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初陣の時

「翔も結構、使えるようになったね。体の調子はどう?」


「さすがに疲れたけど‥‥多分、大丈夫」


練習を始めて三、四時間。その間、翔はつねに電気を使い続けていた。そのわりに本人は余裕があり、もう少し続けれそうだった。


その時間で翔がこの世界についてわかったことは二つ。一つは魔物と呼ばれる生物が人間と日々戦い殺しあっていること。二つ目は四つの国での争いについて。青葉王国は黒神帝国と停戦中でいつ戦争が起きてもおかしくない状況にあること。


「今って、何時くらいなんだ?」


時間の表現が同じかどうか、翔には区別がつかなかったため訊いてみる。


「うーん、日が沈んでから六時間くらい経ったかな」


「‥‥‥この後、どうするんだ?」


「そうだね‥‥日が出るまではここで休んでから出発しようか。その方が翔もいいでしょ?」


それは翔にとってありがたい提案であった。いくら翔にまだ余裕があるといっても、数時間もの間、力を使い続けていたためかなり疲労していた。


「あぁ、そうだな。さすがに疲れた」


「じゃあ、僕は軽く見回りをしてくるからそこいらへんで適当に休んでて。なにかあったら大声で叫んでくれればいいから」


「わかった、気をつけてな‥‥‥って、俺に心配されることでもないか」


「そうだね。翔はまだまだ、だからね。いってきます」


翔は軽く手を振り、光希を送る。突如、一人っきりになった空間で翔はぼんやりとこの世界について考える。


(時間の単位は一緒か。‥‥‥そういえば言葉も日本国喋ってるし、刀とか完全に元の世界のものだろ。どうなってんだ)


翔は深いため息をつき、地面に寝っころがる。


(早く元の世界に戻りたいな‥‥‥皆は俺がいなくなって心配してるのか? 白菊さんはすごい心配してそうだな)


翔は白菊さんの慌てる様子が目に浮かび、笑みがこぼれる。


(どうやったら戻れるんだろうな。来た方法もわからないからな、とりあえず光希について行って色々調べてみるか)





一時間が経ったかどうか、という頃に光希は戻ってきた。その背には大型の猪のような死体を背負っていた。


「ただいま〜」


ドサッと猪を地面に落とし、翔の方に歩み寄る。


「おう、お疲れ」


「そこでなにしてたの?」


「ん‥‥‥あ、えーと少しだけ考え事をな」


翔は少し言葉を濁す。


「そう、あんまり無理しちゃ駄目だよ。ところでお腹、減ってない?」


何気なく翔は腹に手を当て、さする。


「そーいや、昼からなんも食ってねぇーな」


「猪の肉、食べれるよね?」


食ったことは無い。だが、物心着いた時から翔には苦手な食べ物がなかったため、特に恐怖心はなかった。


(多分、大丈夫だろ‥‥)


