてくれたの」
「ほう‥‥そうか、私の名は黒木だ。この村の戦士の隊長をやっている。‥‥そんなにかしこまらないでくれ、私は対した偉いわけでもないんだ」
ゆっくりと立ち上がる光希、それを真似する翔。
「よろしくお願いします、黒木さん」
「あぁ、こちらこそ香奈が世話になったようだな。ところで君たちは加護を受けているのか?」
(えっ‥‥なんでわかるんだ?)
「はい、受けていますよ。でも、黒木さんも受けていますよね?」
さも当然のことかのように光希は言った。
「確かに受けている。‥‥少し、話がある。兵舎まで来てくれないか?」
光希は翔の方に視線を送る。
(‥‥‥‥えっ?)
賛同を求めている、と考えた翔は首を縦に振る。光希は視線を黒木に戻して、
「いいですよ。早く行きましょうか」
「よし、ではついてきてくれ。香奈は家に帰っていいぞ」
一気に嬉しそうになる香奈。
「はいっ!!」
香奈が小走りに走り去っていく。
兵舎に向かい歩いている間、翔は話の内容について考えていた。
(話か〜、加護の有無を尋ねたんだから戦いに関係することだろうな‥‥)
話を聞く前から気落ちする翔。
「ここが兵舎だ」
兵舎は塀で囲まれていて、籠城をするのに適していそうだった。本体もかなり大きく、他の家とは違った木を使っているようで、でかなり丈夫そうに見えた。庭では何人かの男たちが剣や槍を使って訓練をおこなっている。
黒木は遠慮することなく兵舎の中に入っていく。
翔たちは事務室のようなところに連れて行かれた。もちろんパソコンなどは無いが、書類の束が積み重なっている。木の椅子が四つあったのでその一つに翔は座った。
「わざわざ話を聞きに来てくれてありがとう。で、話というのなんだがーー」
「活性化した魔物の討伐、だろ?」
黒木の説明するより早く、光希が答える。光希の言葉に目を見開く黒木。
「な、なぜわかった?」
「強い奴を集める時は大概、魔物との大規模な戦いだからね」
へぇーそうなんだ、と感心する翔。黒木は納得していないようで、
「魔物の活性化がわかった理由はなんだ?」
「それは森で戦った時に、なんとなくかな?」
「‥なるほど。では、共に戦ってくれるのか?」
「‥‥‥っ!!」
殺し合いの恐怖を翔は思い出す。相談をしようとした光希が翔の異変に気づく。
「翔? どうかしたの?」
「ん、いや‥‥なんでもない」
「‥‥‥? 翔はどうしたいの?」
戦いたくない。嘘偽りのない正直な翔の気持ちだった。
(このまま、逃げ続けても‥多分、元の世界には帰れない)
爪が掌に食い込むほどの力で手を握りしめる。
「俺は、助けになれるのなら‥‥助けたい」
光希は嬉しそうに笑いながら、
「そっか、じゃあ手伝おうか」
「すまない。お礼に関してなんだが‥‥今年、農作物が不作でな、十分な報酬を払うことができないのだが‥‥」
「関係ないね」
ハッキリとした口調で光希が断言する。
「ほら、僕たちはそんなもののために戦うわけじゃない‥‥よね?」
光希は突然、翔に賛同を求める。こう言われてしまっては、翔も欲しいとは言えない。
「そりゃあな。金のためにやるわけじゃない」
無理やり虚勢を張る翔。
「うん、よかった。早速、話を聞かせてもらうよ」
その様に深く感銘を受けて、深く頭を下げる黒木。
「本当に、感謝する」
「まぁまぁ、頭を上げてよ」
「‥‥すまない」
「そろそろ詳しいこと教えてくれるかな?」
「あぁ‥‥‥、最近になって魔物が活性化しているのは話したな?」
「うん、聞いたよ」
「その魔物を討伐するために、この村から十四人の戦士を森へ送ったんだ」
「なぜ森なんだ?」
光希が真剣な眼差しで質問する。
「この村に来る魔物の九割は始まりの森から来ているんだ。その元を断つために森へ行ったんだ」
「なるほどね‥」
「そのメンバーには俺もいた。森に入ってからしばらく歩くと、ある洞穴を見つけたんだ」
「洞穴‥‥」
翔は思わず野宿した洞窟を思い出す。
「洞穴の中には‥‥龍が、朱龍がいたんだ」
「龍っ!!」
いつも冷静な光希の表情が崩れる。
「当然、勝てるはずもなく‥‥」
「生き残りは他にいないのか?」
黒木に目立った傷は無い。ならば、他にも生存者がいてもおかしくない、と考えたのだ。
「いや、俺が生きてたことさえ奇跡なんだ。他の奴は生きてはいないだろう‥‥」
黒木は悔しそうに歯を食いしばる。
「でも、僕たち二人に何を頼みたいんだい?」
(たしかに、そんなに強いなら光希がいても勝てるかどうか。しかも黒木は光希の強さを知らない‥‥何がしたいんだ?)