「大丈夫だ」


「そう、よかった。解体するから少し待ってて」


光希は、腰から鋭い短剣を抜くと、慣れた手つきで猪を次々と捌く。光希は食べれそうな部分を取り分けると、木の枝に突き刺し、焚き火で焼く。


「光希慣れてんな〜」


「まぁ、これくらいは一般常識だからね。後で、翔にも教えよっか?」


「いや、遠慮しとくよ」


翔は首を横に振る。


光希はふーん、といかにもつまらなそうに相槌を打ち、火の中に薪を投げ込む。


「なんで光希は王国の下につくんだ?」


「えっ?」


突拍子もない質問に光希は戸惑っていた。


「だからさ、光希くらい強かったらどうとでも生きていけるんじゃないかな? って思っただけなんだけど‥‥」


「んーとね、まず一つは妻を養うためかな〜」


「妻っ!?」


翔は体を前のめりにして驚嘆する。


「えーと‥‥なにかおかしいかな?」


「光希って、何歳なんだ?」


「僕? 普通に十八歳だけど、どうして?」


特に光希が老けている、というわけではない。ただーー


「結婚するのが早すぎじゃないか?」


「そう‥‥かな? 皆、十四、五歳で結婚してるけど?」


翔は元の世界の常識を当てはめたことに、深く後悔する。


「‥‥なんでもない。他にどんな理由があるんだ?」


「もう一つは‥‥国王と友達だからから‥かな?」


遠い彼方を見ながら、光希は物思いにふけていた。


「どんな、国なんだ?」


「そう‥‥だね。国王がいい人だよ。民のために質素にしたり、他国との和議を結んだり、おかげで青葉王国は豊かで、活気溢れる国なんだ」


「‥‥‥光希、肉焦げてる」


「あっ、ごめん。少し焦げた」


申し訳なさそうに頭を下げ、少し黒くなった猪肉を差し出す。


「おっ、ありがと」


塩も胡椒も、なんの味もついていない肉。翔はわずかに躊躇いながらも、豪快にかぶりつく。


肉の味はほとんどなく、特に美味しくもなく、不味くもなかった。光希は次の肉を焼きながら、もう片方の手で口へ運ぶ。


「これ食べたらすぐ寝てね。明日から歩きっぱなしだから」


「光希は寝ないのか?」


「僕? 僕は寝ながらでも警戒できるから安心していいよ」


漫画みたいだな、と言いそうになるが考え直す。この世界には漫画があるのだろうか、と。


そうこうしているうちに翔は肉を食べ終え、明日へ向けて休息をとった。


____________________________________


高い音で鳴り響くチャイムの音で目を覚ます。四時間目の化学を丸ごと全部、寝たことになる。


翔はふと茜の顔を思い出す。あぁ今日は弁当買ってないのか。窓の外の白い雲の海を眺めながらぼんやりと考える。


もう一眠りしたいところだが、目をこすり眠気を噛みしめ、茜の席へ向かう。


「あ、月雲くん。えーと、どこで食べます?」


「んー、どこでもいいよ。白菊さんはどこで食べたい?」


茜は目をそらしてから、口を閉じる。


(あー、多分これ行きたい所あるけど遠慮してる感じだな)


「白菊さん、俺のこと気にしないで。弁当作って貰ったんだし、白菊さんの好きな所で食べよう」


「えっ!! ‥‥はい。それじゃあ‥‥中庭で食べたいです」


翔らの通う海成高校は口の形をしており、中庭はその真ん中に当たる部分だ。昼休みの間、解放され生徒が自由にくつろぐスペースとして使われる。


「わかった。でも、本当に‥‥その、作ってくれてありがとな」


その言葉を聞いた茜は、パァと顔を明るくして、


「いえ、私が好きでやっていることですから」


恥ずかしさから逃げるように鞄から大きな風呂敷を出す。


「重そうだな。俺が持つよ」


翔は茜が机に置いた風呂敷を勝手に持つ。


「あっ、私が持ちますから」


翔はニヤリとすると、


「俺も好きでやっていることだから」


茜は黙り込んでしまう。


「まぁ、怒らないで。さっさと中庭に行こうぜ」


廊下を二人並んで歩き、中庭を目指す。


____________________________________


「翔‥‥‥翔!!」


翔は重たいまぶたを開き、顔を上げる。洞窟の入り口からわずかに入ってくる光が目にささる。翔は光希が自分の体をさすっていることに気づく。


「あっ、おはよう」


「うん、おはよう。よく寝れた?」


「もう、朝か?」


慣れない所で寝たせいか、体の疲れがあまりとれていない。肉を焼きながら光希が、


「そう、これ食べたら出発するから準備があったらやっといてね」


「わかった‥‥‥近くに水が飲める所はないか?」


翔は目を覚ますために、顔を洗おうと考えていた。


「洞窟の奥に湖があるからそこに行くといいよ」


さっそく洞窟の奥へと足を向ける。魔物がいないか心配だったが、いないことを信じて先に進んだ。



翔は顔を洗い終え、元いた場所に戻ってくると、そこにいるはずの光希がいなくなっていた。


(あれ、光希どこ行ったんだ?)


これを食べておけ、と言いたげに大きめな葉に置かれている肉。おそらく光希は辺りの様子見にでも行ったのだろう。


「はぁ〜」


自分の不甲斐なさから、光希に負担をかけすぎている、と感じた翔はため息を漏らす。肉を頬張りながら、入り口の方角を見つめる。


(これから‥‥どうするかな。光希について行って、戦い方を覚えて‥‥‥)


その後が続かなかった。元の世界への帰り方なんて普通に探しても見つかるはずがない。かといって、何もしない訳にはいかない。


答えのでない問題に悩み続ける翔。いつしか手元の肉は無くなっていた。


果たして元の世界に帰れるのか?