「朱龍については王国が対処してくれるはずだ。それより問題なのが‥‥‥闘熊だ」
闘熊、翔がその単語を聞いた瞬間に光希の忠告が頭をよぎる。
全長二メートル以上、鋭い爪と岩をも砕く拳を武器に素早い動きで命を奪い取る。翔は光希からこんな話を聞いた。それともう一つ、出会ったら逃げろ、と。
「朱龍が出現してから五日に一度くらい、闘熊の群れがこの村に来ている」
「群れ? 具体的にはどのくらいの数なの?」
「目測で十五前後だ」
翔は自分の心音が跳ね上がるのがわかった。
(一体でさえ、馬鹿みたいに強い闘熊を‥‥そんなに相手にするのかよ)
光希も少なからず焦っていた。彼一人で闘熊十五体を相手に生き残るのは難しくはないだろう。ただし、今回は犠牲を出さず、なおかつ闘熊を殺さなければならない。
部屋の中が沈黙に包まれる。
黒木は二人の動揺に気づいていた。
「もちろん、今から断ってくれても構わない。強要は、しない」
「‥‥‥今さら、逃げねぇーよ」
翔は逃げるわけにはいかなかった。
「僕も断る気はないからね」
口元がわずかに上がる黒木。
「‥‥そうか。では、力を貸してもらう」
暗くなった田舎道を一人寂しく歩く翔。雲一つない夜空に浮かぶ三日月が翔を照らす。鶴居村に一つだけある宿に向かっていた。
「もうそろそろ、着いてもいいはずなんだけどな‥‥」
ポツリと愚痴がこぼれる。翔の後ろから土を踏みしめるような音がした。
「っ!!」
素早く体を反転させ、守りの態勢に入る。
「翔、さん?」
「‥‥香奈?」
翔が振り返った先にいたのは、野菜の詰まった籠を持つ香奈だった。
「えーと、どうしてこんなところにいるんですか?」
「えっ、それはーー」
軽く迷子になっている気がしていた翔は、真実を話すべきかためらう。
「もしかして‥‥うちの宿に用ですか?」
「まぁ、そうだけど‥‥うちって、もしかして」
「そうだよ、私の家は宿屋をやっているの」
翔は、こんな偶然もあるもんなんだな、と思った。
「よかったら、宿まで一緒に、どう?」
ありがたい話だ。実際、細かい位置まで聞いてなかった翔は一人では行けるかどうか怪しかった。
「そうだな、一緒に行くか」
二人は横に並んで田舎道を歩く。
「ふふふっ、ありがとね、翔さん。今日はお礼の意味も込めて全力の料理を振る舞うから」
香奈が一人、意気込んでいる。
「楽しみにしておく」
「うん、頑張りから期待しててね。森の時の分もお礼をしなきゃね‥‥」
チラッと黒猪との戦いが頭によぎる。
(でも、香奈の命が救えたから‥‥良かったよな)
「あんまり気にしなくていいから。俺は自分にできることをやっただけだ」
「でも、私を助けてくれたのは事実でしょ? だから、いつかお礼するからね」
「うーん、まぁ、適当でいいからな」
「忘れないからね!! ところで翔さんはなんの加護なんですか? 道中は疲れててあまり聞けなかったんですけど‥」
加護について興味を持っている香奈。加護について色々聞きたいのだろうが、あいにく翔もほとんど知識を持っていない。
「精霊の加護の、雷撃だ」
「やっぱり、精霊の加護なんですか!!」
「えっ、あぁ‥‥そう、だけど」
香奈が何に感動しているのかがわからない翔。
「すごいっ!! やっぱりすごいです」
(すごい、のか?)
「あー、ありがと」
「技を見せてもらったもいいですか?」
「技?」
光希から聞いていない単語。
「あれ、もしかして技持っていないですか?」
「持っていない、と思う。‥‥技ってなんなんだ?」
首を傾げて困惑する香奈。
「翔さんは、技を知らないんですか‥‥?」
(常識なのか‥‥?)
「ごめん、教えてくれない?」
「あ、はい。加護ってなんなのか知ってますか?」
光希はなんと言っていたか思い出す。
「自分の生命力を使った力?」
「そう、加護は力。その力をより効率よく使うためにあるのが技なんだって」
「そうか‥‥」
(技を覚えれば闘熊を倒せるかも‥‥)
僅かな希望の光が見えた翔は、
「なぁ、技ってどうやって覚えるんだ?」
と、香奈を問い詰める。
「えっ!‥‥‥すいません。私、加護受けないので詳しくは知らないんです」
「そう、か」
(後で、光希から訊き出せばいいか‥‥)
「力になれなくてごめんなさい。あっ!! でも、さっき門で会った黒木さんならわかると思います。あの人も加護を受けていますから」
翔は鎧をまとった黒木の姿を思い出す。
「どんな加護なんだ?」
「確か‥‥”飛剣”って名前でした」
(飛剣‥‥斬撃を飛ばす力か?)
「すごいんですよ。離れたところにある木も、真っ二つにしちゃうんです!!」
鼻息を荒くして熱弁する香奈。それに対して翔は、冷静に分析する。
(中距離への飛び道具、か。でも、近距離になると結局は剣を使うなら有用性は低いかな)
「それは楽しみだ。今度、黒木に見せてもらいたいな」
嬉しそうにニコニコする香奈。やはり、この歳だからか、胃能力に大きな憧れがあるらしい。香奈から加護についてを聞かされているうちに宿に着いていた。
「ここが、宿屋だよ」
香奈は少々物足りない胸を張り、宿屋の方へ手を掲げる。木でできた骨格に白い壁、三角の屋根に木の格子が付いたバルコニー。大きさは元の世界の家が二、三軒ほどの大きさで、まさにお話の中にでも出てきそうな宿だった。
「さっ、入ろうよ」
香奈が入り口のドアを開け、迷いなく入って行く。翔は現代人であり、このファンタジーな作りに感動していた。
「どうかしたの?」
しばらく経っても入ってこなかった翔を心配したのか、香奈がドアの隙間から顔を覗かせる。
「ん‥‥別に」
慌てて翔も宿の中へと入る。
宿に入って翔が最初に思ったこと、それは質素の一言だった。右手には木製のカウンター、左手には小さな厨房の入り口。厨房から三十代くらいのエプロンを着けた女が出てくる。
(どことなく、香奈に似てる‥‥?)