この疑問が翔の中に強く残り続ける。



「ごめんね。近くの見回りしてたら魔物に襲われちゃって‥‥」


「いや、全然気にしてない。異常でもあったのか?」


「特にはないけど‥‥ちょっと魔物の数が多かったかな。そろそろ出発しようか」


光希は地面に投げられていた刀を拾い上げ、翔に向かって投げつける。


「一応、身につけておいてね。ただし、基本は素手で対応すること」


「了解、心がけるわ」


鞘に収まった刀を右腰に差す。重心がずれ、多少歩きにくくなったが大きな問題はない。



「じゃあ、行こうか」


洞窟の入り口を二人はくぐり抜ける。



横幅が三メートルはゆうに超える樹々が立ち並ぶ森。光希は翔の二本手前を歩き、先導する。光希が広範囲におよび警戒をしている。


「今日も野宿すんのか?」


「んー、そうだね。このまま森の中を突き進んだ方が近いし、魔物の駆逐にもなるからね」


そうか、と翔は肩を落とす。現代社会で生きている翔からすると、野宿は想像以上に辛かった。


「でも、近くに村があるはずだからね。寄ってもーー」


光希の声が不自然に途切れ、足を止めている。


「光希? どうしたの?」


「今‥‥叫び声が」


若い女だろうか、高く透き通った叫び声が森全体に広がる。翔と光希は声のした方向へ走り出す。


「ごめん、先に行ってる」


と光希は言い残し、森の奥へと消えていく。翔も全力で走り続ける。



息を切らす翔は、人影を一つ見つける。


「光希!!」


ありったけの声を張り上げるも、酸素が足りなく弱々しい声しか出ない。


森の奥から出てきたのは、翔と同年代くらいの女の子。赤毛を振り乱し、一心不乱に翔の方へ走ってくる。翔は赤毛の少女の前で立ち止まり、様子を見た。


翔より十センチ以上低く小柄で華奢な体つき。印象的な赤毛に、燃えるような紅い目。薄汚れた蒼いローブを羽織り、苦しそうな表情で翔を見てきた。


「あなたが‥‥翔という方ですか?」


青ざめた顔つき。絶世の美女、というわけではないが普通に可愛い顔をしている。


「そうだけど‥‥刀を持った男と会わなかったか?」


「ええ、確かに会いました。魔物に襲われてる時に助けてくれました」


ガサッ、と何かの足音が聞こえた。


(この娘は多分もう走れない‥‥)


翔は歯を食いしばり、決断する。


「後ろに下がってて。‥‥魔物が、いる」


「えっ‥‥?」


赤毛の少女は怖がりながらも、翔より後ろに回り込む。


「あなたは戦えるの?」


翔が答えようと口を開いた瞬間、樹の影から翔に向かって飛んでくる。


「クッ、」


咄嗟にガードをしながら後ろに跳躍して突進の威力を軽減させる。二、三メートルほど吹っ飛ぶも、勢いを利用しすぐに立ち上がり、魔物の姿を見定める。


まっ黒い毛の塊。それに真っ白な牙、鋭い目つき。元の世界では猪と呼ばれているのに近い生物だ。この世界での名は‥‥黒猪


(光希の話では‥‥突進攻撃を主体で攻めてくる。躱してから追い打ちをかければいい、だったかな?)


翔は何気無く後ろの樹の影が視界に入る。まだ何体かいるな、と嘆きそうになるが、グッと堪え電気を帯びた両手を構える。


「来いよ」


まるで翔の言葉の意味が伝わったかのように黒猪が翔に向かって突進をしてくる。翔は地面を力強く踏み、両手の掌で黒猪の止めようと構える。


(一瞬だ。俺と黒猪が触れる瞬間が勝負)


翔は黒猪との衝突の瞬間、軽く後ろに跳ぶ。先ほどと違うのは手を交差させて守り、吹っ飛んだのに対して、今回は両手を開いて黒猪に触れている。


(放出をイメージ。そして‥‥黒猪に流し込むっ!!)


翔は両手に力を込め、電気を流す。正真正銘の翔の全力だ。黒猪の意識は電気によって刈り取られ、前に転がるように倒れた。慣性にしたがって翔も後ろに大きく飛ばされる。


「痛え〜」


背中から地面に叩きつけられた翔は、悶え苦しむも、すぐに体制を立て直し、魔物に備える。


(まずい、力を使いすぎてる‥‥五分の一くらい持ってかれた)


樹の後ろから新たな黒猪が二体。一体倒したことで翔を警戒しているのか、すぐには襲ってこなかった。


赤毛の少女は小刻みにガタガタと震えながらこちらを見ている。


「かかってこいや!!」


翔は大声を出しながら、手で電気を放出し、黒猪を威嚇する。


(これで引いてくれたらいいんだけどな‥‥)


黒猪は翔の期待を裏切り、こちらを警戒しながらゆっくりと進んでくる。


「‥‥‥どっかに隠れてて、すぐに‥片付けるから」


赤毛の少女は少し躊躇ったが、自身が邪魔にしかなっていないことを理解しているので、近くの樹の裏に隠れた。


「フゥ〜」


大きく深呼吸をする。翔を挟むように位置取る二体の黒猪。今にも突進をしてくるかの様だ。


(おそらく、片方の攻撃を受け止めたらもう片方に殺られる。だったらーー)


二体の黒猪が同時に翔に向かって走り出す。二体のタイミングは僅かにズレていて、片方がやや速い。翔はのらりくらりふらふらと立った状態から、走りだし一気にその場を離れる。


「っ!!」


黒猪は起動を修正して、翔の方へと迫る。翔は走って逃げることを諦め、足を止めた。


(集中しろ、ギリギリまで引きつけて‥‥躱すっ!)