「香奈ー、帰ってきたのね。早く食材をーー」
女は翔の存在に気づき、口を止める。翔が客だと判断するとすぐさまエプロンを外す。
「お泊まりですか? それとも、食事ですか?」
女の豹変ぷりに軽く戸惑う翔。
「お母さん、この人が私を森で助けてくれた人だよ」
「あら、そうなの。娘を助けてくださってありがとうございます」
頭を深く下げ、丁寧に礼をする香奈の母親。
「いや‥‥気にしないでください」
「そんなこんなできません。お泊まりですよね? では、すぐにでも食事の用意をしますので。香奈、部屋に案内しなさい」
香奈の母は香奈の持つ籠を奪い取ると、そそくさと厨房に戻っていく。
「せわしいお母さんでごめんね。何時もああだから気にしないで。じゃあ、部屋に案内するね」
香奈は階段に登り、翔に向かって手招きする。
(仕方がないか)
翔はため息まじりにそう思った。
香奈に明らかに他とは違う、大きな部屋に連れて行かれる。部屋に入ると香奈がすぐにランタンに火をつけた。部屋は存外普通で、と言っても暖炉、ベッド、ランタンがある程度だが野宿よりは断然良かった。
「この部屋は好きに使っていいよ。少し待っててね、今食事を運んでくるから」
香奈が部屋から出ようとしている。
「ちょっ、俺にはこんな部屋に泊まる金無いって」
翔は光希から幾らか金は貰ったが、こんな高そうな部屋を泊まるほどではなかった。
「大丈夫よ、そこはサービスだから」
そう言って香奈はドアを閉めた。
はぁ、と翔は深くため息をつき、ベッドに倒れこむ。
(なんだかんだ言って、俺もこの世界に順応してきたな)
日本にいた頃が遠い昔のように感じられる。何の危機感もなく生きていた、その素晴らしさが今ならわかる。
(俺のこと、心配してんのかな‥‥)
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昼休みになって間もないのに、多くの人が楽しそうに昼ごはんを食べている。その多くがカップルであり、 一目もはばからずにイチャついている。今更ながら、他の場所にしておけば良かった、と軽く後悔する翔。
「どこで食べますか?」
「ん、そうだな‥‥‥」
周りを見るがあまり空いているスペースが見当たらない。
「あそこのベンチでいいんじゃない」
翔は端っこの日陰にあるベンチを指差す。日陰にはあまり人がいなく、翔にとって好都合だったからだ。
「はい、そうしましょう」
ベンチに座ると茜は翔から風呂敷を受け取る。翔は茜が弁当を広げる様をぼんやりと眺めていた。茜が持ってきた弁当はかなり大きく、翔は少し不安になった。
(‥‥‥なんか多い気がするのは気のせいだろう。仮に残したとしたら白菊さんに失礼だよな)
突然、茜が弁当を広げる手を止める。
(どうしたんだ? あとは、蓋を開けるだけなのに)
「開けるのは、月雲くんがやってくるかな?」
「えっ?」
唐突な茜の頼みに呆気を取られる翔。茜は翔の顔を見つめている。
「‥‥‥わかった。じゃあ、開けるからね」
翔はゆっくりと弁当の蓋を開ける。弁当の中には様々な料理が詰められていて、どれも美味しそうだった。
「おぉ!!」
感嘆の声を上げる翔を、嬉しそうに茜が見ている。
「すげぇ‥‥‥」
一つ一つ手の凝った家庭料理並んでいる。翔は一つ作るのさえやっとな料理だ。
「これ、食べていいか?」
「どうぞ、遠慮しないでね。これは月雲くんのために作ったんだから」
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体が左右に大きく揺さぶられている。
「翔、起きて」
「ん?」
ぼんやりと意識が戻ってくる。頭に手を当て、記憶を手繰り寄せる。
(あのまま、寝ていたのか)
「おはよう、翔」
「あぁ、起こしてくれてありがとう」
木の椅子に座った光希に礼を言う。その時に、机に並べられた料理が目に入る。
「ほら、翔も早く食べようよ。香奈のお母さんが一生懸命作ってくれたんだよ」
「わかった‥‥」
ベッドから降り、光希の正面に椅子に座る。
「さぁ、食べようか」
光希は少し冷めた魚のハーブ焼きに手をつける。翔は食事には一切手をつけずに光希に問う。