黒猪が翔の目の前まで近寄った。力強い踏み込みで紙一重で突進を回避する。二体目の突進はそのまま真っ直ぐと転がることで凌ぐ。


「電撃を使う暇がねぇ‥‥」


翔はひたすら黒猪二体の連携攻撃をギリギリで躱し続けた。


だが、そんな応酬も長くは続かなかった。


翔が二体目の突進を躱した直後、追撃する余裕が生まれた。すぐさま、翔は手に電気をまとい黒猪に掴みかかる。放出よりは威力で劣るものの、黒猪は硬直した。翔がその隙を見逃すわけもなく、素早く抜刀し、黒猪の首元に刀を突き立てる。


「後、一体だ」


翔は絶命した黒猪から刀を引き抜くと、最後の一体の黒猪に剣先を向ける。仲間が二体も、翔によって倒されたので、ゆっくりと後ろに下がって、森の奥に消える。


「あぁ〜、疲れた‥」


死の恐怖から解放され、気の抜けた声を出す翔。倒れるように地面に座り込む。隠れていた少女は戦いが収まったのに気づき、近づいてくる。


「あ、あの。助けてくれてありがとうございます」


少女は精一杯、頭を下げて言った。


「えっ、ああ。うーん‥‥気にしなくていいよ」


慣れない対応に挙動不審になる翔。その様を不思議に少女が眺める。


「はい‥‥ もう一人の方は大丈夫でしょうか?」


(もう一人 ‥‥光希のことか)


「心配いらないって。あいつは俺より断然強いし」


まぁ、俺もどんくらい強いのか知らないんだけどね、と翔は蛇足を付けそうになる。


「そう、ですか?」


翔は首の向きを突然と変えた。


「うん、どうやら無傷っぽいな」


いつも通りの緊張感に欠ける笑顔で光希が現れる。激しい戦闘があったはずなのに目立った外傷、服に汚れさえ見当たらない。


「遅れてごめんね。翔は大丈夫だった?」


「なんとか、な。でも‥‥放電し過ぎてさ、電気はもう使えそうにないわ」


「なら問題ないね。君も、大丈夫だったかな? えーと‥‥名前、訊いてもいいかな?」


光希は翔を放置して、少女の方へと歩く。


「はい、私は山咲 香奈っていいます。先ほどは助けていただきありがとうごさいました」


再び、深々と頭を下げる香奈。


「いーの、いーの。当たり前のことをしただけだから。ね、翔」


唐突な振りに、翔は思わずビクッとする。


「そう‥‥だな」


翔は歯切れの悪い答えをする。別に礼をして欲しくてやったわけではないが、翔にとって当たり前とは言えなかった。


「僕は光希、でこっちが翔。ところで香奈はなんであんなとこにいたの?」


光希が腰を下ろし、刀の手入れを始めながら訊く。刃にはおびただしい量の血が付いている。


「私は‥‥村から街への買い出しについて行って、そしたら魔物の群れに襲われて護衛の人が何人も殺されて、怖くなって逃げました」


そう語る香奈は体が小刻みに震えていた。


「魔物の群れ? さっきの黒猪の群れかな?」


「そうですけど‥?」


しばらくの間、光希は黙り込む。


「よくあそこまで逃げれたな」


気まずい雰囲気だったので、翔は香奈に話しかける。


「護衛の人たちが戦ってくれましたから‥‥‥」


「‥‥そうか、悪かったな」


微妙な沈黙が訪れる。表情が一変して、元の表情に戻った光希が、


「香奈の住む村は鶴居村かな?」


「えっ!? ‥‥‥そうですけど、なんでわかったんですか?」


香奈は目を丸くして驚く。


「近くにある村の中で一番大きいからね。ほら、大規模な買い出しの様だし」


「そこまで連れて行ってくれるのですか?」


「そうするつもりだよ。何か問題があるかな?」


「いえ、とんでもないです。本当にありがとうごさいます」


また頭を下げた香奈を見て光希は困った顔をしている。


「翔もいいよね?」


「もちろん」


(野宿しなくてすむしな)


「じゃあ、行こっか」


三人は鶴居村に向けて、出発する。

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