「闘熊は、何時くるんですか?」
光希の手が止まる。少し考えてから、また手を動かし始め、
「おそらく三日後の夜に来るはずだよ」
(三日後‥‥‥まだ猶予はある)
「光希は、技って‥‥‥知ってるよな?」
「‥‥‥どこでそれを知ったんだい?」
「誤魔化すなよ」
軽く切れ気味に放った一言だが、光希はなんでもないかのようにフォークを動かし続けた。
「確かに、僕は技を使えるし、教え方も知っている。でもね、たった三日でどうにかなるとは思えないんだよ」
光希にしては珍しい否定的な意見。光希から目を逸らす翔に向かって光希は続ける。
「仮に間に合ったとしても、死ぬよ?」
「えっ?」
「だってそうだろ? 闘熊は上位の魔物。昨日今日加護を覚えた奴が戦っても死ぬだけ。もちろん、一体くらいは倒せるかもしれない。でも、それだけだ」
光希は冷たく翔に言い放つ。
「くっ‥‥‥」
翔は何も言い返せなかった。いや、言い返すだけの実力がなかった。
「三日後の戦いは僕一人でかたをつけるから」
翔は下を向いたまま黙り込む。
「まぁ、最低限の仕事として村人の見守り役でもやってもらうかな」
翔の耳には光希の話が全く頭に入ってこない。
「やりたくなかったら、村人と一緒に隠れててもいいからね」
今、光希は何を話しているのだろう。
「翔、聞いてる?」
このままじゃ、駄目だ。その思いが翔を支配する。
「ねぇ、翔!!」
翔は立ち上がると、無言のままドアから外へと出て行く。翔の目的地は兵舎、黒木のいる所だ。
夜遅くまで兵舎に残り事務作業をしていた黒木。だが、その表情はどこか楽しげだった。
「よし、だいたい終わったし、今日は帰るか」
誰一人いない兵舎で一人呟く。荷物をまとめて、帰る支度をしていると入り口の方からドアを叩くような音が聞こえる。
「誰だ?」
あいにく黒木は鎧をつけていなかった。しょうがなく棚に立てかけておいた剣を持ち、入り口へ向かう。
黒木は入り口にたどり着き、剣に手をかけながらゆっくりとドアを開ける。
「君、か」
ドアの向こうにいたのは翔だった。
翔は昼とは一変した雰囲気だった。
「こんな夜遅くにすいません。どうか俺に‥‥加護の使い方を教えてください!!」
「翔くん、君は三日後の戦いに参戦したいのか?」
唯一の明かりである月明かりが、ぼんやりと黒木を照らす。
「‥‥最初は、嫌でした。でも、こんな所でのんびりしている暇は‥‥俺にはありません。だから、戦い方を俺に教えてください!!」
土下座をして黒木に教えをこう翔。
「何があるのかは知らんが、良いだろう。三日間でお前を鍛えてやる」
翔を快く受け入れた黒木は、庭の訓練所へと翔を連れて行く。兵舎に比べ、不釣り合いなほどに大きい庭。何本かの松と巨大な岩が転がっているだけの簡素な作り。
「君はどこまで加護を使えるんだ?」
どこまで、と訊かれ答え方に困った翔は、実際に手に電気をまとい黒木に見せる。
「君ができるのは、そこまでか?」
「一応、放電もできるんですけど‥‥‥その、力がもたなくて」
森の中でもたった三回の使用でバテてしまっていた。
「そうか‥‥‥技というものを知っているか?」
「名前だけなら」
「いいか、加護というものは基本的に何か一つのことしかできない。そこで型を作り、使用の幅を広めたり、攻撃力を上げたりするのが技だ」
(まぁ、ようするに制限をかけて何かを強化するってことか)
「そこで必要になるのがイメージだ」
「イメージ?」
「どのくらいの威力で、どのくらいの範囲で、それらを一度に頭の中でイメージする」
黒木は剣を鞘から抜くと、近くにあった岩に剣先を向ける。
「こんな風に、な。''交飛''」
黒木は凄まじい速さで剣を十字形に振ると、剣が通った所から斬撃が飛ぶ。岩に向かい一直線に進む斬撃は、岩にぶつかり大きな傷を残す。
「まじか‥‥‥」
言葉が出てこないとはこのことだった。
「今最後に言ったのが言霊。イメージを安定させる最も確実な方法だ」
(言霊‥‥‥さっき黒木が呟いていたやつか)
「さて、ここからが大事だ。翔くん、君はどんな風に戦いたいんだ?」
数十秒の間、静寂が続く。翔は覚悟を決めたようにまっすぐと黒木の目を見る。
「俺は───」




